【短編ファンタジー小説】物語を綴る能力(チカラ)を使って、愛する人と結ばれたいっ!~傀儡の姫、逆襲します~
ここは、私が未完のままあちらに置いてきた物語世界だ。
突如蘇った記憶でもって渾身の魔力を放ち、断頭台から醜悪な執行人を躱して空へ飛ぶ。
冤罪にも抗えない、傀儡の姫はもういない。
私こそが創造主、ならば私がこの物語を語り直そう。
「未だ、見つからぬか」
宮殿の中央で、国王のシルビアは臣下を一瞥する。
「町は隅々まで探しました」
思うより相手の動きが早い――既に力に目覚め結界を張られたか?
「下々には通達しております。金に飢えた追手に任せてますからご安心ください」
「もうよい。明日から辺境を当たるように」
「ははっ」
使者が席を辞すると、シルビアは苦々しい思いで宙を睨む。
「どうした?シルビア」
低く通る声が耳を掠めると緊張が走った。父のダッカ宰相だ。
「未だ見つからぬようだな」
「……はい」
賞金は増やし、兵も充分に用意した。
皆油断しているが――ユアはそんな甘い女では無い。だが目撃者は、自らと死刑執行人のみ。さらりと身を翻し姫が消えた事が、今でも信じられない。
この話は最高機密。
姫は既に処刑されたと公布、別人として賞金首にされた。売り飛ばされた可能性もあるが、懸賞金は相場の3倍で買い戻すには十分な額だ。
あれから一月、見つかってもおかしくないのに手掛かりすらなかった。
私はエイミィという仮名で変装し、酒場で働いている。
突然仕込み中に一匹の蛙がやってきた。
「あんた、逃げないと食われちゃうわよ」
この宿の主はケチだから、蛙なんて見つけたらミンチにでもするに違いない。
そう思っていると、
「姫こそ追手が迫ってますよ」と男の声が。
「!?」
慌てて振り返っても誰も居ない。
「足元を見てよ」
「貴方なの?」
蛙に問う。
「僕以外誰も居ないだろ?あんたがユア姫だってことも、あんたの綴った話が現実になることも、その力で追われてることも知ってる。おっと僕に魔法は効かないよ」
久々に本名を呼ばれ、動揺した。なぜ私の秘密を知っている?
「僕の正体を今は明かすわけにはいかない。一緒に逃げよう」
蛙が私にそう言うや否や、店の入口がざわつく。
「女を出せ!」
数百人の兵士が店を囲んでいる。この人数をごまかすのは難しそうだ。店主が応対している隙に、気付かれぬよう地下道に通じる階段に向かう。
「入り口に結界の魔法をかけておけば見つからないさ」
蛙が私の耳元で囁く。癪だけどその通りなので言い分に従い、地下に下りた。
「――いたはずの娘が消えた?」
虱潰しに探した結果――村外れの酒場にそれらしい女がいたとの証言を得たが、部隊が到着した時にはもぬけの殻だった。
「使えない奴らだ」
シルビアは手にしたグラスを床に叩きつける。
エイミィという女と、ユア姫の特徴は全く一致しなかったが――彼の勘はこの二人が同一人物だと踏んでいた。
すでに隣国まで逃れているかもしれない。彼女の能力を知った上で手を組めば、全ての権力を手に出来る。
「隣国に遣いを!国境をすべて固めろ」
司令官を呼びつけ緊急命令を出す。深夜にも拘らず一挙に兵が動き始めた。
「今度の誕生日で成人を迎えたら、あんたは強大な力を持つことになる」
逃げる道中、私は蛙に事情説明を受けていた。
「断頭台の一幕なんか目じゃない」
だから血眼になって探されていると告げられ、納得した。
世界を作り替えられる能力を持った女を手にするという事は、世界を手にすることと同じ。今でさえ持て余している力を、どうしたらいいのか。
身震いした私を案じるように、蛙は近づく。
「僕が人間なら、肩でも抱き寄せてキスの一つでもするんだろうけど」
「何言ってんのよ!バカ」
下手な励ましに苦笑するが、それでも笑えるだけマシだ。
「さ、行きましょ」
私達は隣国を目指した。
「まだ見つからぬか」
シルビアが追手を増やしてから、数日が経過した。
宿を最後に足取りが途絶えた姫を追い、隣国の王に謁見すると不穏な空気を感じる。
家探しすると見覚えのある櫛を発見した。ユア姫の物だ。
――やはりここか!
兵は城の近くで待機させており、その周りを警戒するよう隣国の軍勢が取り囲んでいる。異様な光景だった。
――隣国の王の元に私達が到着したのは、シルビアが来訪する二日前だ。
慣れぬ移動で力尽きた私は彼の手で介抱されていた。
「ごきげんようユア姫。私は隣国の王、ガゼッタ」
いきなり近づいた彼の唇に驚く間もなく、蛙がガゼッタに飛び掛かる。
「うわぁ!」
ぬめりとした物体に驚愕した王の腰が抜けると、蛙は私の肩へ戻った。
「蛙はお嫌いでした?」
小首をかしげ見つめると、ガゼッタは落ち着きを取り戻す。
「ちょっと苦手……かな?」
「こんなに可愛いのに!――ご親切なガゼッタ様。私とこの子を助けていただき感謝いたしますわ」
私は礼儀正しく挨拶し、事情を説明する。
「処刑されたと聞いたが、そんな事情とは」
とにかくゆっくり休むがいい、とだけ言い残し彼は去った。
「あいつ、僕がいなきゃあんたにキスする所だった!」
「ありがと、助かったわ」
プンプンしている蛙に礼を言う。
ガゼッタが去った後、私達は作戦を練っていた。
物語の続きを書いてると扉がノックされ、ノートを服に隠す。
「はい」
「ガゼッタです。入っても?」
「ええ。もちろん」
肩に蛙が飛び乗ったと同時に、彼が入室する。
ガゼッタは姫を保護し隣国に攻め入るつもりだった。
「偵察隊が帰還しました。シルビア王がこちらへ向かっているようです」
軍備は手薄だし司令官は不在ときたら、今がチャンスだ。
「侵攻軍に紛れようと思います」ユアが告げる。
「魔力でガゼッタ様の身代わりを用意しますわ」
成程聡い娘だ、気に入った。
彼は姫から櫛を預かり、謁見の間の引き出しへ隠す。
その夜一人と一匹を交えた行軍は隣国へと発った。
シルビアは間諜から受けた知らせに驚愕した。
自国がガゼッタ軍に攻撃されている。――謀られたと気付いた途端、敵軍に阻まれ一陣の刃が閃いた。
万事休すかと思った時、父、ダッカ宰相の姿が見える。
「シルビア、さあこっちに」
戦禍の中引きずられ、意識を失った。
戦況が激しくなる中、空き家に逃れた私は物語を書き続けていた。
「ここにいたのか」
探したぞと、シルビアが近づいてくる。
――私は立ち上がり、魔力で出現した剣を手に彼へ向き合った。
と、シルビアの後ろからダッカ宰相が現れる。
「可愛いユア。助けてあげよう」
――ドン、とダッカがシルビアを突き飛ばす。
「姫、一緒に新しい国を作ろう。こちらへおいで」
ダッカの瞳が青く光り、吸い寄せられるよう私は彼へ向かう。何だかおかしい、魔法のようだと思った瞬間、私はダッカの腕の中に捕らえられた。
「ユア姫!」
隠し持った刀が私の首筋に当てられる直前、蛙の声が聞こえた。――と、ダッカが膝から崩れ落ちる。
「間に合ったか……」
ガゼッタの突きが急所を貫通し、剣先が深く吸い込まれた。
彼は私を横抱きにして安全な場所へと移る。
程なく城は陥落し、私はガゼッタの隣に婚約者として座らされていた。
あの時以来、蛙の姿を見ていない。
明日は私の誕生日、そして私達の結婚式も明日開かれる。
「浮かない顔をしているね」
「いえ、ご心配なく」
彼の事を好きになれたら良いのに。
どうして蛙が恋しいのだろう。
明日はいよいよユア姫の誕生日だ。
聳え立つ城の入り口で蛙は彼女を想う。胸の想いをを告げれば元の姿に戻ることは絶望的だった。
彼はガゼッタの後をそっとついてゆく。
私がため息をついていると、見慣れた姿が現れた。
「蛙?あなたなの?」
「泣くなよ、僕だ」
困ったような声が懐かしい。優しかった頃のシルビアに似ていた。
「バカ、心配してたんだから」
「もう離れない。一生傍にいる」
まるでプロポーズのような蛙の言葉に私は吹き出す。
「なんで笑うんだよ」
「だって、プロポーズみたいだから」
プロポーズと言えば明日は結婚式だ。
「そういえば私、ガゼッタと婚約してるの」
「知ってるよ、だから来たんだ」
「私ね、あの人と結婚するくらいなら、あなたと結婚したい」
「マジか」
「マジよ」
私はじっと蛙を見つめた。
「ならさ、僕とキスできる?」
「え?」
「結婚って綺麗事じゃないよ。軽々しく言わない方が……!?」
蛙が全て言う前に、私は彼の唇を自分の唇で塞いだ。
「初めてのキスよ。ガゼッタとは何もしてない、神様に誓うわ」
そう告げた途端、蛙の身に異変が起きる。少しずつ膨張した彼は――いつの間にか人間の姿へと変化していた。
その姿を見て唖然とする。
「シルビア?」
どういう事?
「説明は後だ、抜け出そう」
彼は私の手を引いた。
「私を救うために身代わりになってたの?」
町の外れのボロ屋にて、これまでの経緯を聞かされ驚く。
今までシルビアだと思っていたのは彼の父親で、ダッカ氏を操っていたのが、私の魔力を封じた魔法使いだと言うのだ。
ダッカ氏は王位をシルビアに継がせるため、私を殺そうとした。彼はそれを止めるために魔法使いに直談判した。
「僕は王位なんかいらなかったのに」
彼はため息をついた。
「権力に取り憑かれてたんだよ」
「任せて、上手くいくわ」
私は彼に微笑む。物語はほぼ完成していた。
「姫がさらわれただと!?」
ガゼッタは血相を変えていた。まだ生きていたのか――奴の好きになどさせない。
「姫ならまだ近くにいる」
――突然、死んだはずのダッカが目前に現れた。
「貴様、まだ生きていたのかっ!」
短剣を抜こうとするガゼッタに
「私を殺せば二人の居場所はわからぬが、いいのか?」
掴みかかるガゼッタを軽々と避ける。
「私を味方につけた方がいい。今ならまだ間に合う――姫がシルビアの物になるのは嫌だろう?」
「――くぅ!……」
「さて、どうする」
ガゼッタの力が抜けた。
「頼む、姫を見つけてくれ」
屈服し跪く隣国の王子を見つめる――ダッカは満足げだった。
結界の中で迷う私達の前に閃光が煌き――身体が宙に浮く。
「探していたよ、ユア姫」
ダッカの声が響き、抗えない強い力でどこかへ運ばれた。
冷たい牢で私は目覚める。目の前にいたのは愛しいシルビアではなく、ガゼッタとダッカだった。
「ダメじゃないか逃げ出しては」
ガゼッタが虚ろな目で私を見ながら言う。私の手足は重い枷につながれていた。
「ユア姫。どこにも行かないで」
「嫌っ」
ガゼッタが無理やりキスをする。逃げられず受け入れたが嫌悪感しかなかった。
「鎖を外してちょうだい」懇願するも却下される。
「ずっと此処にいるんだ」
背後のダッカと目が合い、その瞳が青く光りかけた刹那――頭の中に声が響く。
――見ちゃだめだ!
シルビアの声だ!私は瞬時に瞳を閉じ歯を食いしばった。
「可愛いユア、愛しているよ」
間一髪間に合ったが、ガゼッタに触れられる嫌悪感で鳥肌が立つ。
――もう少しだけ頑張れ。
私は目を瞑ったまま涙をこぼしていた。
「助けてあげるよ、ユア姫。私に全ての力を譲ると誓えばシルビアと二人幸せに暮らすことが出来るようにしてあげられる」
ダッカの声が優しく響いた。
――嘘だ、騙されるな!
着衣を解かれ、素肌が露わになるのが分かる。
「きれいだよ、ユア。なんて白い肌なんだ」
シルビアの声が聞こえなければすぐにでも陥落する所だったが、何とか気力で持ちこたえる。なるべく考えないようにしながら、なすがままにされていた。
シルビアは牢の中、忸怩たる思いだった。
自分の微小な魔力で声は届けられる。それだけが救いだった。
ユアがあの男に触れられている姿を想像しただけで、怒りが滾る。
と、微かに鐘の鳴る音が聞こえた。
――ユア、力は使える?
さっきまで反応があったのに、応答がない。何もできない自分がもどかしい。
せめて蛙の姿に戻れたら、彼女の下へ駆けつけられるのに。
と思った瞬間、閃光が身を包み――鎖から解放される。
――蛙の姿に戻っている!
シルビアはユアの元へと向かった。
どれだけの時間耐えたのか分からない。
救いはガゼッタが私の体に触れるだけに留まっている事だった。
これ以上何かされたら舌を噛んで死ぬ!
――追い詰められた私に微かな鐘の音が聞こえる。
二人はそれに気付かない。
時を作る鐘ならば――魔力が増幅されるかもしれない。
神様――私に力を貸して!
――ユア、力は使える?
今の私には返事をしている余裕がない。
身体に溜めた力が漲る瞬間、爆ぜるような音を感じ――そのまま意識を失った。
シルビアが彷徨っていると、落雷の如く閃光と衝撃が走る。彼女に何かあったのか!
光の下へ向かう彼をさらなる光が包み――元の姿へと戻った。
途轍もない力の渦が城を包囲し、竜巻の如く渦巻く。
ユアが力に目覚めたのだ。
一刻の猶予もない。
――ユア、君の下へ僕を呼んでくれ。
――分かったわ!
強大なパワーで彼は彼女の下へと手繰り寄せられる。
「もう大丈夫」
心の中ではなく、耳元で聞こえたシルビアの声に安心して私は瞳を開けた。「ユアっ!」
縋るガゼッタの手を避け、ノートとペンを拾いながら
「ごめんなさいっ」と叫ぶ。
「シルビアの事を愛してるの!」
深々と頭を下げる。
「ユア……」
「この国は、貴方にお任せします」
ガゼッタが別国の皇女を娶り、国を安定的に治める事と、民衆がささやかでも幸福に暮らせる国。身分など不要、シルビアが居ればいい。
それが私の望み。
「本当に……ごめんなさい」
涙が溢れ落ちるのを、ガゼッタが優しい目で見る。
「もういい。貴女の幸せを願うのも甲斐性のうちだ。幸せにおなりなさい」
「ありがとう、感謝申し上げますわ」
私はシルビアの手を引き、ガゼッタに背を向けた。
――と
「そうはいくかっ!」
魔法使いが正体を現し、禍々しい魔獣(バケモノ)が立ちはだかる。
「どいつも日和やがって。この国は俺がいただく」
「うるさいわね、お黙りなさいっ!」
私は手繰り寄せた剣で切りかかるが、手応えはあるもののすぐ回復する。
これではキリがない。
「ユア、剣を僕に!君はこれに書くんだ」
シルビアがノートとペンを私に投げる。それを受け取る代わりに私は彼に剣を預けた。
私にやれることは、この物語に決着をつけること。
シルビアが切りかかる間、ペンを走らせる。
あと少し、私が生み出した物語を起動させられる!
「書けた!」
魔力を解放させると、魔獣に向かい竜を形どった水が襲い掛かる。
私はシルビアとともにその場を離れた。
「お幸せに!」
「ガゼッタ様も!」
私達は別れの言葉を交わし散り散りになる。
その一瞬後、咆哮と共に魔獣だけが跡形もなく消え去っていった。
一年後――
「皇太子様がお生まれになったそうね」
「知ってるよ。ユア様の事だろ?」
シルビアが面白く無さそうに言う。私は内心満更でもなかった。
「君に未練があるんだろうな」
趣味の良さは認めるけどね。と彼は言いながら私の肩を抱くと、
ふっくらとした下腹部を撫でた。
「この子にはあいつの名前は付けるなよ?」
「当たり前じゃない、何言ってるのよ」
焼きもちを妬くシルビアに呆れつつ、お腹の子の無事を祈りながらペンを走らせる。
この幸せがずっと続くよう、今日も私は物語を語り続けている。
<終>
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