ぬりえには、精神安定やリラックス効果があると言われているが、無心に色をぬっていると、確かに、針を刺された腕の痛みも、ぼんやりとした未来への不安も和らいでいった。ただ好きと思う感覚の中にも、無意識に自らの心を慰めるひとときを求めていたのかもしれない。
絵の中の少女たちの形をなぞり、色づけていくことは、まだ不確かな自分の体を、そっと世界へと位置づける行為だったのか。ここにいるよ、動き出すよ、と。ことばになり得ぬ明日への光を、柔らかな陽だまりを背に受けながら、小さな机の片隅で手繰りよせていた。
神泉薫『エッセイ集 光の小箱』収録
発行:七月堂
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