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短編① 記憶

「残念ながら君は失敗作だ」

目線を合わせて博士が僕に伝えた。
半年前に博士の手によって作られた僕。
上手く作れたと僕を見て喜んでくれた博士。
博士が悲しそうな表情をするとは思わなかった。

「博士。なんで僕は失敗作なの?」

不思議そうな顔で身体中を見ていった。
手足は2本ともある。
目もきちんと見える。
博士と話せる口がある。
話が聞けるようにある耳もきちんとある。
何故、失敗作と言われるのか分からなかった。
僕は、博士の日常生活を手伝う為に生まれてきた。

博士は僕が生まれてからずっと車椅子生活だ。
物が落ちた、研究の手伝い、どこかに買い物に行く、家事、そして何より博士はベッドに乗って眠ることが出来ない。
色々な事が1人でやる事が出来ない博士の手として足として生まれた僕。
急に言われた言葉が僕の脳内処理でどうすることも出来なかった。

「よく聞くんだ。」

博士は僕を真剣な眼差しで見ていた。
吸い寄せられてしまいそうなビー玉のように綺麗な水色の目だ。

「私がお前を作ったのは分かってるな?」

「うん。分かってるよ?」

「お前は私以外の人間がどんな人達なのか知ってるか?」

「…知らない。」

そう。知らないのだ。博士以外。
関わるとしたら買い物に行った時にすれ違う人やお店の人程度。

「お前は私以外の人間を知った方がいい。」

「どうして?」

「私はもうすぐお前の前から消えると思う。分かるんだよ。自分の体があとどれ位持つかどうかなんて。それですぐさま思った。お前を色んな人間と関わらせた方が良かったと後悔した。」

「博士がいなくなっちゃうの?」

不思議と涙は出なかった。
現実を帯びた話なのは分かっていた。
最近の博士はご飯をあまり食べれなくなり寝ている時間も前より増えた。
起きて立ち上がってる姿を見るのも何日ぶりのことだろう。

「だからお前に今、名前をつける。その名前を使って私が居なくなった後も色々な場所に行き人間と触れ合いなさい。そうすればお前も寂しくないはずだ。」

「1人は寂しいの?」

「寂しいとも。とても。1人はいい事ばかりでは無い。」

ふーんと軽く返事をしてみたが、よく分からない。

「だから誰からでも呼んでもらえる名前をつける。そうだな。」

博士は腕を組み天井を見上げながら考えにふけっていた。
僕は名前を貰えることが嬉しくて腕をパタパタしていた。

「よし。今日からお前はアルトだ。」

「…アルト」

「そうだよアルト。」

アルトという響きがすぐさま気に入った。
意味までは分からないが。

「ありがとう博士。大事にする。」

「大事にしなさい。これからの人生には名前は必ず必要だから。」

博士はくしゃっとした笑顔をしながらアルトの頭を撫でた。
そして、その手はアルトの頭から離れて少し博士は伸びをする体勢になった。

「しかし、もう私も眠くなってきた。1度寝かして貰うよ。」

「はい。博士。おやすみなさい。」

博士は大きな欠伸をして眠そうなのですぐ抱き抱えベッドに連れていった。
痛くないように慎重にベッドに横たわらせ布団をかけた。

その後は博士は1度も起きることもないまま、満足した表情をしてアルトの前から消えてしまった。

「博士が消えちゃった。」

博士の手を握っても握り返してくれず冷たいままだった。
実感がないので泣けなかった。

「確か…」

アルトは立ち上がり博士がいつも使っていた机の引き出しを開けた。
博士に必要な時に見なさいとずっと言われ続けていたノートを手に取りページをめくって行った。
ページをめくり続け、必要なページを見つけて手を止めた。

『私がお前の前から消えたら家の庭にある木の下に私を埋めなさい。そしてお前はこの家を出て色んな人間と関わりなさい。』

1文字1文字丁寧かつちょっと雑な字を読んでアルトは実行に移した。

博士を埋める前にこれから旅をする準備。
博士がアルトの為に貯めておいてくれたお金。
博士が毎日つけていた時計。
必要な荷物をリュックに詰め込み最後に博士が残してくれたノートも入れた。

「後は博士を埋めないと。」

アルトは立ち上がり庭に出て木の下に行き無心で土を掘り進めた。
自分が汚れようが関係なく必死に掘り進めた。

「これくらいでいいのかな。」

博士を入れるには十分な深さと広さを確保した穴を見て思った。
これが博士の家になるのかと。
不思議だったが博士が残したメッセージだ。
実行しなければならない。
家に戻り博士をゆっくりと抱き抱え、掘った穴の所まで行き、ゆっくりと博士を下ろした。
博士は普段と変わらず寝ているようだった。
アルトは自然と涙が出てしまった。

「本当に僕の前から消えるなんて。博士。」

だが、博士は何も答えてくれない。

「博士の言う通りにこの家を出るよ。色々な人間と関わる旅をするよ。さようなら。」

アルトは立ち上がり足元から砂を丁寧にかけていった。
もう博士は見えなかった。
あるのは砂の山だけだ。

「これでいいんだよね?」

やり方が分からないが合ってるであろう。
しばらく砂の山を見たあと意を決して家に戻りリュックを背負い、今まで住んでいた家を見渡した。
自分が生まれた場所だから思い出が溢れかえってくる。

「今日でさようならだ」

涙ぐみながらポツリと呟き家を出た。

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