#21【書評】 戦略的思考とは何か?
『戦略』という言葉は、昨今かなりポピュラーなものになってきた。私は経営学部ということもあり『戦略』という言葉への馴染みも深い。
また、ビジネス書でベストセラーと言われるものを見てみると
楠木建氏の『ストーリーとしての競争戦略』や森岡毅氏の『確率思考の戦略論』など『戦略』を扱っているものがかなり多い。
(ちなみに知られている通り、この2冊もとても面白いのでぜひ読んでみてほしい。私もそれぞれ2回は読み通している)
しかしながら、『戦略』というものはまるで蜃気楼のような存在であると感じる。あるようでない、ないようである存在なのだ。
また事態を複雑にしているのは、この『戦略』という言葉の定義が人によってかなりまちまちなところにある。どの本でも大まかな定義は同じであるものの、細かいニュアンスが違っていたり、重視している点が違う場合が多い。
この状況はそのまま私に当てはまっているのだが、そんな私が手に取ったのが今回紹介する本である。
まず初めに言っておくと、これはビジネス書ではない。ガチガチの国際政治、国際軍事をもとに『日本の戦略』について書かれている一冊である。
現代で戦略というとビジネスの色が強くなるものの、元はと言えば戦略論とは戦争論のことだ。いかに戦争に勝つか?を考えた論理である。
そして、その本家大元の戦略論から、『戦略』について述べているのがこの本なのだ。
戦略の奥深さ
最初にこの本の著者の背景について少しだけ解説しておこう。それはこの本の内容をより理解するにあたって著者の思考の背景がわかっていた方がいいからである。
筆者である岡崎氏(以下敬称略)は満州の大連で生まれた。1930年のことである。ちなみに満州事変が起こったのはこの一年後1931年のことである。
その後終戦などを経て1952年に東京大学法学部を中退し、外務省に入省。その後1955年にはケンブリッジ大学を卒業し、そこからは外務省の官僚として働いている。
外交官という、いわば『戦略の中枢』で長年働いてきた人間から発せられる戦略の考え方は実践と理論の両方を考慮した、非常に緻密でかつ複雑な戦略論は、奥深い。
まず、理論の緻密さ、重さが段違いだ。企業が考える戦略とは比べ物にならない。それは外交上の戦略の失敗は戦争に直結するというリスクの大きさ、一国の舵を取るという責任の重さからも明らかである。
では、どうすればこの緻密でありかつ重みを持つ戦略を考えることができるのだろうか?本書を通して気付いた三つの『軸』を紹介しようと思う。
『抽象・具体』と『理想・現実』と『常識・非常識』
まず結論から言おう。戦略で大切なのは『抽象・具体』と『理想・現実』と『常識・非常識』の三つの軸である。
それぞれ一つずつ解説していこうと思う。
『具体と抽象』
具体と抽象というのは、いわば視点の広さである。戦略を考える時にはものすごく細かいところをよく観察しなければいけないこともあれば、視野を持って大局的に観察しなければいけないこともある。
例えば体育祭などを例に考えるとわかりやすいと思う。体育祭というのは、それで一つの大きな戦いである。しかし実際それは、騎馬戦や玉入れ、綱引きといった大小様々な戦いから構成されている。
そして、仮に何か一つの競技で勝ったとしてもそれ以外で負けていたらそれは結局勝ったことにはならない。最終的な総合得点で勝つことが目的になる。
具体と抽象の目線を持っていると、目の前の戦いの勝利と、総合的な戦いの勝利のバランスを取ることができる。目の前の戦いが総合的な勝利にとっては重要ではないのか、それともこの先のことを考えるのは後回しにして今に集中するべき重要な戦いなのか、その判断をする上で『具体と抽象』というのは非常に重要な役割を持つ。
『理想と現実』
戦略というのは、未来についての見通しを持つことである。未来について考えていない戦略は戦略とは言えない。そもそも戦略というのは何かしらの目的を達成するために考えられるものである。
そしてその目標を達成するための未来への計画なのだ。しかし、未来というのはどうなるのかわからない。私たちは1時間後自分がどうなっているのかさえわからないのである。
そんな時に必要なのはこの『理想と現実』の思考軸である。
これは比較的わかりやすいと思う。言葉の通り、最悪の事態と、最良の事態どちらも想定して戦略を考えるということである。
ただ、この場合大切なのは、ただ単純に最悪の事態と最良の事態を考えればOKなわけではないということだ。それぞれが現実に即したものでなければならないのである。
「こうなったらいいね〜」「こうなったら最悪だね〜」とかいう願望レベルではない。現実的に考えてみて、最悪の場合はどんな状況になりうるのか、またうまくいけばどの程度の状況までいくのか、を冷静に分析しなければならない。
この時に時の感情に身を任せた想定をしてしまうとうまくいったときはいいが、悪かった時に地獄を見ることになる。現に日本は太平洋戦争の時にそれを嫌というほど体験している。(これに関して詳しくは、これもまた名著である『失敗の本質』など太平洋戦争について考察した本を読んでもらうとより理解が深まると思う。)
あくまで冷静に、理想と現実を想定し、それに即した戦略を考えて初めてそれは戦略になりうるのだ。
『常識と非常識』
最後三つ目が、『常識と非常識』である。これまで紹介した二つはどれも自分の状況を考えるに必要な軸であった。しかしこの三つ目はベクトルが自分ではなく、相手に向かう。
これもまた当たり前だが戦略を考えるということは相手がいることが前提になる。これに関しては特に説明しなくていいだろう。
戦略はただ自らの状況や要素を考慮すればいいものではない。相手のことも同時に考える必要がある。
そして、この「相手の行動を考える」という中で重要なのが「常識と非常識」である。
いくら自分のことのみを考えて作った戦略が良かったとしても、相手が自分たちの想定外のことをしてきた場合、その戦略は何の意味も持たなくなる。
また、相手の行動によってこちらは戦略を変えなければいけない時ももちろんある。戦略というのは決して一方通行のものではなく、相手との相互作用の中で構築されていくものなのだ。
この時常識を知っていなければ、相手がどんな反応をするのかを考えることができない。
つまり常識とは考える上での「前提」になるのである。この前提の大切さはそれだけで一つの記事になるほど言いたいことがたくさんあるのでここではさらっと流すが、どんなことでもその背後にある前提が違えば考えも変わってくる。
その「前提」をいかにリアリティをもって考えることができれば、より上質な戦略を構築することにつながる。
三つの軸を繋ぐ『論理の糸』
ここまでで三つの軸を紹介してきたが、最後にそれらをまとめる重要な要素を紹介する。それが『論理の糸』である。
いい戦略は、それを構成する論理がわかりやすい。「〇〇だから××」という理由が明確なので、その論理を辿っていけばその戦略をちゃんと実行することができる。
上記した三つの思考の軸を使って考えていく時、常に「この考え方に論理は通っているのか?」ということに気をつけなければならない。上の三つの軸を使って考えたことが点であるとすれば、論理はそれらを繋ぐ線である。
そしてその論理の線が明確で美しいほど、結ばれる二つの要素は強く結びつき強固な戦略を構成する。
逆に言えば、どれだけ『具体と抽象』や『理想と現実』などの軸を使いこなして考えたとしても、その間の論理関係が不明確であればそれは戦略になり得ないのである。
また、戦略のオリジナリティを出すのもこの論理の部分である。
独創的な線の結び方をすることができればそれだけで周りよりも一歩秀でた戦略になるだろう。
戦略は総合力
今回は通常の書評よりも大きく文字数を超えてしまった。
それだけ奥深い本であるということであるが、もし長くて飽きてしまったと思ったらそれは私の実力不足である。
しかしながら、ここまでで私はこの本の感動の10%も伝えられていないと思っている。なのでぜひあなたには実際に手を取って読んでみてほしい。
また、本書を一言で表すのであれば『戦略は総合力』であるということだ。
何か一つ要素が欠けてしまうとそれは戦略としての強さを失ってしまう、非常にデリケートなものなのだ。だからこそそれを考えるのは難しいし、まず理解することですら難しい。
しかし、真に戦略を理解し、自ら構成することができるようになればそれほど心強いこともない。私もこれから常に本書を読み返し、自らの戦略に対する理解を深めていきたいと思う。
ではまた。
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