小説 介護士・柴田涼の日常 74 母親を自宅で看取ることになった平岡さん

 翌日はお休み。ここのところ調子が悪く、日中は一日家の中でごろごろしていた。夜になって軽く散歩をするが身体がやや重たい。睡眠に問題があると思い、薄めの長袖を着て寝ることにする。ベッドの位置関係からか、上半身がやや涼しく、冷えているような気がする。朝起きると背中が痛かった。ヘンにチカラが入っているのだろうか。背中を伸ばすストレッチを入念に行う。

 翌日は早番。今月は早番が三回しかない。早番は早く帰れるところがいい。僕は早起きが苦手だし、夜も寝つきが悪いほうなので、早起きだけが苦痛だ。それに早番は業務量が多い。朝は全員を起こさないといけないし、全員分のケースを打たないといけない。それでも早めに一日の仕事を終えられるというのは気分がいいものだ。

 夜勤者は平岡さんだった。平岡さんが全員を起こしていてくれたので、早番者は大助かりだ。ゆっくりお茶の準備をして顔拭きタオルを配り、介助が必要なご利用者にはお顔を拭く介助をする。

 平岡さんの母親は末期のガンで、治療の術がなくなり、自宅で看取ることになったようだ。「お母さん、七十二歳でまだ若いのに、平岡さんも受け容れる心の準備がなかなかできないわよね」と最近父親を亡くした真田さんが言っていた。「わたしだって、昨日まで平気で歩いてた人が、誤嚥性肺炎で入院したら心不全になったと言われてそのままぽっくり逝ってしまったでしょう。八十八歳の親を持つわたしでさえなかなか受け容れられなかったのに、七十二歳はまだまだ若いほうよ。まして最近までは普通に元気で暮らしてたんだもの」

「病院にいても結局面会できないし。それなら自宅で一緒に過ごしたほうがいいと思って」と平岡さんは言った。

「休みたいときがあったらいつでも言ってくださいね」

「ありがとうございます」

 今日は早遅対応の日だ。十二時までは一人でユニットの見守りをする。遅番は安西さんだ。安西さんは昼食後、リネン交換をすると言っていたが、自分のトイレに行くやら洗濯物を取りに行くやらゴミ捨てに行くやらで、結局リネン交換をせずに終わった。

 ヨシダさんが蜂窩織炎で入院してから一週間以上が経つ。ヨシダさんの状態は依然としてわからないが、まだ良くならないのだろうか。病院での状態はこちらに一向に伝わってこない。ヨシダさんがいないと介護の側はとても楽だと言ったら不謹慎にあたるだろうか。ヨシダさん一人でかなりの労力が取られるので、その余った労力の分だけ余力が生まれる。もともとEユニットのご利用者は落ち着いていたが、職員にも余裕が生まれることで、さらにユニット内が落ち着いたように感じられる。

 時間的に余裕があったので、ご利用者のみなさんに清拭巻をお手伝いしてもらう。四つ折りにした清拭を濡らしてそれをくるくる巻く作業だ。くるくる巻いた清拭はタオルウォーマーで温めてご利用者の陰部を拭くために使う。ショートスリーパーのサトウさんはくるくる巻くことがうまくできない。見本を見せ、手を取って一緒に強く押しながら巻いてみるが、一人でやらせてみるとどうしても折り紙を小さく折り重ねてゆくように四角く畳んでしまう。それでも少しずつやり方を覚えてきているので、根気よく教え込めばゆくゆくはできるようになるだろうか。

 休憩時間に、看護師の高橋さんと一緒になった。高橋さんは毎晩二十時半に戦争ゲームに参加している。今の部隊にはスカウトされて入ったが、その前にいたところはフィリピンの人が多い部隊で、戦が始まると「抜けます」と言って部隊から出て行き、終わったころになって「戻りました。また一緒に戦いましょう」と言って帰ってくる人がいたそうだ。フィリピンに台風が来たときでも「周りは水浸しで通信状態も悪いけど、頑張ります」と言って戦争に参加する人がいたと言う。高橋さんは「ゲームよりも自分の命を大事にして」とメッセージを送ったが、「ほかにやることがないので、ここにいさせてください」と返事が来たそうだ。

 高橋さんによると、休職中だったDユニットの職員斉田さんは、今日から三階のGユニットで復帰したそうだ。斉田さんは昨日まで休職していたようだ。Dユニットでは斉田さんによる職員に対するセクハラが問題になっていたと高橋さんは言う。「なんでも年上好きらしくて、耳元で囁いたり、ボディタッチもしてくるみたいなの。よっぽど自分に自信があるのかしら。イケメンだったら耳元で囁かれるのもいいけどねえ。年上好きって変な人が多いでしょ。困ったものよねえ」

 僕は呆気にとられ、「そうだったんですか」としか返事ができなかった。


いいなと思ったら応援しよう!