大学中退予防の専門家がいま危惧していることと全力でのお願い
こんにちは。大学中退予防を専門に研究・実践している山本です。現在、東京都内の私立大学で勤務しております。過去には日本中退予防研究所を立ち上げ、『中退白書2010~高等教育機関からの中退』や『中退予防戦略』などを制作・発行したこともあります。
新型コロナウイルスは、大学にも大きな影響を与えていることは、大学生や大学関係者以外の方も報道等でご存じのことと思います。ここ最近では、にわかに「9月入学」が取り出されております。幼保から大学まで、これを機会に4月入学を9月入学に変えようという提案です。
私、9月入学には以前から賛成です。以前からというのは、大学の国際化を目指すことを目的に現行の4月入学を欧米の主要な大学と同じ9月入学(秋入学)に変更してはどうか、という議論が2012年頃、文部科学省を中心に議論をされていた経緯があるからです。以前からというのは、当時からという意味です。
そしていま再び新型コロナウイルスの影響で休校や授業のオンライン化が進むなら、思い切って9月入学にしてはどうか、という話が盛り上がりつつあります。私、(大学に限れば)賛成です。ただし大学、ひいては日本の教育の国際化をすることが今度は目的ではありません。大学、それから短大・専門学校の中退者を増やさないことが目的です。
なぜ、9月入学にすると中退者を増やさずに済むのでしょうか。
その前に、毎年どれくらいの人たちが大学・短大・専門学校(以下、高等教育機関)を中退しているのか?その理由は何なのか?を手短に説明したいと思います。
まず、高等教育機関の入学者数は2020年度、約95万人です。大学・短大が約68万人、専門学校約27万人です。そのうち、約1割の学生が卒業せずに中退します。9.5万人ですね。(実際はもう少しだけ多いですが、そこは今回あまり重要ではないので割愛します。)
中退の理由は様々ですが、多くの方が最初にイメージするのは「経済的理由」かもしれません。ところが『中退白書2010』を制作するために手分けして101名の高等教育機関の中退者に対面でインタビュー調査を行ったところ、経済的理由が真因だったケースは1割弱でした。この調査は中退者のうち、一都三県在住者、かつ、約5000名の中退者にインタビュー調査への協力を依頼して応じてくれた方々が対象なので、母集団に偏りがあります。この手の調査にはつきものですが。その他、個別大学の中退対策をサポートする際、その大学の中退者を追跡調査した時も経済的理由は大体どの大学でも1~2割、文部科学省の調査でも経済的理由による中退は2割強です。ということから、経済的理由は2割程度と言って少なすぎることはないと考えております。
では、残りの8割は?最も多いのは「学生生活への不適応」、次いで「学業不振」です。学生生活への不適応は、圧倒的に大学・短大・専門学校の1年次に多く生じます。大学や学部学科ごとに多少の違いはありますが、中退者のおそらく5割程度が、1年次の「学生生活への不適応」が真因です。全国的な調査を実施できていないので、推測です。その症状は、直接的には「出席率」、次いで「修得単位数」に出ます。
「学業不振」は、1年次はあまり発生しません。なぜなら、大学1年次の学びはそれほど難しくないことが多いからです。別の言い方をすると、あまり基礎学力は求められません。多くの大学で基礎学力が求められるのは、専門の授業が本格化する大学2年次以降です。(1年次は「学習習慣」の方が問題になります。)
ようやく本題に入れます。新型コロナウイルスを受けて、多くの高等教育機関が授業をオンライン化することを決定しています。既に4月からオンライン授業を実施している大学もあれば(例えば東大、ICU)、GW明けから開始する大学もあります。GW明けからの大学の方が遥かに多いですが。短大・専門学校もGW明けからが多いです。
おそらく、2020年度の新1年生の中退率は激増します。主な理由は以下の通りです。
① オンライン中心の大学生活への不適応
② オンライン授業という学習スタイルへの不適応
③ オンライン授業を受ける学習環境の不備による意欲の低下
④ 大学教員側のオンライン教育への適応不足
⑤ 急激な家計の悪化などによる経済的理由
そもそも通信制大学やオンライン大学の卒業率は通学制の大学に比べて高くありません。日本の場合、通信制大学の卒業率は平均10%台です。中には50%以上が卒業する通信制大学もなくはありませんが、そのような大学はまだ例外的存在です。オンライン大学は日本には数えるほどしかなく、統一された計算式で卒業率が公表されていないので平均値を出すこと自体できていません。ひとまず6割とでもしておきましょうか。
ここで考えていただきたいのは、この卒業率は、以下の条件が揃った上での数字だということです。
① そもそも通信制大学またはオンライン大学として運営されている大学
② 通信制大学またはオンライン大学として数年から数十年運営されてきた大学
③ 学生は通信制またはオンラインで学ぶことを自ら選択して入学している
④ 学生は社会人も多い(高校を卒業してすぐ入学したり、通学制から編入する学生も少なくありません)
今回、新型コロナウイルスの影響でオンライン化する大学はどうでしょうか。そうです。たった1~2か月の準備期間しかない状況で、初めてオンライン教育に取り組みます。しかも、新入生はほぼ全員18,19歳、そして通信制またはオンラインを自ら選んだわけではない……。
どれくらい中退率が上がるでしょうか?オンライン教育の実施期間にもよると思いますが、仮にそれが2年間だとしたら、3~4倍、つまり3~4割が中退すると私は考えます。95万人の3~4割ですから、28.5~38万人です。平常時で9.5万人ですから、19~28.5万人増です。
高等教育機関を中退者した人がその後どうなるかというと、6割以上がずっとフリーターか無職です(独立行政法人労働政策研究・研修機構)。ただこれも平常時で、新型コロナウイルスの影響で世界大恐慌が来るかもしれません。その場合、もっと深刻な事態になるでしょう。
9月入学に私が賛成なのは、高等教育機関が新1年生を迎え入れる準備が全く足りていないからです。準備期間がほしいわけです。この1~2か月、大学はオンライン授業の準備をひたすら行ってきました。逆に言えば、「オンライン中心の大学生活」や「オンライン授業という学習スタイル」への不適応には、ほぼ対策できていません。幸い、オンライン授業の準備は概ね終わりました。あとは実践と振り返りを通じた適応の問題です。あと3か月あれば、「オンライン中心の大学生活」や「オンライン授業という学習スタイル」への不適応に対して準備ができます。
ところでそれって具体的にどういうことかというと、最も大切なことは新1年生をコミュニティ化することです。オンラインだからこそコミュニティがポイントなのです。
人はどういう風にしてコミュニティに所属・適応するか。まずはそれは自分の顔と名前を憶えてもらうことです。自分も周りの顔と名前を覚えることです。そして、名前が呼ばれる毎に、名前を呼び反応してもらう毎に、少しずつ安心感を得て、信頼が生まれ、所属が安定していきます。さらに少しずつ自己開示をお互いに重ねていくことで、関係は深まっていきます。毎春、キャンパスで、教室で、当たり前に行われてきたことです。これをオンライン教育で生み出そうとすると、勝手には生み出されません。知恵と実践が不可欠です。
放っておくと、授業が始まって1か月経っても、2か月経っても、ほとんど誰にも名前を憶えられていない、名前を呼ばれない、自分も名前を憶えていない、名前を呼ばない、という状態の新1年生が大量に発生します。あの、新たな環境で人間関係が広がっていくワクワク感を、オンラインで生み出すことが、オンライン教育の成功の要諦です。高等教育関係者の皆さん、準備できていますか?できていませんよね。また、オンライン授業という学習スタイルに合わない学生へのフォロー、準備できていますか?できていませんよね。9月入学になって、3か月猶予があれば、準備できますよ。
ここまで書いた上でなんですが「中退者が増えるのは問題だよね。とてもよくわかる。ただ、幼保から大学院まで日本では1000万人以上が学んでいる中、19~28.5万人のために学校を9月入学に変えるなんて無理だよ。弊害があまりに大きすぎるから。そもそも準備したからといって19~28.5万人がゼロになるわけでもないだろうし」という意見もあるかもしれません。既にそういう意見を直接・間接にもらってもいます。もっともです。
そこで、4月入学のままでもこれだけはお願いというものを書いておきたいと思います。どうか届くべき場所に届きますように。
① 「オンライン中心の学生生活」と「オンライン授業という学習スタイル」への不適応に対する対策に十分に取り組んでもらえませんか(対高等教育機関)
② オンライン教育にどうしても合わない学生もいます。休学しやすいように、休学費用をゼロにしてもらえませんか(対高等教育機関)
③ 高等教育機関への適応は、最初の6週間が勝負です。オンラインに適応できなかった時に休学へ移行できるように、休学手続き期間をできれば授業開始10週目までに変更してもらえませんか(対高等教育機関)
④ 万が一留年することになった場合でも、追加の授業料が必要ではないように配慮してもらえませんか(対高等教育機関)
⑤ これから中退する人の再進学を経済的にサポートしてもらえませんか(対国)
⑥ ①~⑤の対応を在校生および保護者に広く情報共有してもらえませんか(対高等教育機関・国)
⑦ ①~⑤に係る費用を国から高等教育機関に補償してもらえませんか(対国)
2020.4.30追記 私は大学中退予防の専門家として「大学9月入学」を支持していますが、他の事柄に優先順位を置けばそれが悪手であることは理解しております。つまりこのエントリはシステム(入学時期)の変更は手段であり、中退者を出さないことの方が優先順位は高いぞ、ということだとご理解いただければ幸いです。