
中秋の名月の中、初戦。
玄関で腰を抜かして涙を流しながら親指程度の大きさの生物に翻弄される158㎝の私はなんて情けないんだろうと思った。
綺麗な満月の下、わたしは人生で長年恐れていたアイツとの初戦を急遽、あちらからの攻撃の形から迎えることとなった。
事の発端は夜8時。
手作りのパスタを食べ終え、洗い物をしているときだった。
左後方。
眼鏡レンズの視野外から急激に不気味な足技で接近してくる黒い影を捉えた。
私はどうやら本能的に一気に「警戒態勢」に入った、らしい。
気付いたら息は上がっているし、キッチンから3歩下がった玄関で涙を流しながら震えることしかできなかった。
そして「こんな高い声出るんだ、自分」とかなりびっくりした。
一瞬、影は見えなくなって冷静になる。
いつか生物基礎の授業で交感神経の作用みたいな話を聞いた気がするが、その症状がまんま出ていた。
私、今、めっちゃ動物って感じだ…。
って、そんなことはいいの。
え、あの動き…。
絶対、そうだよね?
え、気持ちわるぅぅぅぅぅ。
だって、虫は本当、実家にいた時から親に退治してもらってたし、慣れてないし、動きがもうほんと、生理的に無理なんです、ってか、掃除毎日してたのに、なんで来るの?!(泣きながら早口で敵に訴えかける)
ブゥゥゥゥゥゥゥゥン
えぇぇぇぇぇ飛ぶの?!聞いてないよ!!!
まさかの飛行タイプ。ちなみに触覚はロング。
もう本当、泣くことしかできなかったし、この6帖のワンルームの支配者は完全に世帯主ではなく、敵だった。
家賃払ってるの私なんだけど!!!
そして困ったことに「ゴキジェット&通信手段(友達や親への応援要請が可能な端末)」という武器たちは窓際にある。
私は玄関で震えている。
中間地点の天井にいる敵をくぐらないとGETできないのだ。
…まず、武器をGETするのに1時間かかった。
それまでに何度も飛ばれたため何度も叫び、本当に近所迷惑だったと思う。
極めつけは、隣の部屋に週に一回話す程度の異性のバイトの後輩が住んでいるのだが。
はじめてピンポンしてしまった。すっぴん部屋着で。
留守だった。
いなくてよかった。危なかった。
醜態をさらす、とても面倒くさい先輩になってしまうところだった。
でももう私は一人ではない。
右手にはゴキジェット。左手にはiPhone。
もう最強である。勝ったも同然だ。
父母、親友2人、誰か出てくれ、励ましてくれ、戦況を見守ってくれ。
その一心で連絡をした。
そんなことする前に退治してしまえばいいのに。
無理なのだ。
どこまでも父っ子なので一番に頼るのはいつも父。
prrrrr…
父「どした~?」
『だずげでぇぇぇぇぇぇぇ!』
父「…(笑) ついにアイツが出たか」
察しがいい父で助かるが、実家と今の住まいは新幹線でないと到底来れない距離で。
「電話切らないで、お願いぃぃぃ!!!」
「絶対、虫退治できる人と結婚してやるぅぅぅ」
と叫びながら細目でゴキジェットを散布。
なんて迷惑な娘だろうか。
「なんで一人暮らししようと思ったの」とあきれられた。
出ると思ってなかったんだもん!
父は翌朝も早くから仕事だということで通話口を母にバトンタッチ。
「もう試練なの。これは皆乗り越えてくる壁だから。さっさとやっちゃいなさい。」
さっさとやれたら電話しないってば!!!!
結局、親に励まされながら敵を失神させるところまでは成功したところで「もういい?眠いんだけど。おやすみ」と電話を切られた。
時計を見たら22時30分を指していた。
え、2時間半戦ってたん…???
あとは失神した敵をビニール袋に入れて外に出す、で試合終了。
圧倒的コチラが優勢な戦況だが。
圧倒的接近戦となるし、「突然飛び出したらどうしよう」という考えが邪魔をしてくる。
あ~気持ち悪い。
どうしようかな、いやだな、近くで見たくない。
地元の親友から「面白そうなことになってんね、電話しよか」とLINEが来た。
ありがたい。この状況を他人事として明るく笑ってくれる人が必要だった。
こっちは本気でもうメンタルがボロボロなのだ。
友達はビデオ通話で私のパニック具合を爆笑してくれた挙句、冷静に「いやもう大丈夫だから」「頑張ったじゃん」と疲労したメンタルを癒してくれた。どこまでも温泉みたいな彼女だ。
ティッシュとトングとビニール袋で敵を場外に追放。
3時間でこちらの勝利となって初戦を終えた。
父、母、そして地元の親友には見守ってくれた感謝、ダル絡みしてしまったお詫びとしてLINEギフトでアイスクリームの券を贈呈させていただいた。
そしてマッチングアプリの好みカードで「虫退治できる人」という項目は追加していたのだが。間に合わなかった。無念。
戦闘中、友達に送ったLINEを後から見返すと改行も漢字変換もできてなくて誤字もしていて、焦り具合の伝わりようがすごくて笑った。
その夜は「二匹目来るのでは」ということと、あの気持ち悪さが脳裏から離れてくれなくて4時まで寝られなかったし、見る夢はたくさんのアイツが襲撃する夢、二匹目と格闘する夢…。
寝た気がしなかった。薬剤の匂いがする中で寝るんだから、そりゃそうだろう。
そして退治し終わって一週間ほど経過した今。
何もいない天井が快適でしょうがない。
敵はエアコンから侵入したのだと思うが、家の中の掃除も甘かったのかな、と思い返し、アイツへの報復だと思って超がんばって掃除した。
気持ちよかった。
そして初戦の相手が飛行タイプの気持ち悪いフォルムだったので、もうどんな奴でも今なら倒せる気分だ。
かかってこい!!!!
いや、二度と来ないでください。
ただ、掃除の大切さと快適な空間のありがたみと、私には見守ってくれる仲間がいることに気付けたきっかけをくれたので、ちょこ~っとだけありがとう。
もう二度と会いたくないけど。