弱者男性とフェミニズム(『弱者男性1500万人時代』を読んで)
トイアンナ『弱者男性1500万人時代』を読みました。
「弱者男性」と呼ばれる人々の実態と彼らが抱えている問題について、独自の定量/定性調査と豊富な資料から網羅的にまとめられた本で、「弱者男性」という言葉を取り巻く状況に興味がある人の入門書としてとてもわかりやすい良書でした。
近年ネットを中心に可視化されつつある「弱者男性」にまつわる問題ですが、現状支援やケアはほぼなく、社会構造的に弱い立場におかれているにもかかわらず、「有害」扱いされたり、嘲笑の対象になっているのが特徴です。
「社会構造的に弱い立場におかれている」人々の支援・地位向上・エンパワーなどを行ってきたフェミニズムとの相性も悪く、フェミニズムから派生した男性学でも同様の傾向です。
例えば、おおよそ1.5億の詐欺と詐欺幇助の罪で実刑判決を受けた「頂き女子りりちゃん」こと渡邊真衣被告の求刑に対して、フェミニスト弁護士の伊藤和子さんは「男性優位社会の秩序を乱した女子の朝憲紊乱の振るまいを一罰百戒にするという検察の意図か? 常軌を逸していて怖い。」とXで表明。
同じくフェミニストの北原みのりさんもXで「実刑に強く抗議」と表明しました。
北原さんのコメントは男性の被害を矮小化するばかりか、渡邊被告が行った詐欺と詐欺幇助という犯罪をまるで犯罪だと認識していないかのようです。実際の事件においては、
多額の現金をだまし取られた被害者がいる。
被害者は「親切心や恋心を悪用した詐欺マニュアル」に騙され、現状返金の目処もない。
伊藤さんも北原さんも、この事件の被害者が女性で、加害者が男性だったら上記のような意見表明はしていないと思います。
この一例を見るだけでも、フェミニズムが女性加害者の生い立ちや社会環境に同情し減刑を求める一方で、あまりにも自然に男性被害者を透明化していることがわかります。
現状まともな支援も、地位向上運動も、エンパワーもなく、研究すらほとんどない「弱者男性」の問題に関して、この本では大きく2軸、
15歳〜99歳の男性500人へのアンケートを始めとした複数の定量調査(合計サンプル数は数千ありそう)と、複数の当事者に価値観や背景をインタビューする定性調査
婚活市場と言う「男性の年収と女性の若さが交換される世界」を渡り歩いた筆者の生々しくリアリティのある視点と経験談
からアプローチが行われており、大変説得力のある内容になっています。
弱者男性の定義・状況
この本によれば、「弱者男性」とは、ネットスラングから誕生した言葉であり、「日本社会の中で独身・貧困・障害といった「弱者になる要素」を備えた男性たち」であり、「年収〇〇万円以下といった数値で厳密に定義されているわけではない」とのこと。
著者の調査と推計によれば、日本人の8人に1人、男性の4人に1人が、弱者男性を自認しており、 全国に当てはめると約1,600万人が該当するそうです。
弱者を自認する理由のトップ3は、「年収が低い、貧乏である」「友人が少ない」「人と話をするのが苦手だ」という経済や関係性、コミュニケーション要因であり、弱者男性を自認する男性の75%が弱者になった理由を「自分が悪い」と挙げているそうです。
また、弱者男性には現状、福祉以外のセーフティネットがなく、支援団体に頼ることも難しい。日本には女性専門支援の認証NPOは4953あるものの、男性支援団体はゼロであり、内閣府の定めるNPOのカテゴリーにすらないようです。
ここまで見るだけでも、ネットでよく「弱者男性」のイメージとして惹起されているインセルやミソジニストとは乖離しています。
「弱者男性」問題の背景
問題の背景にあるのは、男性であるということで「(自らが)弱者であると認められない」「(他者に)弱者と認めてもらえない」ことによるケアへのアクセスの疎外、二次被害、存在そのものの透明化です。
犯罪被害者の64.2%が男性であるにもかかわらず、男性は暴力や性被害を受けても透明化される
自らの弱さを認められず攻撃に転嫁することは「有害な男らしさ」として批判される
セルフネグレクトの男女比は女性54.5%、男性36.6%と女性の方が多いのに、孤独死の男女比は男性83.1%と圧倒的に男性が多い
男性は労働条件が厳しい仕事につきやすい
遺族年金制度においても、男性は女性に対して冷遇されている
男性は体を売っても稼げない。平均的な男性セックスワーカーの時給は5000円程度であり、風俗で最低ランクの売春婦と同等になる
などなど、
明らかに社会の構造的な問題があります。
正直、豊富な参考資料を含め読みやすくわかりやすいのに、内容がしんどくてたびたび手が止まり、気が滅入る内容ですが、読むべき本だと思います。
男性は〈弱者であると認められない+弱者と認めてもらえない〉の相乗作用によって、支援やケアから遠ざかってしまう。
このことがもっと知られ共有され、さまざまな支援や対策が動くことを願っています。
フェミニストとして本を読んだ感想
フェミニストとしてこの本を読んだ感想としては、弱者男性の問題は、近年のフェミニズム、特に私が最も関心を寄せているメディアとフェミニズムの問題とは要素が大きく異なるということです。
私は近年のフェミニズム対して、「擬似問題が多すぎる」「男女平等や女性差別反対ではなく過度のホスピタリティ要求になっている」と感じることがよくありました。言葉を選ばず言えば「贅沢病」のようにみえるのです。
この本を読み、個人的に感じていたフェミニズムの問題点と弱者男性の問題とを対比させることで、頭の中がだいぶ整理できました(この話はいずれ詳しく書きます)。
第二波以降、選挙権、相続権に加えて、男女雇用機会均等法による労働機会の平等を獲得し、国や行政、大学などでも正当な地位を得たフェミニズムは公的権力の一部となりました。そして、その関心領域は男女・資本家と労働者の二項対立から、アイディンティティポリティクスやメディア表象、文化やインターセクショナリティ(交差性)といったよりミクロな問題に移行していきました。
やや唐突ですが、第三波フェミニズム以降の関心領域の細分化は、消費社会の成熟と時を同じくしています。
現代は叶えられていないニーズはほとんどないくらいに便利で、スマホひとつで買い物から娯楽へのアクセスまで容易にできます。
「粗悪品」や「欠陥品」、「めちゃくちゃ不味い食べ物」など、市場に出回る商品が消費者が求める機能を満たしていないことはほとんどなく、基本的な機能に大きな優劣がないため、企業は商品の情緒的な差別化を図ること、「これを買えばあなたの心は満たされます」と消費者の社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求などを掻き立てる戦略を取るようになります。
この本の、
女性は最も劣悪な労働環境と、管理職から疎外される
男性は最も劣悪な場所から、最も良いポジションまで開かれる
という表現が大変印象に残ったのですが、これを私の関心領域に結びつけると、
女性の問題は消費社会と再生産(妊娠・出産・家事・育児などの賃金は発生しないが社会を維持する上で必要なコスト)の問題であることが多く、男性の問題はより固定された社会構造と階級の問題であるといえるかもしれません。
あらためて、フェミニズムが掲げる「女性」の問題が社会の構造的な弱者の問題より消費社会の問題であることについて考えたいと思いました。
〈討論もやるみたい〉
「弱者男性」の現状と未来『弱者男性1500万人時代』出版記念 討論イベント
トイアンナ VS 小山(狂)
イベントの利益となった分は弱者男性支援団体に寄付されるそうです。
最後まで読んでくださりどうもありがとうございます!
スキ・シェアしてもらえると喜びます。
頂いたサポートは、参考文献や資料購入にあてたいと思います。