あの豪雨の時、琵琶湖がためた水の量は約5億トン!天ヶ瀬ダムの13個分だった?!
2018年7月の上旬、西日本は豪雨に見舞われ大被害が各地で発生しました。恐ろしいほどに降り続く雨を前に「琵琶湖、あふれるんちゃうか」と不安に襲われていた方も多いのではないでしょうか。
そんな時、琵琶湖博物館の学芸員で、琵琶湖の生物や環境を研究している金尾滋史さんがSNSでこんな情報を発信していました。
琵琶湖の水位が1cm上がるだけで、670万トンの水が増える?!2日間で水位は70cmも上がったので、4億6900万トンも増えてしまった。
これは、琵琶湖の下流にある天ヶ瀬ダムの、なんと13個分にも匹敵するのだそうで。もう、琵琶湖から溢れ出した水で滋賀県が沈んでしまうんじゃないのか…。そんなアホなことを本気で考えてしまいたくなるほどケタ違いのスケールに圧倒され、不安は大きくなるばかり。
そこで…。
川の魅力に取りつかれ、河川・流域政策を専門に研究している滋賀県立大学准教授の瀧 健太郎先生にお話を聞いてきました。
しがトコ編集部:はじめまして!本日はよろしくお願いします。
瀧先生:はい、よろしくお願いします。琵琶湖博物館の金尾さんからしがトコさんのことは聞いてましたよ。
しがトコ編集部:琵琶湖の水位のことは瀧先生に聞いておけば間違いない!と。
瀧先生:はい。ありがとうございます。
しがトコ編集部:私たちは「しがトコ」というメディアを通じて「滋賀のええトコ」を伝えたいと考えてるんですが、滋賀の一番の“ええトコ”は琵琶湖だと思ってます。今日は、その琵琶湖の働きについてお話を伺いたいです。
瀧先生:はい。なるほどです。
しがトコ編集部:先日の西日本豪雨の際、テレビでは京都・嵐山からの中継で桂川の水が溢れそうになってる様子が映し出されてましたが、SNSなどでは「琵琶湖、がんばれ!」という投稿も多くありました。
瀧先生:そうですね、琵琶湖も頑張ってましたね。わかりました。少し前に、大学1生向けに琵琶湖の治水について喋ったので、その資料をもとに講義させてもらいますね。
しがトコ編集部:ありがとうございます!
じつは、琵琶湖が水を止めていた?
瀧先生:まずは、この図をみてください。
瀧先生:このオレンジ色で囲まれているところが、淀川の流域です。流域なので、この範囲内に降った雨はいろいろな川を通じて、結局、淀川から大阪湾に流れ込むんですね。
そして、黄色で囲まれてるエリア、ここの範囲は琵琶湖、淀川の水を飲んでるエリアです。
しがトコ編集部:大阪の堺のあたりも琵琶湖の水を。
瀧先生:そうです。神戸でも琵琶湖の水を飲んでますし、大阪府は一番南まで琵琶湖の水を飲んでいます。大和川の水とブレンドして使われています。
しがトコ編集部:こんなにも広い範囲で琵琶湖の水が飲まれてるんですね。そこから驚きです!
瀧先生:そうなんですよ。三重県から京都府南部へと流れる木津川と、京都府の真ん中を縦断する桂川、そして琵琶湖から流れ出る(瀬田川から名前の変わった)宇治川、その3つの川が合流して淀川になるんですね。
先日の7月上旬の豪雨では、この桂川の流域にめちゃくちゃ雨が降りました。すると、3つの川が合流する地点はどうなるのか?
木津川からも、宇治川からも、大量の水が流れてくると、合流するところで詰まってしまい、氾濫してしまいます。「淀川があぶない、大阪が危ない」っていうことになる。
しがトコ編集部:ここで琵琶湖が活躍するわけですね。
瀧先生:そう。7月の豪雨では、桂川の流域だけでなく、滋賀県でも結構降ったので、琵琶湖の水位も、めちゃくちゃ高くなりました。
でも、水位が高くなった理由は、雨だけではないんです。琵琶湖から水が流れ出る、瀬田川の水を止めていたからなんです。
豪雨の影響で、桂川から流れ込む量がすごく多く、3つの川の合流地点で水が詰まってしまってしまうかもしれない。
だから、琵琶湖からの水を止めたんです。放流制限といいます。まあ、ちょっとは出してたんですけど、150トンぐらい出したりしてましたが、0にすることもあります。
放流量を0にすることを全閉といいます、全部閉じるって書いて、全閉。瀬田川にある堰(せき)を、全閉するんですね。
もし、放流制限しないで、琵琶湖から水をいっぱい出してたら…。3つの川の合流地点にもっと水が来て、桂川は、多分大変なことになってたはずです。
しがトコ編集部:なるほど。
瀧先生:7月の豪雨のときのように、水が多過ぎる時は堰を閉じて下流に水が流れるのを減らす。昨年10月、台風21号が来た時には、瀬田川から一滴も出さない全閉をしてます。
しがトコ編集部:一滴も、はい。
瀧先生:そして、水が少なくなった時には堰を全開して出す。琵琶湖はそうやって、水の流れる量を調整してるんです。琵琶湖は、器がでかいですね。
しがトコ編集部:そうやって今回は耐えれたんですね。
瀧先生:そうですね。でもギリギリだったんですよ。もっとこれ以上降ってたら、本当に危なかったです。桂川のところは、日吉ダムっていう上流のダムがめちゃくちゃ頑張ってくれたんで、ほんまにぎりぎり助かったんです。
しがトコ編集部:日吉ダムの緊急放流が話題になりましたね。
瀧先生:はい。大変な状況で。もう、限界まで頑張ったっていう感じですね。
約500の川が流れ込む琵琶湖のたったひとつの川「瀬田川」
しがトコ編集部:琵琶湖の水が流れ出るたったひとつの川が瀬田川の「洗堰」なんですよね。
瀧先生:はい。琵琶湖の周りは500本ぐらいの河川があって、それが全部、琵琶湖に流れ込んでるんですよね。
しがトコ編集部:500本近くですか。
瀧先生:ダムの役割をちょっと復習しますね。普段ダムというのは、上流から水が流れてきて、そのまま同じ量だけ流します。そうすると、川はあふれないですよね。
ちょっと雨が降っても、あふれない程度だったらそのまま流します。すごく降ってきた場合は、下流がぎりぎり安全な量に絞って水をためはじめます。
大雨が終わって、下流の水も減ってきた時には、たまった水を後から出します。これ、琵琶湖も同じことやってますよね。琵琶湖も治水のダムと同じなんですよ、実は。
しがトコ編集部:琵琶湖もダムと同じなんですか!
瀧先生:そうなんです。その琵琶湖総合開発のおかげで、下流も安全になったし、滋賀県も安全になった。いろんな開発も進んだからよかったという人もいる。
でも自然の湖がダムになってしまった。そのことを残念に思う人もいます。
自然の湖で、自然の呼吸をし、自然の水位だった琵琶湖が、人工的に水位をコントロールされる。そのせいで、渇水がひどくなって南湖の水草も多くなりました。
この大雨で、琵琶湖に何がおこっているのか。まず、水位が上がりましたよね。上がったのは、瀬田川の堰を閉めて、琵琶湖の水の出口をふさいだから。人為的ですよね。
でも、琵琶湖に住む魚たちにとっては、水位の上昇は、すごくうれしいことなんですよ。
しがトコ編集部:うれしいこと?
琵琶湖の水位が上がると、魚は卵を産む?
瀧先生:琵琶湖の周りに住んでいるコイ科魚類、ホンモロコとか二ゴロブナは、大雨が降って、水位が上がったタイミングで、田んぼや周りのヨシ帯に上がって卵を産むんですね。
「あ、やった!大雨が来て水位が上がった」っていうので、ブラックバスも来ないような、ヨシ帯の中に行って卵を産みます。
それから何が起こるかというと…。
雨がやんだので、今、洗堰を全開して急に水位下げてますよね。そうすると、せっかく水が着いた田んぼやヨシ帯は、干上がっちゃうんですよ。いっぱい産卵していっぱい子どもたちが生まれたのに、全部、干上がらせて殺してしまうってことを、いまやってます。
しがトコ編集部:なるほど。
瀧先生:人にとってはすごくいい琵琶湖総合開発だったんだけど、その琵琶湖の固有の生き物にとっては、とてもつらい状態になっています。琵琶湖の生物を研究する人たちにとっても、すごくつらい状態です。
金尾さんたち、魚類の研究者たちは、どんなふうにナマズの子どもたちが死んでいくのかを、毎日、現場に出て観察しているはずなんです。
しがトコ編集部:もうでもしょうがないというか…。人優先で言ってると、そういうことになってしまいますよね。
瀧先生:そうなんです。だからどこまで譲るか。譲り合うのか。その議論が大事ですね。
しがトコ編集部:じつは、豪雨がおさまったその夜、琵琶湖博物館の金尾さんから「久しぶりに起こるであろうビワコオオナマズの産卵を調査するため、これから琵琶湖一周してきます!」という連絡がありました。
後日、SNSにビワコオオナマズの赤ちゃんの動画が投稿されていたのですが、現場では、つらい現実を見守っていたのですね。
豪雨で生まれたビワコオオナマズの赤ちゃんの映像が金尾さんのSNSで紹介されています。
そこに人間の努力があった。グラフで見る日吉ダムの活躍
瀧先生:今回の雨は、雨雲がずっと同じところに発生し続けて、全然やまなかった。「線状降水帯」が発生していたんです。これ見てもらえますか?桂川、ちょうど嵐山の場所の水位の変化です。
横が日付と時間、縦軸が水位です。このオレンジ色のところは桂川の避難判断水位。「これぐらいになったら皆、避難せんとやばいで!」という状況です。ねずみ色のラインになると、決壊してもおかしくないと。「命を守る行動を」というのは、こういう時です。
5日の朝からどんどん水位が上がって、避難判断水位を超えました。氾濫危険水位もちょっと超えて、ようやく治って「ああ、もうこれで大丈夫」と思ったら、
また上がった。
普通はここで終わるはずだったんです。でも、また上がって、避難判断水位を超えて…。危険水位を超えたのはちょっとだけだった。だから大きな被害にならずに済んだのですが、もっと長く超えていたら、大変な被害になっていた可能性が高いです。
しがトコ編集部:なるほど。
瀧先生:この時、日吉ダムが何をやっていたかっていうと、これが、日吉ダムの貯水位のグラフです。
オレンジ色のラインが日吉ダムに入ってきた水の量。一方、日吉ダムから出した量がこの下の方にあるねずみ色のラインです。めっちゃ降ってきてマズイ。「これ嵐山守らなあかん!」と思って、ダムは水をためはじめます。
しがトコ編集部:雨が降ってるのに?
瀧先生:そうです。7月5日の夕方から深夜にかけて、これだけ水が入ってきてるのに、放流せずに、ずっと止めてくれました。それから余裕が出てきたので、翌日6日の早朝からちょっと出し始めました。
でも、入ってきた量よりも出す量のほうが少ない。だから、日吉ダムの水位はどんどん上がっていき、一山目の洪水が終わるときには、貯水位が基準値を超えてしまった。おなかいっぱいになったんですよ。
しがトコ編集部:基準値を超えたんですね。
瀧先生:そうです。おなかいっぱいになったら、それ以上ためられへん。
入ってきたのをそのまま出すしかないですよね。
「大雨のさなかにダムが放水量を増やすなんて何事だ?」と、ニュースでも話題になっていましたが、じつはそんな理由があるんです。
しがトコ編集部:なるほど。
瀧先生:もうぎりぎりのラインまで、日吉ダムは一生懸命ためて、ためて、ためにためたんですよ。やっと終わって「やっと耐えたかな!」と思ったら、また来たんですね…。
もうこの時、ダム事務所の所長さんは頭抱えていたはずです。「どうしようと、これ以上、もう桂川は守られへん」と。でもなんとか守らんとあかんっていうので、限界超えてもまだ頑張ってるんですよ、ここで。この赤丸のところ見てください。
日吉ダムのねずみ色の放水量がわずかに少ない。ちょとカットされてるでしょ?もう僕、これ見た時、泣きそうやったんです。ダム事務所の所長さんの顔が浮かびました。
しがトコ編集部:ダムは満杯なのに、水の出す量を必死でおさえてる!
瀧先生:「所長、もうそれ以上はダメや」と。もう、僕、泣きそうでした。そんな無理して水の出す量をおさえて、ダムが壊れたら…。もう責任問題よりもっとひどいことになるのに「なんでそこまでぎりぎりのことやるんや」と。
「もうダムの水を出したって、嵐山の人たちも逃げてくれるはずやから大丈夫」と。本当に祈るような気持ちで応援してました。
それから二山目が終わって、ようやく放水量もどんどん一緒に減っていく。
しがトコ編集部:そこで終わったからよかったもののという…。
瀧先生:そう、ただのたまたまそこで終わっただけのことなんです。
しがトコ編集部:その後も降ってたら、どうなっていたんでしょう。
瀧先生:入ってきた量をそのまま出すしかないんで、それこそ岡山県真備町のような被害が発生していたかもしれません。日吉ダムは、限界の限界まで頑張った。
しかも宇治川のほうは、琵琶湖がほとんどの水を止めてくれていたので、日吉ダムと琵琶湖の相乗効果で嵐山の被害は最小限にとどめられたんです。
琵琶湖が豪雨でも水をため続ける理由
瀧先生:木津川、宇治川、桂川の三川合流するところは雨が降ったらすぐに水位が上がるんです。でも、琵琶湖は器がでかいから、水位はゆっくりじわーっと。時間差で上がってくるんですよ。
下流に比べると、琵琶湖のピークは1日ぐらい遅れてると言われてます。その仕組みは、この絵が分かりやすいんですけど。
瀧先生:まず雨が降ったら、この三川合流してるあたりが増え始めます。これ上増えたら困るので、琵琶湖から流れ出る水を、洗堰で止めます。琵琶湖は大きいから、水位はなかなか上がらないんですよ。
だから、はじめのうちは木津川、宇治川、桂川に流れ出ないように、琵琶湖の水を止める。
すると琵琶湖の水位は上がり始めますが、その頃には下流の洪水がもう終わっているので三川の水位が下がる。だから、琵琶湖の出口にあたる瀬田川の洗堰をオープンにして再び川に流す。で琵琶湖の水位も下がる。これが淀川の治水を考えた昔の偉い人の知恵なんですね。
雨がやんで三川の水位が下がってるので、いまちょうど洗堰のゲートを開けて、水をどんどん出してるっていう状態です。
瀧先生:琵琶湖の元の水位はマイナス20cmでした。でも、いまはまだ下がりきってないので、ずっと全開放流してます。
しがトコ編集部:雨は7月7日でほぼ止んで、取材時の今日が7月17日ですよね。
瀧先生:そうすると、もう10日間は全開放流してますね。あとプラス1週間ぐらい全開放流するんじゃないですかね。そうすると多分、マイナス20cmにまで下がる。
琵琶湖の水位はいまと昔で、どう変わったのか
瀧先生:さっきの魚の話、環境の話なんですけど。総合開発が終わり、洗堰の操作ルールを変えました。ルール変更前後の水位の違いを示したグラフです。
横軸の左から1月、2月、3月、4月と1年間になってます。グレーのラインが開発前の平均水位。赤のラインが開発後の平均水位。
開発前の琵琶湖の昔の水位は、雪解け水があって、3月、4月にはどんどん上がる。梅雨になるとまた高くなって。秋は雨が少ないのですが、台風の季節でちょっと持ち直して、冬に下がっていくという変動だったんです。
でも、琵琶湖総合開発後は、より人工的に操作をし始めます。ルール変更後の水位の目標が、このオレンジ色のライン。1月から6月中旬は、琵琶湖の水位をプラス30cm目標に操作しています(※)。
(※)平成15年以降は冬期の水位をあまり上げすぎない運用がなされています。
でも、逆に梅雨や台風の季節になると、たくさん雨が降るので、水位をできるだけ下げて待つ。マイナス20cmとかマイナス30cmにしようと操作してます。
しがトコ編集部:今回の雨が降る前は、琵琶湖の水位がマイナス20cmだったんですよね。
瀧先生:はい。マイナス20cmからスタートして、最終的にはプラス77cmぐらいまで水位が上がりました。だから今、もう一生懸命、琵琶湖の水位をマイナス20cmまで下げるように洗堰を全開放流してあるんです。次の洪水に備えて。
しがトコ編集部:次の洪水に、もう備えてるわけですね。
瀧先生:はい。今は大雨のすぐあとなので、結構水位が高い状態になってますが、昔に比べると、夏場は普段はすごく低い状態に抑えられているんです。
昔はそんなこと考えずに、プラスマイナス0を目指して操作をされていました。
本当は、ねずみ色のラインが琵琶湖の自然なリズムなんです。でも、人間のリズムが加わって、こんなふうに変わってしまった。冬は水位が高く、夏は低くと。
しがトコ編集部:変わってしまいましたね。
瀧先生:これがすごく大きな問題になっていて、冬に水位が高い時に北風が吹くと、浜崖が起こります。湖岸侵食です。昔は琵琶湖の周りのビーチは、すごく遠浅だった。でも今はビーチがどんどん減ってます。なぜかといえば、このせいです。
しがトコ編集部:なるほど、はい。
瀧先生:びわ湖のまわりの魚が減ったりしてるのは、夏にヨシ帯で卵を産まないといけないのに、水位を下げてしまっているからです。
今回の豪雨で、琵琶湖の水位がどーんと上がりました。そしたら魚たちが「やったー」って、田んぼや、周りのヨシ帯にどんどん入って卵を産もうとします。でも、次の洪水に備えるために、洗堰の操作で急に水位を下げるんですね。そしたら魚が取り残されたり、卵が乾いて死んだり。
しがトコ編集部:なんとも。。
瀧先生:自然では絶対起こらないスピードでがんがん下がっているので、ついていけず、今、大量死してる途中です。
しがトコ編集部:なんとも言えないですね。
水害の危険な場所が網羅された究極のマップ
しがトコ編集部:琵琶湖を巨大なダムとすると、滋賀県は琵琶湖がある限り、安心といえるのでしょうか。
瀧先生:うーん。豪雨がもっと長引いていたら、琵琶湖の周りで被害が起きてると思います。今回でも水位がプラス77cmまで上がっていました。今までなら、何件かの家は床上浸水しているレベルです。
しがトコ編集部:床上浸水のレベルだったんですか?
瀧先生:あと3cm上がったら、避難勧告が出るタイミングです。
しがトコ編集部:80cmが、その基準?
瀧先生:そうです。プラス80㎝が避難判断水位です。だから琵琶湖もぎりぎりだった。そして、琵琶湖の水位が高いと川があふれやすくなる。最近よく聞くようになった、「バックウォーター現象」が起こるんですよ。
しがトコ編集部:水が返ってくる?
瀧先生:琵琶湖の水位が高いと、川の中に琵琶湖の水が入ってくる。そうすると、川の水が流れにくくなって川があふれやすくなります。それがバックウォーター。
滋賀県内でバックウォーターがおこりやすいエリアはすぐに知ることができます。これ、僕が滋賀県庁にいた時につくったんです。ハザードマップの基になる絵です。これを見ると、豪雨になると危ない場所がわかります。
ブルーのところとか、ちょっとピンク色になってるところ。ここがすごく深いんです。ピンク色になってるところは、3メートル以上浸水します。今回の岡山県の真備町での浸水も3メートルを超えているようです。だから1階が全部浸かってしまうし、家が流されることもあります。逃げなかったら死にます。
しがトコ編集部:なるほど。
瀧先生:1階が全部水没してしまうと、家が浮いて流されたりするので、ピンク色のところは、絶対に避難しないとダメ。これ、滋賀県のホームページですごく詳しく見えるようにしてます。
滋賀県防災情報マップ(水害・土砂災害リスクマップ)はこちらから
こんなに詳細なマップがあるのは、47都道府県で、滋賀県だけしかない。これが自慢です。
しがトコ編集部:それはなぜ?
瀧先生:滋賀県前知事の嘉田さんが、こういうハザードマップが必要だと。僕が5、6年かけてつくったんです。
しがトコ編集部:え?他のところは全県ではなく、部分だけ?
瀧先生:自分の管理してる川沿いだけですね。滋賀県のこのマップの場合は、小さな川や、下水道の雨水排水や農業用水路もデータに入れてます。大雨が降った時どうなるかを計算して描いた図です。
こんなに網羅してるのは滋賀県以外ないです。他の都道府県だと、真っ白なところがあって。それは、安全なのではなく、計算してないだけ。滋賀県は計算してないところがないので、どこが安全かというのは、住む時に必ず分かります。
しがトコ編集部:このマップで気になるところがあるんですが。
近江八幡市のあたりに、ピンク色エリアが点在していますよね。
瀧先生:近江八幡の水茎の里辺りですね。ここは干拓地なんです。昔、内湖だったところで、内湖の水を抜いてるだけ。琵琶湖の水面より土地が低いので、深く浸かるのは当たり前なんですよ。
しがトコ編集部:なるほど。
水害の危険な場所を見分ける4つのポイントとは?
瀧先生:この図は、深く浸水するところの特徴です。まず、左上の図を見てもらえますか。
「築堤河川」と書いていますが。堤防の高い川と、堤防の高い川の合流点、
ここは、深く水がたまります。
その隣の図には、茶色のラインがありますよね。これJRなんです。電車の線路は、連続の盛り土ですよね。なので、川の水も、山の水も、田んぼの水も。全部この線路でせき止められてしまいます。
実はJRの上流に住んでいるか、下流に住んでるかで、リスクが全然違います。
しがトコ編集部:そうなんですね。
瀧先生:近くに新しい道路ができる時は、心配したほうがいいです。昔の人は、例えば北陸自動車道や新幹線ができる時に、盛り土の反対運動を、地域の人が起こしています。だから、田んぼなのに橋になっているところもある。
しがトコ編集部:なるほど。
瀧先生:盛り土のほうが安いから、普通、鉄道事業者は盛り土にしたいんです。でも、「なんで田んぼのところで橋になってるのか?」それは、水があふれた後のことを考えて、地域の人が要望したりするんですよね。だから田んぼの中で、突然、高速道路と新幹線が橋になってるところを見たら、ピンときてください。
しがトコ編集部:ここで盛り土の反対運動があったんだと?
瀧先生:はい。
しがトコ編集部:湖西線は線路が橋になっていますが、どうなんでしょう?
瀧先生:湖西線も橋ですね。氾濫した洪水や土石流がここでたまったらアカンというところは、抜いてあります。
しがトコ編集部:そういう意図もあるんですね。
瀧先生:あとは、川があって、その両サイドに山がある場所。上流であふれた水が、山と川の間を流れて、結局一番下流のところにたまってしまう。例えば、野洲川沿いだと「石部」のあたり。
ここも山と山に野洲川が囲まれている。
氾濫した洪水が下流に抜けていかないんです。全部、山と山に挟まれた石部のあたりにたまってしまいます。
実は、危ないエリアは、とても簡単に分かるんですよ。さきほども紹介した図ですが、大事なのでもう一度みてください。
この図の4つのパターンを覚えておけば、危ない場所は、だいたいわかります。
左上から順に
・堤防のある川と堤防のある川の合流する場所、危ないです。
・川があって線路や道路の盛り土がある場所、危ないです。
・干拓地、危ないです。
・山と山で挟まれてる場所、危ないです。
ハザードマップを見なくても、地形だけ見たら、どこが危ないかが分かるんです。
しがトコ編集部:じゃあ知らない土地でも、危ない場所が?
瀧先生:はい、わかります。僕がよく怒ってるのは、こういうところに特別養護老人ホームや特別支援学校とか、保育園があるんですよ。街中だと「迷惑施設」だと言われることもあるし、人里はなれた危ない場所は土地が安かったりもします。
実は逃げないと命を落としてしまうようなところに、災害弱者が集められてるという実態があります。それが僕は許せなくて、よくSNSで怒ってます。
しがトコ編集部:たしかに、山や川、自然豊かな場所にそういう施設を見かけること多いです。
戦国時代の治水は、逃げ道までしっかり計算されていた?!
しがトコ編集部:ちなみに、瀧先生は滋賀県内で好きな川とかあるんですか?
瀧先生:僕が、いい川やなと思うのは安曇川です。すごく水もきれいで、好きな川です。あと、行って面白いのは天野川。
しがトコ編集部:米原のほうにある川ですか?
瀧先生:そう。米原から大垣のほうに抜けていく、東海道本線路に沿ってにずっと流れてます。
しがトコ編集部:じゃあ梅花藻で有名な、醒ヶ井も、天野川なんですね。
瀧先生:はい。じつは、この川の堤防は井伊直弼がデザインしたたと言われてるんですよ。
しがトコ編集部:そうなんですか!
瀧先生:完璧なデザインで、田んぼを肥沃にして、絶対町を安全なところに配置してる。最高の治水がされてるんです、ここは。
しがトコ編集部:そう言われると見に行きたくなりますね。
瀧先生:でしょう。天野川のすごいところは、水をあふれさせる場所が、昔から決めてあるんですよ。集落周辺にはあふれないようにしてあります。そして、遊水池は開発されてしまわないよう、集落の共有地にしているところが多いです。
共有地にすると、1人が売りたいと言っても無理ですよね。変な開発をさせないように、地域で遊水地を守っているんです。
しがトコ編集部:すごいですね。
瀧先生:戦国時代の治水は面白いですよ。彦根藩のほうには、水が行かないように設計されていたり。感動します。
しがトコ編集部:治水をみれば、武将の思考がわかるんですね。
瀧先生:彦根市を流れる芹川もそうです。芹川は右岸側、彦根城のほうの堤防が強くなってます。
しがトコ編集部:そういうのは、目で見て、誰でも分かるものなんですか?
瀧先生:今は、見た目には分からないです。中が固いんです。彦根城側だけが、固くなってる。例えば、左岸側は国産のファミリーカーで、彦根城のある右岸側はボルボみたいな感じです。
どちらも法律で定められている安全性は持っていますが、右岸側は特に安全重視の設計になっています。右岸側はあきらかにオーバースペックという(笑)
しがトコ編集部:ちょっとやそっとでは壊れない!
瀧先生:そうなんです。井伊家の治水はすごいですよ。天野川の堤防沿いを自転車で走ってもらったら、堤防の上がり下がりがよく分かるので、「下がってるところから水を抜くんだ!」ってわかります。
同じ高さだったら、避難勧告出すにも、どこからあふれるか分からない。でも、天野川は、あふれる場所が分かるので、避難勧告出すところもピンポイントで済むはずです。
しがトコ編集部:確実に逃げ道がわかるんですね。
瀧先生:そう。危機管理としては完璧ですね。しかもそういうところには、人は住まないように田んぼになってます。田んぼは、水が時々入るほうが、肥沃な土地になるので、石高を最大にして、民の安寧を願うという。井伊直弼たち先人の治水は完璧です。
しがトコ編集部:すごい!
瀧先生:すごいんですよ。武田信玄も有名です。信玄堤という堤防があったり、加藤清正とか直江兼続の治水とか、治水の名手の戦国武将が手がけた治水を見に行く!それが僕の趣味でもあります(笑)。
しがトコ編集部:でも戦国時代から何百年もたって、それでも分かるもんなんですか?
瀧先生:分かります。治水は、国づくりですからね。水を制する者は国を制する。
しがトコ編集部: 政治の「治」は、治水に由来するんですよね。
瀧先生:昔の治水は、洪水のコントロールだけでなく、「水を治める」こともしっかりしてました。誰にどれだけ水を配るかも含めて治水だったんですよね。国づくりそのものだった。
田んぼを広げ過ぎたら、そこに水が必要になる。川の水が減りますよね。そうすると、漁業ができなくなってしまう。じゃあどこかににため池つくろうかとか、それも治水でした。
しがトコ編集部: いやぁ、面白いです。いろんなお話を聞いて、勉強になりました。
瀧先生:しゃべりすぎて、ちょっと漫談みたいになってましたね(笑)。
しがトコ編集部: いやいや、面白かったです。今日は長々とありがとうございました!
2018年7月の西日本豪雨。降り続く雨のなか「このままじゃ、琵琶湖あふれるかも」「あふれたらどうなるの?」「滋賀県、沈むとか・・いやいやまさか…でも…」
ちゃんとした知識がないと、どうしても不安が大きくなるばかりで、それなら専門家さんに話を聞きに行こう!と瀧先生にインタビューを決行しました。
水害の危険な地域がわかる4つのポイントや、戦国時代の防災意識の高さなどなど、それを知ってから町のあちこちを見渡すと、これまでとは違った姿が見えてきました。
このインタビューの後、7月下旬には台風12号が発生。度重なる自然災害の中で、いつ何がおきてもおかしくない。そんな時代だからこそ、防災意識をますます高く持っていきたいですね。
最後に。瀧先生のインタビュー中「余談なんだけど…」と教えてもらった
こぼれ話が面白かったので、メモ程度になりますがご紹介いたします!
そして、今回の記事を書くきっかけになった琵琶湖博物館の金尾さんからは
「この記事を読んでるみなさんへ、ぜひ教えてください!」というお願いもいただきましたので、あわせてご紹介いたします。
終わりに・取材こぼれ話
<瀧先生の余談。メモ1>
滋賀の真ん中には淡水の琵琶湖があるのに、昔は滋賀県の高島市では海から鮭が上がってきた。高島市といえば、発酵文化の「ふなずし」の地なのに、これにはびっくり。
高島の旧今津町に「天増川」があり、それは福井県の小浜湾に流れ込む「北川」という川に流れ込んでいる。だから福井県の小浜湾から高島の山の奥まで、川を泳いで、その昔にサクラマスが上がってきたという。(サクラマスは鮭の仲間)
「本物のイクラ食べた」というおっちゃんがいたので、瀧先生は、それを復活させるプロジェクトをしたいそうだ。
<瀧先生の余談。メモ2>瀧先生は、ダムで沈んだ村の明かりを一晩だけ湖面に再現する『天若湖アートプロジェクト』のメンバー。座標が分かっているので、沈んだ家の位置に正確にLEDライトを浮かべる。
そうすると、満天の星空と昔の街明かりが完全に再現されるので、昔そこに住んでたおじいちゃん、おばあちゃんも「ああ、わしの家、あそこやった」とか「わしの幼稚園、ここやった」とかって思い出話に花が咲く。
ダムに浮かぶ光の様子がロマンチックなので、若いカップルとかも来て、実はダムに守られてることも分かってもらう。ダムがいいとか悪いとかじゃなくて、ダムの是非を超えて、今、何が起こっているのかをきちんと共有しようというイベントをしている。
<琵琶湖博物館 金尾さんからのお願い。メモ3>
7月の豪雨で琵琶湖の水位が上がったとき、湖岸や琵琶湖で魚や生き物たちにどんな現象が起こってたのか?という情報を現在、集めているそう。
こんなところにフナやナマズがいた、とか、普段見かけない魚や生き物を見つけたとか、そういう情報があれば、ぜひ琵琶湖博物館 金尾さんまで!
→ kanao-shigefumi@biwahaku.jp
(写真:林正隆 文:亀口美穂)
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