出版中止は知る権利の侵害 〜恫喝的なトランスジェンダーとアライの問題〜
情報解禁後すぐに刊行中止となった角川『あの子もトランスジェンダーになった』本
12月3日、KADOKAWAの翻訳チームアカウントがTwitter(X)にて、来年1月24日にアビゲイル・シュライアー著『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』を発売する予定であることを投稿しました(現在削除済)。
この投稿に関して、一部のトランスジェンダーアライなどから「ヘイトスピーチである」との抗議の声が多く上がりました。
これらの抗議の声を受けてか、KADOKAWAは12月5日には、
という謝罪とともに、『あの子もトランスジェンダーになった』本の刊行中止のアナウンスを行いました。
抗議の声に対して毅然とした態度で立ち向かわず、すぐさま出版停止の選択をしたKADOKAWAの対応には、大変遺憾です。
『あの子もトランスジェンダーになった』本はすでに各国で出版されており、イギリスの「エコノミスト」や「ロンドンタイムズ」などで高い評価を得ている本です。国内の読者で議論を深めていくことを目的として翻訳したのであれば、堂々と出版の正当性を訴え、問題含みの内容の本であるとしたら「どのような箇所がどのように問題なのか」を読者に委ねる時間と機会を作る方が良かったと思います。
「トランスヘイト」だとする抗議の論拠は不明
私がまず驚いたのは、
本の刊行中止のアナウンスを喜ぶ人の中に、学者や作家、編集者など、自らが「表現の自由」の恩恵をうける側も多くいたこと
「トランスジェンダーへのヘイトだ」という声ばかりで、「ヘイト」である論拠があげられていなかったこと
すでに各国で出版・翻訳されているベストセラーであるとはいえ、「ヘイト本だ」と言う人達は、本当に内容を読んだのだろうか?ということ
などです。
「批判する自由」は誰もがもっている表現の自由ですが、本の内容を確認もせずに「ヘイトスピーチ」であると決めつけて、刊行中止を呼びかけるのは度を超えています。
学者や作家、編集者などは、普段は「表現の自由」がなければ仕事ができなくなる人たちです。彼らは表現の自由の恩恵を受ける一方で、自分の表現が内容も確認されずキャンセルされると想像したことはあるのでしょうか?
自分の仕事が内容も見ず議論されることなくキャンセルされたら、それを許容できるのでしょうか?
私は許容できません。表現の自由、知る権利の観点からも、フェミニズムの観点からも、刊行中止には反対です。
『あの子もトランスジェンダーになった』本の担当編集が、竹内久美子氏や百田尚樹氏、ナザレンコ・アンドリー氏といった保守的でトランスジェンダーの権利運動に批判的な著名人にゲラを送り、プロモーションの一環としてTwitterで取り上げて欲しいと打診していた。
ということも一部で話題になっていましたが、仮にそれが本当だとしても、竹内・百田・ナザレンコ氏らがプロモーションに参加するのでヘイト本、という理屈は通りませんし、キャンセルの理由としてなんら正当性を持ちません。
当たり前ですが、思想が相容れないことは「ヘイト」ではないし、「気に入らない」「不愉快」イコール「差別」ではないのです。
『あの子もトランスジェンダーになった』とりあえずGoogleBooksで無料部分を読んでみた感想
内容を確認しなければ「ヘイト」か否かはわからないため、とりあえず、原著の無料で読める部分を読んでみることにしました。
感想としては、幼少期には性別違和がなかったにも関わらず、思春期に急に性別違和を訴えたアッパーミドルクラスの少女の親ら約40人に対するインタビューがメインに構成されているノンフィクション本であり、子供への投資期間が長い階級特有の問題、過保護な親と甘ったれの娘の事例だと感じましたが、「ヘイトである」とは思いませんでした。
著者であるシュライアーが、思春期に急速発症する性別違和の要因と考えているのは、スマホの普及とSNSの発達によるオンラインコミュニケーションの増加、それに伴うリアルコミニケーションの減少。オンラインのトランスコミュニティにおける承認と共感(とそれにともなう同質性への圧力)や知識共有の構造。他の精神疾患の影響などであり、学術的論拠としては、それ自体が物議を醸し出した医師で公衆衛生学者のリサ・リットマンの研究をあげていました。
また、シュライアーは自身の過去を回想し、昔は思春期に大して好きじゃなくてもとりあえず異性と付き合い、失恋や性的経験を同性の友人と共有することで成長していくことが一般的であったが、現在はそうしたリアルの(性経験含む)コミュニケーションが消失したことで、若い世代でノンバイナリーやデミセクシャル、ジェンダーフルイドなど流動的で不安定なアイデンティティがトレンドになっているといいます。
つまり、女性は男性と付き合えば女性のアイデンティティを獲得するという保守的でややマッチョな思考です。
個人的には、自らの保守的でマッチョな価値観を情緒たっぷり扇情的に訴えかける人と友達になりたいとは思いませんし、シュライアーのような人が親戚の集まりなどにいたらブチ切れる自信があります。
ですが、自分の価値観と相容れないからといって「ヘイト」ではないのです。
無料部分を読んだ上で、この本で問題になりそうなポイント
『あの子もトランスジェンダーになった』の無料部分を読んだ上で問題になりそうだと思うポイントは以下です(念のためですが、問題=ヘイトではありません)。
親へのインタビューの当事者性(当時者である子供へのインタビューではない)
著者のセクシュアリティ(シスヘテロ女性で保守的な性指向)と大衆的感情に訴えかけるスタイル
物議を醸したリサ・リットマンの急速発症性性別違和(ROGD)研究を参照にしているところ
親へのインタビューの当事者性(当時者である子供へのインタビューではない)
まず問題とされそうなのは、シュライアーの本が思春期に急に性別違和を訴えた子供を持つ親へのインタビューであり、トランス当事者である子供へのインタビュー調査はなさそうなところです。
未成年の子供のトランス問題においては両親も当事者のうちと考えることも可能ですが、どれだけ献身的に子供に寄り添う親であっても子供本人にはなり得ないため、一方方向のみの視点になっていることは否めません。
両論併記というか、子供側のインタビューがなければ、説得力は大きく減ると思います。
著者のセクシュアリティ(シスヘテロ女性で保守的な性指向)と大衆的感情に訴えかけるスタイル
先程感想としても書きましたが、シュライアーは自身の過去を回想し、「女性は男性と付き合えば女性のアイデンティティーを獲得するだろう」というような主張をするシスジェンダー異性愛者の女性です。
多くのマイノリティは、マジョリティの「それが当たり前であると疑ったことがない」ような態度に傷つけられたり、不愉快に思った経験があるので、そうしたある種の横暴さは受け入れられにくいでしょう。
情緒たっぷりに扇情的に「母親の悲しみ」「才能ある娘に訪れた悲劇」を語るスタイルも同様に、お前が見ているのはトランス当時者ではなく「親にとっての理想の娘とその喪失」という悲劇やおとぎ話だろうと反感を買う可能性がありますし、実際その指摘は妥当です。
はっきり言って、「性別違和を訴える子供の親」にのみ寄り添っているように見えます。
物議を醸したリサ・リットマンの急速発症性性別違和(ROGD)研究を参照にしているところ
急速発症性性別違和(略称ROGD)とは、2018年にアメリカの医師で公衆衛生学者リサ・リットマンにより発表された研究であり、思春期の性別違和の急激な発症は社会的影響や仲間からの影響により引き起こる現象であるという仮説です。
一部の研究者やトランスジェンダーの活動家から「トランスジェンダーが獲得した医療へのアクセスの正当性を棄損しうる」と問題視され、大きな議論が巻き起こりました。
リットマンの論文は翌2019年、タイトル、要約、序文、考察、および結論を更新した改訂版に置き換えた上で査読付き科学雑誌に再掲載されたものの、現在も「急速発症性性別違和(ROGD)」は正式なメンタルヘルス診断名として認められていません。
しかし近年では、思春期に急速発症する性別違和に関して積極的に医学的介入を行ってきた欧米諸国では2つの傾向に別れており、リットマンの研究に対する評価も割れています。
依然として子供である当時者のニーズに寄り添い積極的に医学的介入を行うことを辞さないアメリカ。
思春期ブロッカーやホルモン、手術の副作用や不可逆性や、他の精神疾患との併発の問題を鑑み、子供への積極的な医学的介入に慎重になるスウェーデンやフィンランド、イギリス。
これらの状況からわかるのは、ごく若いトランスジェンダーの医療に関しては、医学と政治とそれにまつわる制度上の差異、国ごとの価値観の差異や活動家の影響力など、複合的な問題が絡み合っているということです。
アメリカ以外の「急速発症性性別違和」問題
さきほど、思春期に急速発症する性別違和に関して、現在はアメリカとスウェーデンなどのヨーロッパで医療のあり方の傾向が異なっていると書きましたが、それでは、スウェーデンでは「急速発症性性別違和」に関してどのように扱われているかを少し紹介しようと思います。
日本語字幕付きで状況が大変わかりやすくかつ網羅的なのは、スウェーデンの番組「トランストレイン」です。
※日本語字幕付きはPart 4まであり、様々な立場の人にインタビューを行っているので網羅的です。
内容をものすごく噛み砕いて説明すると、
1970〜2010頃までの調査では、トランスジェンダーのうち、移行した性別から再度元の性別に戻す「デトランス」をする割合は2%程度と考えられていたため、性別移行の医療は基本的には一方通行のものであり、当事者にとっては不利益より益が勝るものとされていた。
トランスジェンダーの子供はそうではない子供より自殺やメンタルヘルスに問題を抱えるリスクが高いとされていたため、性別違和を持つ子供への早期のケアや医療介入は重要であると考えられた。トランスジェンダーのうちデトランスする割合は2%程度と考えられていたため、性別違和を訴える子供が将来心変わりすることよりも、今現在の問題を解決することが優先されていた。
ところが、2010年以降、思春期の少女たちが性別違和を訴えることが急速的に増えた。他の年代性別で性別違和を訴える患者とは明らかに増加幅が異なっているため、2010年以降の「急増」層にも、それ以前の早期介入が有効なのかが問題となった。
その他にも、
思春期ブロッカーによる骨粗しょう症、心疾患のリスク、ホルモン治療による血栓のリスクなど副作用がより明らかになったこと。
リスクや副作用が患者に対して説明不足になっていることや、6ヶ月から1年かけて子供の性別違和を診断しているとしていた医療機関が、実際には5週間程度しか診断に時間をかけていなかったこと。
トランス当事者のコミュニティに入ると「デトランス」は裏切りと捉えられるため性別移行を辞めることが困難だったと訴えるデトランスの当時者たちが現れたこと。
「急増」層では特に、拒食症や自閉症(ASD)など、他の精神疾患と併発しているケースが多いにも関わらず、診断においてそれらとの関係性が十分に審議されていなかったこと。
子供のトランス医療を肯定しない親はソーシャルサービスに通報されるため親は子供の医療に対するリスクヘッジが行いにくかったこと。
トランスの活動家らが、運動で獲得してきた医療へのアクセスの正当性が棄損されることを恐れ、トランス医療のリスクに焦点を当てることを拒みがちであること。
など、複数の問題が明るみになったのです。
以上のような経緯を経て、スウェーデンやフィンランド、遅れてイギリスでは、現在、性別違和を訴える子供への積極的な医学的介入に慎重になっているようです。
少し古い記事ようですが、こちらのnoteも詳しいです。
スウェーデンの「急速発症性性別違和」問題から見えてくる「ヘイトスピーチ」の空虚さ
アビゲイル・シュライアー著『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』は、無料部分を読んだ感想としては、ヘイトではないが確かに横暴なところがある本でした。
しかし、アメリカだけでなくスウェーデンやフィンランド、イギリスなどの状況を見ると、今読まれるべきテーマの本ではあると思うため、日本語訳が刊行中止になったのは残念です。
そして少しだけ関心があるのは、この本の刊行中止を喜んだ学者や作家、編集者、内容を読むこともなくトランスジェンダーを傷つける「ヘイトスピーチ」であると訴えていたアライの人々は、はたしてどの程度この問題に興味があるのだろうかということです。
個人的なことですが、私は4歳まで自分のことを男だと思っており、衣類も玩具も自転車も男の子向けのものを選び、自分で勝手に名前をつけ、ご近所じゅうに吹聴してまわるような子供でした(人よりちんこが生えてくるのがちょっと遅いだけと思っていました)。近所に古くから住んでいる住人以外、例えば飲食店のパートさんレベルなら騙せていたようで、「男の子を女の子として育てている複雑なご家庭らしい」と噂になり両親が困ったこともあるようです。
ですが、ある時期を境にすっかり変わってしまいました。抑圧も差別もされていなかったのに、単純に気が変わったのです。中にはそういう子供もいるのです。そうした経験があることもあり、性別違和を訴える子供への診断期間の短縮や、思春期ブロッカー、ホルモン、手術などの積極的医療介入には抵抗があります。
恫喝的なトランスアライの人々は、どの程度の想像力を持ち、自分の目で確認する努力をしているのでしょうか。
気に入らないもの、思想が相容れないもの、良くないと思うものに対して、内容を確認することもなく恫喝的に排除しようとすることは、差別に反対することでも社会正義や社会貢献でもないように思います。
デトランスの当事者も、トランス当事者と同様に非難中傷から守られるべきですし、弱い立場の人たちへの差別に反対する手段は「ヘイトである根拠」も示さずに「ヘイトだ」と恫喝することではありません。
最後に、対象の国の法律のバックグラウンド的な知識もなく医療関連の問題を含んだ内容を英語で読むのはキツいので、マジで日本語で読みたいです。刊行してください。
最後まで読んでくださりどうもありがとうございます。
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この2日ずっとトランスジェンダー関連の動画や文章を確認してお疲れなので(英語も読んだしね)、
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