わせだ~ わせだ~ わせだ~
一回も歌ったことがない。
周囲で歌っていた、校歌、応援歌。
俺が歌って、覚えて、馴染んだのは小学校の校歌。好きだった。
喜んで歌っていた。
どこでこじれたのか。
なんて言う気はない。こじれていない。
全然ね。
俺は早稲田でよかった。楽しい大学生活ではなかった。
しかし、早稲田以外に俺の大学生活、人生はなかったと言える。
それだけ、早稲田の日々は俺に、俺の望むものをくれたと言える。
サークルには馴染めなかった。
死にかけた。医者には自殺未遂と言われたことをやらした日もある。
明るい大学生活ではなかった。
暗い、ひたすらに暗い、呪い続ける日々。
けれども、早稲田。
色んな奴がいる。
そして色んな人に会って、俺は俺であかん奴、しっかりせえと言ってほしかった。言ってくれた。
お前は田舎出身の何物でもない、ただのあかん奴、あかん奴で、
まぁそれなりにガッツ出して、悩んでモヤモヤしている奴。
そう言ってくれたのが早稲田だ。
留年寸前まで休んだ高校生活。
未履修というものが高校にはある。
ある程度の欠席日数を上回ると、もはや欠点で成績1を取るどころか、
そもそも1すらカウントされない、履修した(教室で授業を受けたよね)
ということが認められないというものだ。
俺は、たまたま当時の豚インフルエンザの出席停止扱い、学校閉鎖、
そして相次ぐ学級閉鎖で奇跡の進級、卒業を遂げたのだ。
あれやな、なんか人生何とかなりました!
なんだかんだで成功、うまいこといった人と思うかもしれない。
ちゃうぞ、全然ちゃう。
馴染めず、発狂して休学もしたし、卒業後、無職、フリーター、日雇い、
そんな3年ほどを過ごした。
そもそも、高校時代は地獄だった。
毎日、日記を書いていた。
大げさに聞こえてしまうかもしれないが、
ドストエフスキーの『地下室の手記』に近い日記だ。
読み返しても、地獄だ。
大学時代も、本当に、
ここで述べることはしないが、
しんどかった、辛かった。
4年に1回のオリンピック並みに、
早稲田に行くやつが一人おるかどうかの高校。
よう行ったで、早稲田。
ぎりぎりでよく勉強したわ。
俺はしんどかった。俺は今も希死念慮を抱いている。
俺は安定していない。俺はブレている。俺は生きている。
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