ぼくは後輩のお誕生日会を開く

 ぼくは後輩のお誕生日会を開く。ぼくは大学の放送研究会に所属している。先日の番組発表会をもって引退したが、秋学期の分の部費はきっちり納めているので立派な「現役部員」である。それと、これは余談だが、ぼくは少し前に新しくインカレの放送サークルを立ち上げたので、「放送サークルに入っている大学生」ということでは相変わらず現役である。まあ、そのインカレサークルっていうのは、ほとんどのメンバーが大学の放送研究会との兼部者で(ぼく自身を含む)、大学の放送研究会側からすると分派活動みたいに捉えられている面が無きにしも非ずなんだけど。

 ぼくは放送研究会で渉外をずっとやってきた。今年の春、ぼくが渉外にスカウトしたのが一年の阿久澤だ。スカウトといっても、たまたま部室にいたから「渉外に興味ある?」って声をかけたってだけの話なんですけどね。それ関連のことは「ぼくは渉外をやらされている」とか「ぼくの後輩は渉外デビューを飾る」とかいう記事に書いたので、興味がある方はよろしければどうぞ。ちなみに、阿久澤も我がインカレサークルとの兼部者です。

 阿久澤は12月某日が誕生日である。そこで、ぼくは阿久澤のお誕生日会を開くことにした。いやあ、ぼくって後輩想いの人間ですよねえ。こんな立派な人格者って現代日本にはまず見当たらないですよねえ。いやあ、ぼくって素晴らしい……と自画自賛したいところだが、実は、ぼくが阿久澤のお誕生日会を企画したのにはある思惑があった。それは「深田」である。

 深田というのは放送研究会の一年の男子で、技術部門のミキサーで、放送研究会の次期副会長である。そして何を隠そう、高身長の爽やかなイケメンである。ぼくの理想のタイプそのものである。深田が放送研究会に入部してきて以来、ぼくは深田にずっとずっと片想いしている。彼女とデートに行っても深田のことを想い、彼女とホテルに行っても深田のことを想っている(ヤバい)。ぼくはこう見えて(どう見えて?)恋愛となるとかなり奥手な人間なので、深田とはいまだにほとんど仲良くなれていない。だいたい、ノンケであることが確定している男子に奥手なゲイがアプローチなんて仕掛けられるはずないのである(ぐすん)。

 深田も阿久澤も「敵を作らない」タイプの人間だが、この二人は一年男子ラインの中でも特に仲が良い。そこで、ぼくは阿久澤のお誕生日会を口実に深田をおびき出し、深田と食事をともにしようと思いついた。もっとも、ぼくがこの作戦を思いついたのはまったくの偶然からだった。部室に寄って、阿久澤と藤沢(二年男子)とたまたま一緒に帰ることになった時、なぜだか忘れたけど誕生日の話になったのだ。

 藤沢とは電車が逆方向なので駅の改札でバイバイ。阿久澤とは途中駅まで一緒なので同じ電車に乗る。中央線カンバセーションタイム。阿久澤は12月が誕生日だというので、ぼくは「じゃあ、今度お誕生日会やろうよ!」と提案した。その瞬間、そのお誕生日会に深田を呼ぼうという考えがぼくの脳裏に浮かんだ。こんなことをぼくが咄嗟に思いついたのは、いつも深田のことばかり考えているせいかもしれない(それしかない)。

 ぼくが阿久澤に「お誕生日会どこ行きたい? なに食べたい?」と聞いたら、阿久澤は「そうですねえ、レバニラ!」と即答した。レバニラ。レバニラ炒めのことか。……うん、ぼくもレバニラ炒めは嫌いじゃないよ。好きか嫌いかで言えば「好き」。でも、ぼくの質問に対する回答として「レバニラ」はズレていると思います。そう、阿久澤の食のセンスは変わっている。今年の春学期にも、練習に差し入れを持って行ってあげようと告げたぼくに「バナナ味のアイスが食べたい」と言ってきた。ぼくはバナナ味のアイスを探してコンビニをはしごする羽目になった。

 ただまあ、ぼくは阿久澤のことはかわいいやつだと思っているので、電車を降りて阿久澤と別れて一人になってから、スマホで「レバニラ 飲み放題」とGoogle検索してみた。案の定、めぼしい情報は出てこない。ふつうに食べログとホットペッパーで「中華 飲み放題」で検索。大学の最寄り駅の近くだと高級店しかなさそうなので却下。エリアを新宿に変えるとちょうどいいお店が見つかった。リーズナブルな食べ飲み放題のコースで、レバニラ炒めがきちんとコースメニューの中に含まれている。「ニラレバ炒め」と表記されてあるが、まあ、同じものだろう。厳密には違うのかもしれないが、ぼくはそのこだわりまではさすがに考慮してあげない。

 翌日、阿久澤に「お誕生日会の件だけど、このお店なんかどう? レバニラ炒め食べ放題だって(お金はぼくが払うぜ)(兄貴肌)」とLINEでお知らせする。阿久澤から「本当にやってくれるんですか? 行きたいです!」という返信がハートマークの絵文字付きで届く。阿久澤は男子に対してもハートマークの絵文字をふつうに送る。ぼくはその行為を危険な行為だと思うが(自分がゲイだから余計にそう思うのかもしれない)、どこがどう問題なのかと言われると実は何も問題が見当たらなかったりするので、いまだに阿久澤に「ハートの絵文字やめたほうがいいよ」と忠告できないでいる。

 深田にも「今度アクのお誕生日会やろうと思うんだけど」と連絡して(ドキドキ)、阿久澤と深田とぼくのスケジュールをすり合わせたあと、宮田(三年男子)や藤沢にも声をかける。出席者集めは比較的容易だった。阿久澤の人徳のおかげである。LINEグループ「アクの生誕記念日を祝う会」を作成したのち、いよいよお店に予約。ぼくは飲み会の幹事をやらされることが多いが、実際には極度のコミュ障にして人見知りなので、いつもお店に予約の電話をする時は緊張する。だからいつも、電話をかける前に一度声に出してリハーサルしている。「あっ、もしもし、飲み放題コースの予約をお願いしたいんですが……」とか一人で言って。このリハーサルのおかげで本番はだいたい上手くいく。少なくともこの日は上手くいった(電話を切るタイミングがややぎこちなくなってしまったが)。

 当日の出席者は、ぼく(三年男子)、宇佐見(三年男子)、宮田(三年男子)、田川(二年男子)、多田野(二年女子)、藤沢(二年男子)、村井(二年女子)、阿久澤(一年男子)、井上公輝(一年男子)、井上慎作(一年男子)、白川(一年女子)、深田(一年男子)だった。途中から佐々木(二年女子)も遅れてやってきた。結構な人数が揃ったが、この会はぼくが一人ずつに声をかけて開いた個人的な集まりにすぎないので、もし本格的に「阿久澤歩夢さん誕生日祝賀パーティー」として告知して開催したらこの3倍の人数は集まったのではないかと思う。阿久澤はみんなから愛されているのである。なお、岩下(二年男子)とか梶(二年男子)とか木村(一年男子)にも声はかけたが、主にバイトがあるという理由で断られた。

 さて当日。JR新宿駅東口駅前広場で待ち合わせ。集合時間5分前に行ったら深田がもう来ていた。よしよし。全員の到着を待つあいだ、ぼくは、ニヤケ顔の宇佐見から「今日の出席者はどういう人選なんですか」とわざと敬語でイジられた。まあ、たしかに変な人選ではあるのである。ぼくが立ち上げたインカレサークルと兼部しているひともいれば、大学の放送研究会のほうにしか入っていないひともいる。ぼくの「身内」と思われているひともいれば、そうじゃないひともいる。一年生の誕生日会なのに、二年生と三年生の出席者のほうが多かったりもする。阿久澤とゆかりが深いひともいれば、そうじゃないひともいる。村井なんて阿久澤とほぼ絡んだことないだろう。でもまあ、村井が出席してくれたのはうれしい驚きだった。村井が一人いるだけで場に華やかさが生まれる(他の出席者に失礼)。

 駅から歩いて約10分、ビルのエレベーターで上がってお店に到着。「予約した(ぼくの名字)です」と名前を告げると、個室の部屋に案内された。テーブルが二つに分かれている。微妙に狭い。逆に言うと密着して歓談できるということなので、ぼくと深田が隣同士で座ったら、ぼくは合法的に深田に体をくっつけることができそうだ。ただ残念ながら、ぼくと深田は別のテーブルになってしまった。おいアク、その席をフッカと交換してくれ。そうすればぼくはフッカを至近距離から眺められるんだぞ(本日の主役に失礼)。ぼくはこのあと絶対に席替えを提案するぞと心に誓った。

 食べ放題のメニューの中から阿久澤がさっそくレバニラ炒め(このお店では「ニラレバ炒め」)を頼み、美味しそうに食べる。阿久澤は笑顔がいい。ぼくは阿久澤の笑顔を見ると自分まで楽しい気持ちになる。逆に阿久澤がまじめな表情でいると不安な気持ちになる。これからも阿久澤には笑顔でいることを忘れないでいてもらいたいものだ(どこ目線?)。

 席上は阿久澤の恋愛の話題で盛り上がった。阿久澤は渉外で知り合った他大学の放送研究会の同学年の女子(高槻さんではない)(この前のうちの番組発表会にも来ていた)と個人的に仲良くなって、この前、デートしてきたらしい。まだ告白はしていないそうだが、話を聞いた感じ、間違いなく交際することになるだろう。たしかに阿久澤を渉外にスカウトしたのはぼくだが、なにもそんなところまでぼくを継承しなくていいのにと思う。宇佐見から「他大に彼女がいる先輩としてアドバイスないの?」と話を振られたので、ぼくは「博物館や美術館のキャンパスメンバーズ制度を活用すべき。デート代がかなり浮く」という非常に有益な助言をしたのだが、周りからは「そういう話を聞いているわけじゃない」と糾弾された(理不尽だ!)。

 周りにけしかけられて阿久澤がデートの時の写真を見せたあと、村井と多田野が「(ぼくの下の名前)さんの彼女の写真も見せてください!」と要求してきた。ぼくは何度も断ったのだが(体感的には200~300回拒絶した)、まあ、村井がこの集まりに華やかさを作り出してくれたことに免じて見せてやるか。ぼくはしょうがなく、今年の夏休みに行った『古代メキシコ展』の時の写真を見せてやった。由梨が写っている画像はそこまで遡らないと存在しなかったのである。二人で写っている写真に至っては春の『恐竜博』の写真まで遡らないと見当たらなかった(由梨のスマホのほうには最近の写真もたくさん収められているはずだが)。ぼくは罪悪感に襲われた。いくら恋愛感情がないといってもぼくは彼女の写真を撮らなさすぎである。

 途中、トイレに行って戻ってきたら、深田の隣の席が空いているではないか! 井上公輝がぼくに遅れてトイレに立ったので、深田の隣の席がちょうど空席になったのだ。ぼくはここがチャンスと深田の隣にすべり込み、向こうのテーブルに置いてある自分のコップと小皿をこちらに移動した。向かいの席の多田野(酩酊化)が「フッカの隣、ダメですよう!」などと言ってきたのを無視して、ぼくは深田に「どう? 飲んでる?」と尋ねる。……あ、念のため言っておきますが、深田は未成年なので、ここでの「飲んでる?」というのは言うまでもなく「ソフトドリンク飲んでる?」の意味です。「はい」と深田が微笑む。相変わらず深田はかっこいい。ぼくは深田に体をくっつけたくなる衝動を必死に抑える。ぼくが理性を失うことはないのである。

 トイレから帰ってきた井上公輝が「あれ? おれの席は?」と言いつつ、しょうがないのでぼくが少し前まで座っていた席に座る。ぼくは公輝のコップと小皿をサッと公輝に手渡す。はい、席替え完了。ぼくと深田は隣同士。深田がぼくに「焼きそば食べますか?」と声をかけてきて、かた焼きそばを取り分けてくれた。感動である。深田に取り分けてもらったかた焼きそば、ぼく、一生大事にするね!(早く食べろ)

 ぼくが「フッカも来年から副会長だもんなあ」と言うと、深田が「(ぼくが新たに立ち上げたインカレの放送サークルの名前)はいつ発表会をやるんですか?」と聞いてきた。ぼくは最初、インカレサークルのほうに深田も加入したがっているのかと勘違いして一瞬うれしくなった。でも、深田のまじめな目つきを見て、そういうわけじゃないとすぐに分かった。深田は大学の放送研究会の次期副会長として、インカレサークルが自分たちの味方になりそうなのか敵になりそうなのかを気にしているのだ。この偶然の機会を利用してぼくに探りを入れてきているというか。

 ぼくは深田に「放送研究会の日程とぶつからないようにするから安心してほしい」「放送研究会をアシストすることはあっても迷惑をかけることは一切ない」「アクが兼部している時点でそこは安心してほしい」ということを説明した。ぼくの説明を聞いて深田は「あ、そういうわけで聞いたわけじゃないです。心配してないです」と気を遣って言ってくれたが、ぼくには分かっている。放送研究会の活動をインカレサークルに荒らされるんじゃないかと深田が警戒していることを分かっている。深田を安心させるため、ぼくは深田の背中を軽く叩き、「ぼくがフッカを困らせるはずないだろ? フッカのこと全面的にサポートするから」と砕けた調子で告げる。深田がぼくに苦笑いを返す。ぼくが「……いま、『お前のサポートなんか頼りにならない』って思っただろ!」と笑顔でツッコむと、深田も楽しそうな笑顔になって「そんなことはないですよ。これからもよろしくお願いします」と返してくれたので、まあ、だいたい大丈夫かな。あと、お気付きでしょうが、ぼくは深田の背中をさりげなく触ることに成功しました。

 阿久澤に誕生日プレゼントを渡す時間になった。予算数百円以内で各自にプレゼントを用意してきてもらったのだ。といっても、「お金がないひとは立て替えるから気軽に連絡してね!」とか「最悪、自宅にある不用品を持ってくればいいよ!」とは事前にことわっておいたけどね。この誕プレ企画はもちろん阿久澤には内緒である。井上慎作がプレゼントを持ってくるのを忘れたので、ぼくは「これは慎作とぼくが2人で買ったやつ」と言ってヴィレッジヴァンガードのラッピングされた袋(日常生活に不要な雑貨の詰め合わせ)を渡した。明らかに予算オーバーである。ただ、それを言うなら、宇佐見が持ってきた帽子、宮田が持ってきた瓶の日本酒も明らかに予算オーバーだったと思うが。12人分(11人分?)のプレゼントをもらって、阿久澤はものすごくうれしそうにしていた。やっぱりアクは笑顔がいい。

 お店を出てエレベーターに乗る時、ぼくはちょっとだけふらついた。別に酔っ払っていたわけじゃなくて、もともと体幹が弱いだけですよ! その時に深田は微笑みながら「大丈夫ですか」と言ってぼくを心配してくれた。藤沢は「おじいちゃん危ない」と言ってきて、佐々木と阿久澤も「おじいちゃん(笑)」とイジってきた。失礼な連中である。ぼくがちょっとふらついただけで「おじいちゃん」なら多田野(泥酔化)なんて「終極おばあちゃん」だろうに、ぼくだけお年寄り扱いするなんて不合理だ。……まあ、本当はこうやって後輩にイジられるのはめちゃくちゃうれしいんですけどね。この時は深田もぼくのことを「おじいちゃん」とイジってきてくれないかなと期待してしまったぐらいだ。深田はいまだにその一線は越えてこない。ぼくのことをきちんと「先輩」扱いしてくる。正直、それがぼくには物足りない。もっとぼくのことを「バカ」とか「クズ」とか「変態」とかイジってくれていいのにな……(もはや別のプレイが始まっている)。

 後日、学校帰りに由梨と吉祥寺で晩ご飯を食べた時、ぼくは阿久澤のお誕生日会の話をした。阿久澤がレバニラを食べたいと言ったので、中華のお店を予約して、新宿駅前に集合してみんなで行って、阿久澤の恋愛の話になって、一人ずつ誕生日プレゼントを渡して……という話である。要は、ここにいま書いた話である。ただ、深田の隣に座ったという話はしなかった。深田からインカレサークルのことで探りを入れられたという話も、深田がぼくをイジってくれなかったのが物足りなかったという話もしなかった。当然だ。「ぼくには実は好きな男子がいるんだけどさあ」なんていう話を、ぼくのことをノンケだと思い込んでいる彼女に言えるはずがない。こちらに彼女と別れる気がないならなおさらである。

 由梨が「写真は撮らなかったの?」と聞いてきたので、ぼくはスマホのギャラリーを開き、お店の外で撮影した集合写真を由梨に見せた。由梨が「どの子がアクくん?」と尋ねてきたので、ぼくは「これ。笑顔がいいよね」と言って写真中央の19歳男子を指さす。由梨は「うん。優しそうな子だね」と言うと、写真を見ながら「この子は誰?」「この子は?」とぼくに次々と尋ねてきた。端っこのほうに立っていた深田を指さして「この子は?」と聞いてきた時はちょっとビクッとさせられたが、ぼくは「深田健也。うちの……放送研究会の今度の副会長」と一息で説明した。由梨は「ふーん。背が高いね!」と感想を言った。うん、そうなんだ。深田は背が高い。まさにそれがきっかけでぼくは深田に惹かれて、どんどん好きになっていったんだ。

 お店を出てJR吉祥寺駅に向かうと、駅前の広場にイルミネーションが煌めいていた。緑色のライトでクリスマスツリーが形作られている。ぼくは「由梨、向こうに立って! 写真撮ってあげる」と言いながらスマホを取り出す。由梨は何のためらいもなく素直にイルミネーションの前に立ち、かばんを両手で持ってポーズをとった。なんかうれしそう。急いで写真をパチリ。異性カップルやってます感満載で恥ずかしい。由梨が「(ぼくの下の名前)くんも一緒に写ろう」と言って、自分のスマホでツーショット自撮りを仕掛けてくる。やっぱり異性カップルっぽくて恥ずかしい。まあ、でもいいだろう。これでぼくは自分のスマホに彼女の写真を一枚増やし、阿久澤のお誕生日会で感じた罪悪感をちょっとばかし解消できた。よし、決めた。これからはもっと由梨の写真を撮ることにしよう。由梨の写真をスマホに収めていくことにしよう。そうすれば由梨のことを喜ばせられるし、ぼくも罪悪感を解消できる。一挙両得、一石二鳥。情けは由梨のためならずだ。

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