350年の歴史を持つ老舗漢方薬店『北京同仁堂』のドラマを観て。
「北京同仁堂」をご存知ですか?
北京に来たことがある方なら恐らく一度は目にしたことがあるだろう、あちこちにある漢方薬のお店です。1669年創業以来、国内各地に600もの支店を持ち、清の最後の皇帝、溥儀までの8代皇帝に漢方薬を献上していたそうな。まさに皇帝御用達の企業です。現在も、中成薬・漢方薬の輸出は中国no.1だそうで、世界で愛されるブランドになっています。
実は、こちらに関するドラマ「大宅門」(2001)をずっと中国の友達からオススメされておりまして。
中国国内での評価9.4/10なんて、他の作品ではほとんどあり得ないくらいの超人気作みたいなんです。それに、北京訛りを勉強したかったら尚更良いとのこと。
この度、やっと全編視聴完了しましたので、これから感想を書いて行きたいと思います。(トップ画は”みるアジア”より)
物語のあらすじ
この物語の作者である郭宝昌氏(出生名:李保常)は、1940年に北京の貧しい家庭に生まれたが、郭家に売られ、更には12歳で楽家(同仁堂の当主)に入り、楽鏡宇(ドラマの主人公”白景琦”のモデル)の後継者となる。10代の頃から「大宅門」の小説執筆を何度か試みるも、批判を受けて焼却されており、作品としては4回目の試みでやっと映像化が実現したそうです。(参考)
キーワードは、家族、商社会、権力闘争、大富豪の生活…。
作者と本作の時代設定は半世紀ほど違うので、どこまで事実に基づいているかはわかりませんが、それだけ物議を醸すような題材でもあったのかなと思います。
「親」と「面子」を大切にする社会
「二十四孝」という中国の書物を聞いたことはありますか。私はたまたま中国語の授業に出てきて知ったのですが、これは儒教の教えの一部で、親への孝行に特に優れていたとされる24人の人物像が描かれています。今でも中国の学校では、24人全てではなくとも、一般教養として何人かの物語は学ぶようです。
ここでの教えは、親を敬う、ということ。必ずしも年長者を敬う、という意味ではないようです。ドラマの中でも、どれだけ周囲の大人に反抗的な態度を取っていても、母親の言うことだけは絶対的に尊重する主人公が描かれており、これが中国人が理想とする親孝行の姿なのかなと思いました。母親がどれだけ非情で社会的に間違っているだろう決断を下したとしても、それを尊重して一緒に非情に振る舞う主人公の姿も描かれており、ゾッとする場面もありました。
そして、社会的な「面子」が大事なのも物語の中で強調されていた部分です。人前で恥をかかされたり、一族の名前を汚されることに対して、尋常じゃないほど怒り狂う人々。大富豪がモデルであるため、「家を守っていく」という意識が余計に強いのかもしれませんが、メンツを汚された時にどのように対処するのかも一つの見どころです。いわゆる徳が低い小者達は、その場の感情に任せて復讐を誓いますが、「目には目を」の応酬で問題が泥沼化していく場面も。主人公の母(白文氏)は、とにかく時機を見ながら耐え忍ぶことができる人で、仕返しの応酬にならない意思決定を下せる人が、これまた中国での理想の姿なのかなと思いました。
国家権力に富裕層、大きな格差
皇帝御用達の白家一族ですが、ドラマ開始早々、宮廷内の権力闘争に巻き込まれ、濡れ衣により監獄に入れられるシーンから始まります。何も罪を犯していないのに、たまたまそこに居合わせたとか、顔見知りだったとか、権力者の機嫌を損ねたとか、そんな言いがかりをつけられては人生を狂わされてしまう一般市民。なんとか助けようと周囲が奔走するも、かえって皇帝側の怒りに触れて火に油を注ぐ結果に。理不尽だけどもうどうすることもできない、という状況は、見ていて苦しいものがありました。
そしてこれは、今の社会にも通じるものがある気がします。とにかく上(権力)の決定は絶対。考えても仕方がないことは、さっさと諦めて切り替える。そして従う。ある意味でカラッとしている人が多いなあ、と中国に来てから感じることが幾度とあったのですが、これはそんな社会構造も影響している気がします。
権力者の決定は絶対ですが、その次に有利なのはやはり富裕層。人脈や資金力で難局を切り抜けるという選択肢がまだ取りうるからです。そういう意味でも見ていて面白いのが白家一族。お手上げな場面もありますが、富裕層だからこそ避けられた困難の数々も出てきます。流石に宮廷ほどではないですが、色々な催し物やお祝いごともことごとく豪華なので、そんな点も見どころです。
縦の関係は絶対だけど横はドロドロ
権力に対する縦の関係は絶対ですが、横の関係はドロドロもいいところ。足の引っ張り合いばかりです。財閥間でも、家族の中でも、騙して一歩出し抜こうとするような場面が多いし、例えバレても簡単には非を認めない姿も。言ったもん勝ちというか、なんだか饒舌に言い訳するシーンも多いです。妾や養子、宮女や使用人まで抱えた大家族が描かれているので、一族が全員同じ方向を向くのはこれまた難しい事なんだろうなと思いつつ、一族のトップに立つ人の気苦労は計り知れないという感じです。お互いに監視し合って生きていると感じる場面が多かったです。
物語も後半になると満州事変が起き、戦時下に入りますが、ここでもまた日本軍側につく中国人と、これまでの生き方を貫く(面子を守る)中国人の対立構造が出来上がります。この点もまさに国民間で監視し合うというか、お互いに命を懸けて足を引っ張り合う姿を見て、”例え生きながらえたとしても、こんな風に国民を二分化してしまうのだから、戦争は何も良いものを生まない”と感じました。最も戦禍の描写はそれほど多くはなかったのですが、中国人としての尊厳とは?一家として何を守るべきか?この点もこのドラマの大きなテーマのように感じました。
もう一つ見ていて感じたのは、中国特有の伝統的な大家族主義。なかでも主人公の叔父に当たる三爷は、悪行の限りを尽くし、主人公の母(白文氏)を困らせ続けるのですが、最後まで決して見放されることはなかったです。他にも役に立たない人物は何人も出てきますが、そういう人間にもそれなりの居場所を与えるのが、大家族のあり方なのかと思わされました。
ちなみに、明清時代の中国は「多子多福」、五男ニ女を最も理想としていたそうです(参考)。ドラマの中での家産相続は、均分相続制。日本のような長子相続とは異なり、メンバー全員に家産を分ける方法です。商売経営も、株の考え方に近いような「股分制」をとるようで、兄弟間で経営権を分割するシーンも出てきます。こうやって誰か一人に権力が集中することが無いような経営方針をとり、難局を乗り越えてきたのかなと思いました。
中国の商社会が垣間見れて面白い!
家族や国家権力の話が続きましたが、商売の様子が垣間見れるのもこのドラマの面白いところ!
中でも個人的に好きなのは、主人公の白景琦が、初めて市場に薬の買い付けに出かけるところ。行き先は偽物も多く置いてありそうな大きな市場なのですが、品質を見極めたのち、値段交渉の駆け引きをするんです。それが何とも面白くて。調合した薬を売ったり、患者さんを診るシーンも良いけど、こういう雑踏とした市場で買い付けするバイヤーのシーンはなかなか興味深いです。
また、お国柄なのか時代的なものなのかはよく分かりませんが、特許がないので、先祖代々守ってきた白家の秘伝は、一族が自力で守るしかないような環境。ビジネスチャンスを狙おうと盗みを企む勢力も周囲にウヨウヨいるので、それを命懸けで守ったり等、なんだかこれも商売の特色の一つだなと感じます。
主人公がゼロから事業を立ち上げて行くシーンもあるのですが、つまるところ商売はやはり「人」だよな、品のない商売の仕方を続ける人はどこかで落ちぶれるよな、と感じる場面もありました。主人公の生き方は破天荒すぎるのであまり参考にはならないですが、ケチケチしておらず気前が良い性格(大富豪ゆえに?)と、気性を抑えておおらかに振る舞えるところ、それでいていざという時に頼りになるところ。トラブルメーカーでかなりのお調子者でもあるのですが、中国で能力がある人ってこういう人のことを言うのかな、と思いました。
俳優陣がとにかく豪華
このドラマの俳優陣は、とにかく演技派で有名な方が多いようで、それだけでも見応えは十分にあります。
私が気になった女優さんは、蒋雯丽。ドラマ「大地の子」で陸一心の妻を演じた方です。主人公の妹(白玉婷)でかなりぶっ飛んだ役を演じていますが、とてもチャーミングです。
主人公(白景琦)を演じたのは、陈宝国。彼は中国のテレビシリーズの中で史上最も成功した俳優、と言われているそうです(wikipedia)。彼の出演作で他にも色々気になる作品が出てきたので、もう少し追っかけてみたい気持ちです。
終わりに
本作は長いですが、展開が早くテンポも良いので、飽きることなく見ていられました。中国の大富豪ものは初めて見たので、なかなか学びも多くて面白かったです。中国国内で事業を続けることは困難が多そうなことは想像に難くないですが、ドラマ内では想像以上の出来事の連続。幾多の危機を乗り越えて、よく今に至るまで事業継続出来ているなあと、心底思いました。
本作はシリーズ2もあるようですが、一旦ここまでにしておこうという気持ちです。また気が向いたら見てみようと思います。