ローカル企業の潜在力を生かす、“全員巻き込み”改革とは? 組織の「存在理由」を問う『しが採用ゼミ』
組織を本気で変えるための、経営者&人事向け勉強会として、過去2シーズンを走り終えた『しが採用ゼミ』。採用難の根底にある課題に各社が気づき、それぞれに具体的な“一歩”を踏み出す姿が、滋賀のあちこちで生まれようとしています。(主催:滋賀県/運営:株式会社いろあわせ)
▼ゼミの受講者に、その後を聞く連載『人事が変われば会社は変わる』
この『しが採用ゼミ』で、初年度から講師を務める一人が、株式会社Funleash代表の志水静香さんです。
外資系大手アパレルなど、複数の企業で人事責任者を務め、現在は株式会社、NPO、自治体などに外部から支援をする志水さんは、「地方にこそ『人的資本経営』を実現していくチャンスがある」と強く訴えます。さまざまな組織を見てきた志水さんが、そのように言い切る真意はどこにあるのでしょうか。
3シーズン目となる2024年度、『しが採用ゼミ』のトップバッターとしてまたも講師を引き受けてくれた志水さん。全4回のゼミ開講にあたり、プロジェクトを主導する北川雄士(いろあわせ代表)が改めて話を伺いました。
個人の力は、6〜7割しか発揮されていない
北川:志水さんはいくつものグローバル企業を渡り歩いたのち、今は大企業から中小企業まで、国内で幅広く組織づくりを支援されていますよね。ご自身のモチベーションの源は、どこにあるんでしょうか?
志水:自分が地方出身ということもあり、もともと外資で30年近くやってきた経験を「日本の中に還元していきたい」という気持ちは強くあります。外資で働く人って確かに優秀な人が多いのですが、国内企業にいる方も一人ひとりを見たら、優秀さという点では負けていないと思うんですね。でも、国際的な競争力は低下しています。
持っている力は変わらないのに、なぜそうなるのか。日本のいろんな会社を見ていると、「組織」という箱に入ったばかりに、個人の能力やスキルを6〜7割しか発揮できてないケースが多いなと感じるんです。この状況を何とかしなくては、というのが長年の課題感としてあります。
北川:「人の持つ力が6〜7割しか発揮されていない」というニュアンスは、いろんな企業さんを見ていても理解できます。なぜそうなっていると思われますか?
志水:1つは、日本的な雇用制度のもと、会社が人を守ってきたことによるでしょう。必ずしも本人たちがスキルアップしなくても、毎年給与を上げるし、キャリアも考える。その代わり「経営者が決めたように、いつでもどこでもいくらでも働いてください」という期待がある。人口増で経済がどんどん伸びた昭和の時代に、働き方としては整合していたと思います。
北川:6〜7割しか力が発揮されなくても、会社が成長でき、給与も増やせる仕組みができていたんですよね。それはそれで、当時としては素晴らしいことだったのかな、と。
志水:はい。そしてもう1つ、働き手の側にも要因があると感じています。そうした雇用制度の中で生きてきたために、個人が率先して学ばかったんですね。会社が決めるキャリアに従うのが当たり前で、「自分の持つ能力をきちんと発揮できる環境か」「仕事を通じて自分が成長できるか」という視点を持って自立してこなかった。
北川:要するに、“共依存”の状態にあったということですよね。
志水:どちらかが悪い、というわけではないと思います。ただ社会が変わって、今は働き手が自分のキャリアを描く必要が出てきました。また企業も、人を事業の中心において、人材の力を最大化しないと生き残れなくなってきている。けれど、どこから手をつけていいかわからず、多くの経営者が戸惑っているのだと感じています。
「学びたい」「挑戦したい」からエンゲージメントを高める
北川:共依存の関係そのものは、2000年前後くらいからあった綻びが、リーマンショックなどを経て、今本格的に崩れてきた感じがしますね。でも、経営者の多くは「従業員の自立」を求めるばかりで、100%の力が発揮されない背景にまで、目を向けていない気がします。
志水:そう。どの経営者も「社員が学ばない」「主体的に動かない」と口を揃えて言うんですが、働く本人たちは怠けているわけじゃないんです。力を発揮できていない理由を見ていくと、「やらねばならぬ」と思っているブルシット・ジョブ(社会にも働く人にも意味をもたらさない仕事)が多すぎます。
1つの仕事に対して、10人がそれぞれ数えきれないExcelファイルをつくっていた……なんて、あるあるじゃないですか。こういう状況自体を変えないと、個人が「自分の人的資本を使いたい」と思ってくれる組織にはなれません。
北川:最近注目されている「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」や「リスキリング」も、今あるブルシットジョブをなくす手段としては重要ですよね。
志水:DXの導入で業務の効率化が進み、不要な作業やブルシットジョブが減れば、社員に時間の余裕が生まれます。その時間を、社員が「面白い」「意義がある」と感じる仕事にデザインし、自ら挑戦できる環境に変えることが重要です。そのような新しい仕事に挑戦するためにはリスキリングも必要になります。
つまり、社員が新たなスキルを学び、成長することで、さらにやりがいのある仕事に取り組む——このサイクルをしっかりと構築できれば、社員の学ぶ意欲も高まり、組織へのエンゲージメントも向上していくはずです。
ただここで注意したいのは、そこでとるべき具体的な変革の方法やステップは、その会社が目指す姿によって変わってくる、ということ。組織改革の支援をしていると、よく「事例をください」と言われるんですが、それぞれの経営者には「自分たちはどんな組織になりたいのか?」「事業を通して社会にどんなインパクトを起こしたいのか」「それを実現するためにどんな人たちに参画してほしいのか」という問いを日々考え、社員に伝えてほしいのです。
経営者の仕事は、組織が存在する「理由」をつくること
北川:地方の中小企業さんだと、知名度があるわけではないけれど、例えば大手の下請けとして高い技術を提供し、安定しているところも多いんですよね。そういう隠れた“いい会社”が、ここに来て採用に苦しんでいるケースは少なくない。
ただ実際お話を伺っていると、これまでの歴史から受け身の考え方になってしまっていて、「自分たちがどうなりたいかなんて、考えたことがないかも」とおっしゃる人も多いんです。本当は、それこそが経営者のやるべきことなんですよね。
志水:組織づくりの手法として「ジョブ型」とかいろんな言葉が今流行っていますが、Howばかりが注目されているのに私は違和感があります。何か新しいものを導入したらすぐに課題が解決する……と思い込んでいる経営者は結構多くて、それは危険だと思います。
経営者の仕事は、その組織が存在する理由(存在意義)を考え、常に言葉にして伝え、事業で具現化することです。「私は社会にこんな変革を起こしたいのだ」でもいいし、「滋賀の人をもっと幸せにしたいのだ」だっていい。
北川:「社員が幸せになる」でもいいわけですよね。
志水:事業を通して何をしたいのかがわかればいいんです。それがあることではじめて、共感する人が集まってきます。それが語られていない組織には人も集まらないし、入ってもいずれ辞めてしまうでしょう。北川さんも採用を8つのステップにわけたうえで「全体をバリューチェーンで見ることが重要」とおっしゃってますが、目先の採用にだけ力を入れたり、人材育成だけやったりしてもダメなんです。
北川:『しが採用ゼミ』で伝えたいのも、まさにそこです。どうしてもHowに目が行きがちですが、志水さんが今おっしゃった「みんなが集まる理由」を経営者がしっかりと掲げること、それを人事部門としっかり共有することがスタートになると考えています。
志水:そう。そして、もう1つ経営者と人事がやらなくてはならないのが、組織としてなりたい姿や目指す方向に、社員一人ひとりの興味や関心を接続させていくこと。やらされ感で「挑戦しろ」「変革しろ」と言われているときって、人は動きませんし、変われません。本人が「面白いな」と思えると、自ら挑戦していきますから。
北川:特別すごいことをする必要はなくて、何よりもまずは社員の人の話を聞くことが大事。「やりたいことなんてない」という人もいるけれど、掘り下げていくと、興味が深いポイントだったり、その人のモチベーションになっていたりすることが必ずある。そこを一緒に見つけて、自発的に動けるような環境をつくることが重要だと思います。
全員と対話できる中小企業にこそ、チャンスがある
志水:社員の話に耳を傾けて、問題を可視化し、経営者だけではなく全員が会社を良くするために何ができるだろうと議論をする。これがまだまだできていないという点では、東京も地方も差はないと思うんです。むしろ変わる可能性があるという意味では、社員全員を“巻き込める”地方の中小企業にこそ、チャンスがあると考えています。
北川:確かに何万人もいる会社だと、全員の声を聞くってそうそうできませんからね。でも、数十人、数百人でお互いの顔が見える組織なら、手触り感を持って取り組めます。
志水:だから私、中小企業さんの支援が好きなんです。組織を変えていくには、課題を可視化したあとに「ガチ対話」をしていくフェーズが必要になります。経営者、人事、従業員……立場の違う人同士が互いの認識のズレをすりあわせていく。これがすぐにできるのが地方企業、中小企業の強みであって、大手や外資などは難しいし、やれても相当時間がかかってしまう。
冒頭で日本型雇用の問題点を指摘しましたが、良いところもあるんです。人に合わせて仕事をローテーションさせたりつくったりするし、先輩・後輩の関係の中でスキルを伝えあう文化もある。それらを生かしながら、一人ひとりが100%の力を発揮できる環境をつくってほしいと思います。
北川:「6〜7割しか力を発揮できない」組織に対しては、今若い人が本当に厳しい目を向けるようになってますよね。転職も当たり前だから、そういう会社だと気づいた瞬間に辞めて、どんどん次に行こうとしています。
志水:まさに。働き方を一番アップデートしているのが若者なんです。彼らのように「自分のキャリアは自分で決めるんだ」と考える人がこの先どんどん社会に増えていったとき、さっき話したような対話のできる会社しか生き残れないでしょう。経営者は今までのやり方を変えないといけません。でも、実際どんなやり方がいいのかは、その組織が何を目指しているかによって変わってきます。
だからこそ経営者の人には、「この組織は何のために存在するのか」をパッと言えるようになるところから始めてほしい。それを言葉にして社員に、求職者に伝え続けることからしか、みなさんが感じている課題の解決は始まらないと私は思っています。
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