【短編小説】サーカスとネオンライト
サブスク全盛期の時代にわざわざDVDをレンタルして観ようなんて誘ったくせに、その父と娘の親子愛に泣けるって評判の映画は存外ラブシーンが多くて気まずくて、別に飲みたくもない烏龍茶を喉に流し込みながら一人勝手にドキマギしていた。
ローテーブルに置かれた缶チューハイに彼女が手を伸ばすたびにゆるいセーターの胸元から下着が見え隠れする。1Rに無理やり置いたソファで触れるか触れないかの横並びの距離感で触れない選択をした僕に、彼女は優しいんだねって異性に対するありふれた低評価をつけた。
青白い光がスクリーンにエンドロールを投影して、その白飛びする光が僕らを照らす。タイトルをつけるなら「退屈」とか「眠気」とかそんなシーンで、場を取り繕うように駅まで送るよって言って繁華街を一緒に歩いた。あのエンドロールがもう少しだけ長ければよかった。それならば終電になんか間に合わなかったのにって嘆きたくなるけど、下心だけだなんて誤解されたくもない。なんて、それは臆病の言い訳だ。吐いた溜め息が冬の気配に白んでいるのは彼女も同じだ。別れ際に少し寂しかったなんて言われれば、つまらない男って烙印を押されたようでふがいなかった。
終電間際のプラットホームで快速電車に乗り込む彼女を見送って、閉まるドアに僕らの関係は引き裂かれる。彼女はもうスマホの画面に夢中で電車は速度を上げながら過ぎ去っていく。残像は車窓から漏れる光になって無機質な駅に影を生んでは消えていく。後悔だけが僕から零れた。二人で歩いた繁華街を帰り道は一人で歩く。光と音に縁取られたネオンライトの街は寒空の下のサーカスみたいで、すれ違う人はみんな自分事ばかりに浮かれながら僕は僕で欲望に踊らされるピエロとして街を飾っている。
【あとがき】
仲良くなった女の子がいて、僕はその子のことが好きだった。だから仕事終わりにご飯に誘って、そのまま「家に遊びにおいでよ」って誘った。狭いワンルームに住んでいたから、部屋で一緒に過ごすとなったらベッドをソファがわりに横並びになるしかなくて、そんな距離感の中で仕事の話とか趣味の話をした。お互い話すだけ話して、それだけ。その後は駅まで彼女を送ってお別れした。帰り道にメッセージが届いて「さみしかった」って叱られた。「またね」って言ったら「またっていつ?」って返してくるような強気な女の子で、そんなところが好きだった。
結局、彼女との進展はなかった。お互いに環境の変化が重なって、タイミングが合わなくなってしまったのだ。いまでは連絡先さえも消えている。この物語はそんな感傷に浸って書いた作品ではないけれど、そんな記憶を思い出させてくれた作品だ。
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