Ep.4『ニセモノは本物』
ニセモノは本物(80歳、女性)
『(今日は最後に何を飲もうかしら)』
私はこのバーの常連客。
以前は近くに事務所があり、入ったのがきっかけ。
以来、お店の雰囲気とマスターの清潔感ある営業が好きで、通いつづけている。
思えば私も女性第一線、今の様に女性が働きやすくない時代で、夢中で仕事に取り組んできた。
中には『鬼の鉄人』とか『鋼の姉さん』と呼ぶ部下たちもいた。
激務やストレスの中、私をリラックスさせてくれるのはバーで飲む酒だ。
若い頃は部下達を連れて飲み歩き、浴びるほど酒を飲んだ。
酔っ払ってだらしの無い男の部下が、甘えてきた時があった。
その時も部下のお尻を叩き、彼の部屋まで担いで帰るといった調子だ。
現役を引退するまでは無我夢中で仕事をする姿勢は変わらず、時間とエネルギーを全てを注ぎ込んだ。
そして時代と共にトレンドが変わりゆく中で、常に新しいものを作り出し、強い信念をもって発信してきた。
それもあってか、今は悩みを抱えた女性たちの相談が絶えない。
年齢もあってか、彼女達は私のアドバイスを反論なく聞き入る。
女性が社会で活躍しやすい時代になってはいるが、まだまだ男女差別が根強く残っている企業も少なくない。
それはそうと…
『マスター、私、今日最後に何を飲んだらいいかしら?』
そうするとマスターはペルノーのストレートと水を、迷わず私の前に置いた。
以前も同じ状況で私が注文したのを覚えていたらしい。
ペルノーはフランスの薬草系リキュールであるパスティスの一種。
主に食前や食後に飲まれている。
『ありがとう。頂きます。』
私はパスティスの味は好きだが、名前は嫌いだ。
パスティスはフランス語で『ニセモノ』や『まがいもの』を意味している。
好んで飲んでいる私が、そう言われている気がするのだ。
『マスター、このお酒の意味がニセモノだなんて、なんだか不快な響きね。』
マスター『このお酒は、当時禁酒となったアブサンを真似て作られました。変わりゆく時代の変化について行くという人々の努力の結晶。新しい物を作り出して行くという、強い信念が感じるお酒だと私は思うのです。』
そうか、必ず変わりゆく時代。
その中で常に新しい物を作り出して行くという人々の強い思い。
このお酒は、私の人生そのものだわ。
『マスターありがとう、また来るわね。』