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今井雅子作「膝枕」七五調を昭和レトロに


今井雅子先生が、一年前におつくりになられた「膝枕」を講談や浪曲でも演じられるようにと七五調にしてくださいました。これは、面白い!ちょいとだけレトロにアレンジしてみました。『早稲田大学第二校歌(人生劇場、語り付)』、及び、尾崎紅葉の『金色夜叉』からの引用、編集させていただいています。 

枕の枕

 
逢うは別離(わかれ)の 始めとか、
さよならだけが 人生さ、
ああ人生の  膝枕(元歌詞は「ローマンス」)
 
ああ歓楽は 女の命にして、
虚栄は女の 真情であります。
わずか十三日(元歌詞は「七日間」)ばかりの 享楽を 得んがため、
哀れ はかなくも  箱入り(元歌詞は「麗しき」)娘の膝(元歌詞では「貞操」)が供ぜられたので あります。
 
膝枕、着けば離れず(元歌詞は「覆水盆に 返らず」)の たとえあり、
ああ哀れ Knee奈(元歌詞は「メリー」)ちゃん、 
チンタッタ、チンタッタ。
 
「やると思えば どこまでやるさ
それが男の 魂じゃないか
二股かければ(元歌詞は「義理が廃れば」) この世は闇だ
なまじとめるな 夜の雨」(人生劇場)
 
(以上、早稲田大学第二校歌「人生劇場」から抜粋・編集)


枕の本編(七五調『膝枕』)

(若干の編集を加えています)

 
休日の朝 独り身の
男はいまだ 夢の中
恋人もなし 趣味もなし 
その日の予定も 特になし
チャイムが鳴った 二度三度
 
ドアを開けると 配達員
抱えてたのは 大きな箱
 
箱に張られた 伝票に 
書かれた文字を 見た途端
打ち震えるは 男の声
待ちに待ってた ま、「ま・く・ら!」
男は声を ふるわせる
 
配達員は 不機嫌だ
「受け取ってもらって いいっすか」
 
「取扱に ご注意を」
ラベルが貼られた その箱を
お姫様だっこで 抱きかかえ
そっと下ろした 畳の上
 
はやる気持ちを 抑えては
爪ではがすよ ガムテープ
カッターご法度 言語道断
傷はつけるな 気ははやる
 
箱を開けると 現れた
正座の姿勢は 腰から下の
届いた荷物は 膝枕
箱入り娘 膝枕
 
ショートパンツだ ピチピチの
顔を出したは 膝頭
カタログよりも 色白だ
 
正座の両足 内に向け 
もじもじ恥じらう 箱入り娘
肌の色も 手ざわりも
生身の膝に そっくりで
感情表現 できるよう
組まれているよ プログラム
 
「幅広い ニーズに応える 膝枕
ラインナップは なんとも豊か」
 
やみつきの 沈み込みが 約束の
体脂肪は 4割超えの
「かなりぽっちゃり 膝枕」
 
母親に 耳かきされた
遠い思い出 蘇る
「おふくろさんの 膝枕」
 
小枝のような か弱い脚で 
けなげにあなたを 支えます
「守ってあげたい 膝枕」
 
ワイルドな すね毛が頬(ほほ)撫(な)で 癒される
「親父のアグラ 膝枕」
 
膝枕、おぉ膝枕、膝枕
 
隅から隅まで カタログを
眺め渡して 読み込んで
熟慮に熟慮を 重ねては 
妄想に妄想 繰り広げ

男が選んだ 膝枕 
箱入り娘の 膝枕
だあれも触れた ことのない 
ヴァージンスノーが ご自慢だ
 
偽りないさ 恥じらいが
奥ゆかしくて 品がある
箱入り娘 膝枕
正座の足を もじもじと
動かす仕草が 初々しい
 
一人暮らしの 男の部屋に
初めて足を 踏み入れた
乙女のうれし 恥ずかしが
乙女のうれし 恥ずかしが
伝わってくる 娘膝
 
「よく来てくれたね ありがとう
 自分の家だと リラックスしてね」
強張(こわば)ってた、膝からは 
心なしか 力が抜けた

この膝に 身を委ねたい その衝動
男は ぐっと押しとどめ
男は ぐっと押しとどめ
強引な ヤツだと思われ たくはない
気まずくなっては この先が
思いやられる この先が
 
なにせ相手は 箱入り娘
なにせ相手は 箱入り娘
 
二人にとっての 初夜となる 
その夜男は 手を出さず 
いや頭を出さず 膝枕
娘の気配 感じて眠る 
アニメ好きの アキバ系
 
「やわらかな マシュマロ膝に 埋(うず)もれる
ああ夢を見た 夢に白膝」
 
配達員が また運ぶ
荷物は白い スカートだ
裾がレースに なっている
箱入り娘に 着せてみる
 
「いいねすっごく 似合ってる 
 可愛い可愛い 我慢できない」
 
男は膝に 倒れ込む 
箱入り娘の 膝枕
マシュマロ膝が ふんわりと 
男の頭を 受け止める

白いスカート 隔ては
感じる温もり やわらかさ
レースの裾から 飛び出した
膝の白肌 生っぽさ
天にも昇る いい気持ち
 
「この膝あれば 何もいらない」
 
男が溺れた 白い膝
箱入り娘が 気になって
仕事がまるで 手につかず
飛んで帰って 玄関の
ドアを開ければ 正座して
箱入り娘が 待っている
膝をにじらせ 出迎えに
来てくれたのか いじらしい
 
娘の膝に 飛び込んで
その日にあった 出来事話す
小さく震える 膝頭
わらっているのだ 膝枕
 
「面白い? 僕の話」

拍手のごとく パチパチと
合わさる二つの 膝頭 
喜ばせたい 箱入り娘
熱く見つめて 男が語る
イヤな話が あったとて
箱入り娘に 語り聞かせる
ネタができたと 思えばいいさ
 
うつ向いて 冴えない男が 
顔を上げ 胸を張って見違える
顔つき目つきに 力が宿り
 
「こんなにも 面白い人 だったんですね」
 
飲み会で 隣の席に きたヒサコ
色っぽく 悩殺視線を 投げかけた
男の目 ヒサコの「膝」に 釘づけだ
酔った頭が 傾いて
ヒサコの膝に 倒れこむ
倒れこんだら その刹那
倒れこんだら その刹那

作り物の 膝にない
本物(まこと)のぬくもり やわらかさ

「骨抜きに なった男の 頭上から 
降り注ぐ声 甘くささやく」
 
「好きになっちゃったみたい」
 
その夜も 箱入り娘 膝枕
膝をにじらせ 玄関で
男の帰りを 待っていた
ヒサコの膝も 良かったが
箱入り娘も 捨てがたい
 
「やっぱりね 君に代わる 膝はなし やっぱり君が いちばんさ」
 
男が漏らした つい一言に
箱入り娘 膝枕
膝を合わせて 硬くなる
 
そこに携帯 ププッと鳴った 
ヒサコが電話 かけてきた

「今から行っていい?」
 
さあ大変だ 大変だ
ヒサコがうちに やって来る
ヒサコの膝が やって来る
あわてて 箱に押し込める 
箱入り娘 膝枕
押入れにやっと 追いやると
ヒサコを部屋に 招き入れた
 
「来ちゃったわ」 
 
歯ブラシ持って 現れた
ヒサコは泊まる気 まんまんだ
 
男はせがんだ 膝枕
だが手を出すことは しなかった
ヒサコは大いに 感激し
大事にされたと 感激し
 
だけど様子が 違ってた
あくる日もまた その次の日も
膝から先へは 進まない
歯ブラシはもう 十三本
「そろそろ枕を交わしませんか」
などと言えぬは 女の節度
 
男に膝を 貸してると
ジトっと視線が 押し入れに
 
「ねえ誰かいるの?」
「そんなわけないよ」
 
すると今度は 押入れから
カタカタカタと 音がする
 
「ねえ何の音?」
「気のせいさ ごめんちょっと、仕事しなくちゃ」
「いいのよあなた 仕事をしてて 私は先に 寝てるから」
「違うんだ き、君がいると 気が散っちゃう」
 
急ぎ男は ヒサコ追い出し
箱入り娘を 取り出(いだ)す
箱の中では 暴れてて
打ち身と擦り傷 あちこちに、
あぁ、あざだらけ 白い膝
こすりあわせる その膝を
おぉ、いじらしい いじける娘(こ)
 
「擦(す)りむいて あざ一面の 膝枕
擦(こす)り合わせる おぉ、いじらしや」

「焼きもちを 焼いてくれて いるのかい?」

箱入り娘を 抱き寄せて 
指で撫でるは 傷だらけの膝 膝の傷

「もう誰も 部屋には上げない 誰ひとり
 僕には君だけ 君しかいない」
 
「お願い」と
手と手を合わせる 仕草のように
ぎゅっと合わせる 白い膝
その膝こすり 合わせては
「ねえぇ来て」と 男を誘う
 
「いいのかい? 
 いたいたしげな その傷で」
 
「いいのです」とも 言うように
左右の膝を 動かして 
男を促す 膝枕 
箱入り娘 膝枕

「気を付けて 擦り傷さけて 打ち身さけ
男はそっと 頭をのせる」

 「やっぱりな 君の膝が いちばんだ」
 
「最っ低!」
 
ヒサコの声に 飛び起きる
玄関に 立つのはヒサコ 仁王立ち
怒りで震える 唇の
なんと形の 良いことか
 
「あなた二股 だったのね」
「いやちがう 真剣なのは 君だけだ
 みてごらん、これはただの おもちゃじゃないか」
 
男は思わず 口走る
「ひどいわ」と 言うように
箱入り娘 膝枕 
膝が震える わなわなと
しかし男は 気がつかない
遠ざかる ヒサコの背中を 見送った
 
どちらに愛を 誓うのか
 
男は選んだ 女を選んだ 
選んだ女は !ヒサコだぁ!!
 
「これ以上 君と一緒にゃ いられない 
 でも君も 僕の幸せ 
願ってくれる? くれるよね?」

なんとなんとも 身勝手な
ああ身勝手な 言い草だ
 
「ああ、膝枕、膝枕、二人が一処に いれるのは、今夜かぎりだ、膝枕。
来年の 今月今夜に なったなら、僕の涙で 必ず月は 雲らして 見せるから」(金色夜叉)
 
箱入り娘を 箱に納め 
男は膝を 捨てに行く

箱からは 何の音(おと)も 聞こえない
その沈黙が 男を責める
 
悪人だ どうしようもない 悪人だ
 
箱を置いたは ゴミ捨て場
一度たりとも 振りむかず
走って帰って 布団をかぶる
 
真夜中に 雨が降りだす 窓のそと
どうしているか 膝(ひざ)枕
箱入り娘は 箱の中
濡れそぼって いるだろう
 
迎えに行かねば いやならぬ
振り子がゆれる 男の心
右へ左と 心は揺れる 

生身の膝の やわらかさ
ヒサコの膝の やわらかさ
思い浮かべて いい聞かす

「忘れよう 忘れるしかない 膝枕
ヒサコの膝が 忘れさせるさ そうだろう」
 
「二股かければ この世は闇だ なまじとめるな 夜の雨」(人生劇場)
 
眠れない いつしか夜(よ)が明け
玄関の ドアを開けると そこに箱
見覚えのある あの箱だ
 
狭くて暗い 箱の中 
膝をにじらせ 帰り着く
箱入り娘が 帰り着く
箱にはくれない 血をにじませて
 
「これは早く 手当てしないと!」
箱入り娘を 抱き上げる
膝から滴り 落ちる血が
男のシャツを 赤く染め
 
「大丈夫? 
 しみてない? 
 ほんとごめん」

消毒液を 塗りながら 
膝に包帯 巻きながら 
思いは募る 男の胸に

申し訳ない 愛おしい
申し訳ない 愛おしい
 
裏切れないよ 膝枕
肌いたいたしく 傷をつけ
戻ってくれたは 膝枕
箱入り娘 膝枕
 
そのときに ふとよぎったは 別の考え
「もしやこれ プログラミングじゃ ないのかな」
 
箱入り娘 膝枕 
行動パターンは プログラム
インストール されてきた
 
二股を かけられたとき
ゴミ捨て場 捨てられたとき
あのいじらしい 反応も 
あらかじめ 組まれてるなら いかんせん
踊らされてる だけではないか この俺は
人工知能に あの膝の
 
たちまち白けた 男の目
箱入り娘は ただのモノ
ただのモノに 見えてきた
「明日くれば 捨てに行こう 膝枕 
 二度と戻って 来れない遠くへ
今夜(こよい)かぎりだ、膝枕。」
 
これで最後だ 膝枕
頭を預ける 白い膝
別れを予感 してるのか
強張る箱入り 娘膝

男の頭に 浮かぶのは
ヒサコの膝の 膝枕
作りものは 作りもの
生身の膝には 勝てやせぬ
 
夢かうつつか 声がした
箱入り娘の 声がした
「ダ・メ・ヨ ダメ
 ワタシタチ
 ハナレラレナイ
 ウンメイヨ」
 
翌朝に 目を覚ましては 驚いた
これは一体 どうしたことか
頭が重い とてつなく
伏したままで 起き上がれない
 
それもそのはず 白膝の
箱入り娘 男のほほとは
皮膚と皮膚とが くっついて
どうやったって 離れない
まるでこぶとり じいさんだ
 
保証書に 記された番号 電話する
呼び出し音が 鳴るばかり
そのとき気づいた 注意書き
 
《商品を お買い上げの お客様
 この品は 箱入り娘で ありませば
 返品・交換 固くご容赦 ねがいます。
 責任持って 大切に、 一生贔屓に お願いを
 万が一 使い方を 誤れば 不具合生じる こともあり》
 
意識はうすれ 沈み込む
箱入り娘の 膝の中 
ますます深く 沈み込む
 
桃源郷の 快楽か
吸いつくような フィット感
男の頭を 包みこむ
 
肌と肌とを ひとつに合わせ
もはや離れぬ 膝枕
 
膝に頭を 預ければ
命を膝に 預けるなり
 
箱入り娘の とわの愛
とわの虜は 膝の主

(おわり)


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