今話題の横浜「野毛」で、ハシゴ酒してみた。
皆さんは横浜の「野毛」をご存じだろうか。
最近、私のようなお酒大好き芸人の界隈では、「野毛飲み」なんて言葉も流行っている。
みなとみらい、桜木町の華やかな港町の反対側。そこには、下町を思わせる風情と歴史が刻まれた小さな建物がひしめき合う、ディープな飲み屋街があるのである。
芸能人の中でも、この野毛飲みが好きだと公言している人も多くいるくらい。芸人の小峠さんはとくに、かなりの常連であるようだ。
私の上司に、昔からこの野毛を愛してやまない男性がいる。就職してからずっと同じ部署でお世話になっているその人と、年末の忘年会にていっしょに飲む機会があった。
「今度、野毛につれていってください!」
私はお酒の勢いに任せ、そのはるかに役職も高いその人にそんなことを言った。もちろん、普段からフランクな上司であり、面白おかしく話せる仲でこその言葉だった。
「おう、いいよ!」
笑顔で上司は即答してくれた。まあ、彼の返事は、「またいつかね」という意味かな~なんて、その日以降フワフワしていた私。しかし、それをいっしょに聞いていた仲良しの女性の先輩が、あっという間にスケジュール調整してくれていた。仕事ができすぎる。私なんて、酔っ払っていたので、あれは夢だったかもしれないなんて思い始めていたのに。
やはり、持つべきものは優しくて仕事の早い上司と先輩である。
ということで、その約束からちょうど1か月。
私はついに、野毛に降り立ったのである。
「なにが食べたい?」
という事前の上司のリクエストに、私たちは「なにがあるんですかね」といった。
「なんでもあるよ!」
上司がそういうので、私たちは「イタリアンで!」と応えていた。
しかし……
野毛でイタリアン?
失礼な話だが、その時の私には想像できなかった。
一体、どんなお店があるんだろう?
そうして、事前に予約をしてくれていたお店がこちら。
ピッツェリア キアッキェローネ
店に入るなり、大きなピザ窯がお出迎え。
海外をめぐるテレビでこんなの見たことある……!
これは絶対ピザがうまいですよね…!と、先輩とふたり、高まる期待。
高鳴る胸をおさえながら、ハートランドのグラスビールで乾杯。
ピザ窯にしか引き出せないおいしさがある。
それをまさか、野毛で体感するとは。
野毛は、古き良き居酒屋がひしめいているイメージであったが、おしゃれも一段も二段も光っているのだ。
上司は、カメラの取り方や画角、光の加減などの知識が豊富。
こうするといいよ、とか、ポートレートでこっちに焦点をあてて…など、丁寧に指導してくれる。
不器用日本代表の私、なかなかアドバイスを活かせない。まだ、酔ってないはずなのに……
(赤のボトルはみんなですでに空けていたけど)
写真の腕前はさておき。
海鮮のうまみが所狭しとすべての具材にぎゅううと詰まっていて、本当においしかった。本当においしかった。(繰り返し)
口内幸せイベントであった。
「この店もけっこう、古くってね。歴史あるよ。昔からうまいんだ」
上司は言った。
彼が店員さんに目配せをすると、すっと次の料理がスムーズに運ばれ、おしぼりが交換され、お皿が新しくなった。
かっちょいい……と、そのやりとりを見つめて思った。
質のいいお店というのは、こういうことを言うのだなあ……と、肌と舌で感じた。
帰り際。
「パスタ100円なのですが、お土産にいかがですか」と言われた。
湯で時間は13分ですよ。と、男性店員さんがやさしく添える。
けっこう長いなあ……とせっかちな私の頭によぎる怠惰。
が、お財布を出す素振りをするチャンスもないままに上司のスマートなお会計が終わっていたので、せめてもの気持ちで100円玉を出して、次の店に向かった。
次の店までの道すがら。
「野毛の街を案内しますよ」
にやり、と不敵な笑みをうかべてそう告げると、上司はさっそうと風を切って歩いていく。我々からしたら、いったいどこをどう歩いているのかわからなくなるくらい、路地が複雑でいくつも分かれ道がある。でも、それがなんだか不思議の街に迷い込んだようで、ワクワクさせてくれた。
私と先輩は、この街並みにひたすら興奮していたのだが。
「ずいぶん、新しい店が増えたよ」と、上司は足早に歩きながら言った。
「若い人も増えたけどね。新しいマンションがたくさん建ってさ。その1階にチェーン店が入って、上は住居ってかんじ。結局、若い人はチェーン店ばっかなんだよ、行くのは。野毛が好きなら、もっと昔からの古い店にこそ行って、お金を落としてほしいもんだけど。じゃないと、成り立っていかないからね。だから、引退しちゃった人もこの辺は多いよ」
そんなことを言いながら。
「さあ、いいBARに行こう」
と、上司は振り返って笑った。
湿っぽいことは、いつまでも引きずらない人なのだ。
そうして、次に案内されたのがこちら。
BARキネマ
とくに公式サイトなどもなく、Xだけあったのでこちらに貼り付けさせていただく。(それがなんかもう、かっこいい)
ひとこと申し上げておくと、すごくすごく素敵でおしゃれでかっこよくておいしくってもうこれ以上人気になったら困っちゃうのでここに記したくないくらいである……(ひとこと多い)
小さい空間に満たされた大人空間。
お酒ではないなにかに、すでに酔いしれてしまいそうだ。
「ここは、とっておきなんだよ。マスターもかっこいいでしょ」
たしかに……と、私と先輩は、そのカウンターの奥にいる渋い男性をみやった。手際よく注文を聞きながら、新しいお客さんの誘導、カクテル作り、残像も見えそうなほどに動き回っているはずなのに、どこか大人の余裕を感じさせる人だった。
やっぱりBARに来たからには、カクテルをお願いしたい……ということで、まずはモヒートを。先輩は上司のおすすめ、カンパリソーダ。上司は、聞いたこともない銘柄のウイスキーのソーダ割を頼んだ。
カクテルのメニューが豊富すぎて、いちいち調べながらなににしようかと画策する私を、ニコニコ見守ってくれるふたり。
初めて聞いた「ネグローニ」に好きなジンが入っていると知り、「これにします!」と私。
上司「いいねえ。お酒をお酒で割ってるやつだよ(笑)」
とのことだ。飲むっきゃない←
ジン・カンパリ・ベルモットを合わせたものだという。
味わい深く、飲むたびに割合が変わるようで、その甘みと苦みの移り変わりが楽しめた。
「母はずっと、あっちにある居酒屋に通っていたんだよね。でも、あのお店も、もう引退しちゃったね。さすがにうちの母も歳だし、あそこも同じくらいだろうからね」
上司は、3杯目のウイスキーの丸氷をゆっくり溶かしながら、言った。
「お母さまもこちらの人だったんですね」
私は初耳だったので、少し驚いた。
いつもの上司からは聞かないような声色が、BARの端っこで木霊している。
──かわいい姉ちゃんのとこに行ってくるわ~
そう言って。職場から帰宅する際には、いつもの不敵な笑みとともにそんなことを言いながら去っていく上司。もう、またですかあ~なんてみんなに言われながら、夜の街に消えていくのが常である。
そんな彼が連れてきてくれる場所が、実際にはこんなにかっこいいところばっかりなのだから。人として、惚れ直してしまうなあ、と思う。
野毛で生まれ、野毛を愛し。
この街のめぐる歴史とともにある人にとって、今の世の中の変化は、うれしいことも悲しいこともあるんだろう。立ち並ぶ小さな路地の合間合間にそびえたつ、真新しいマンションたち。ピカピカの新しい看板を携えて立ち並ぶチェーン店。それが野毛を美しく新しくもし、野毛の古き良き歴史をも変えていく。
それでもきっとこの町は、変化も受け入れながら、流され流され、それでも
根本の下町の情緒は変えることなく。
今日も訪れる誰しもを受け入れるのだろう。
帰り際に入ったトイレには、たくさんのお客さんからのメッセージが貼られていた。写真には納まりきらないほどの壁一面の言葉たちを見つめていたら。たった一度しか訪れていないのに、ここで刻まれてきた歴史の一部になれた気がした。
私も、すっかり野毛に魅了されたひとりとして。
壁一面の言葉たちにそっと参加してから、上司と先輩と、BARキネマをあとにした。
『Thankyou!おいしかったです。また、来ます!』