アンティークコインの世界 |ヘンリー6世のグロート銀貨
今回紹介するのは、表題の通りヘンリー6世のグロート銀貨である。ヘンリー6世はシェイクスピアの作品にも登場する中世イングランドの国王で、父ヘンリー5世の急死により新生児で戴冠した幼年王だった。
少年王ヘンリー6世の肖像を描いたグロート銀貨。10歳頃の彼を描いている。この種は未使用品でも最初から打ちが悪く、肖像が不明瞭な個体が大半を占めるが、本貨は鼻筋まではっきりと顔が打ち出された良個体の珍品。この時代の英仏のコインは金貨より銀貨の方が珍しく、加えてF〜VFが多くを占め、状態が優れたものの入手は困難を極める。
ヘンリー6世は賢王ヘンリー5世とフランスの王女キャサリン・オブ・ヴァロワの間に生まれたランカスター朝の最後の王。父の死により、生後9ヶ月で王位を継承。実質的な支配はヘンリー5世の弟たちが行った。シェイクスピアの作品『ヘンリー6世』の主人公で、百年戦争晩期にイングランドを統治した。歴史家の評価は気質が王として不適格、さらに治世の途中から精神錯乱に陥ったことで統治能力を失い、それがイングランドを退廃させ、百年戦争での敗北をもたらしたとされている。ヘンリー6世の精神疾患はヴァロワ家の病と言われ、シャルル6世の娘キャサリンを通じてヘンリー6世に遺伝した。シャルル6世も治世の途中で突然精神錯乱に陥り、統治不能に陥っている。これによりフランスは百年戦争で一時期、劣勢に追い込まれた。
本貨が発行された1430〜1431年は聖女ジャンヌ・ダルクが捕虜になり、処刑された年にあたる。1430年にジャンヌはコンピエーニュで捕虜となった。だが、身代金の支払いがシャルル7世から行われず、1431年に処刑された。発行都市のカレーはフランス北部に位置し、シャルル7世の治世初期、ロワール河以北はイングランドの支配下にあった。フランスは最後の砦オルレアンで攻城戦を行っていたが、全方位をイングランドに包囲されており、陥落も時間の問題だった。そうした絶対絶命の時に現れたのがジャンヌだった。彼女の大進撃でイングランド優勢からフランス優勢に急転し、百年戦争はフランスの勝利という形で幕を閉じた。
表裏に記されたラテン語銘文は、下記の通り。
表
HENRIC DI GRA REX ANGL Z FRANC
Henricus Dei Gratia Rex Angliae Et Franciae
ヘンリー、神の恩寵を受けし者、イングランドとフランスの王
裏
POSVI DEVM ADIVTOR EMEVM VILLA CALISIE
Posui Deum Adjutorem Meum Villa Calisie
私は神を私たちの救い手とした、都市カレー
以上、今回はヘンリー6世のグロート銀貨を紹介した。ヘンリー6世の治世でイングランドは百年戦争に敗北し、多大な損失を被ることになった。その責任の所存を巡って引き起こされたのが薔薇戦争だった。ヘンリー6世はイングランドの重要な転換期に生きた人物であり、この時代に中世から近世へと以降する素地や出来事が起こった。
Shelk 🦋