キリストと十二使徒 | Christ and the Twelve Apostles
今回は表題の通りキリストと十二使徒をテーマとし、彼らの名や経歴を簡単にまとめた。以下では、キリストの重要人物及び十二使徒の名の下部に各々のアトリビュートを示している。アトリビュートは絵画や工芸品の中で特定の者を表す際のお決まり事の持ち物である。文字を使わなくとも、この持ち物で描かれている者が誰であるかのかを判別できるように用意されている。
ヨセフの子イエス、ナザレのイエス、イエス・キリスト
魚、聖書
イエスは、ヤーウェは救うの意。ダヴィデ王の末裔で、大工を営んでいたナザレのヨセフの息子。ヨハネ教団の副官だったが、ヨハネがサロメの怒りを買って処刑されたため、後継者として筆頭を引き継いだ。キリスト教とはイエスをメシア(救世主)と信じる宗教で、彼の弟子たちによってつくられた。イエス自身がキリスト教という宗教を開いたわけではない。教会の設立はあくまでもイエスの教えを継いだ弟子たちによるものである 。
ナザレのヨセフ、聖ヨセフ、ヤコブ(エリ)の子ヨセフ
鉋(かんな)、定規、赤子のイエス、百合
ヨセフという名は、神は成長するの意。マタイの福音書によれば、ダヴィデ家第42代の末裔とされている。マタイの福音書ではヨセフの父の名はヤコブとされているが、ルカの福音書ではエリという名だったと記されている。ヨセフはナザレで大工を生業としていたが、イエスがヘロデ王から追われることを恐れ、エジプトに移住した。妻マリアとの間に5人の男子イエス、ヤコブ、ヨセフ、ユダ、シモン、2人の女子をもうけている。生物学上あり得ないが、キリスト教ではイエスはマリアが処女懐胎で神の子を身籠ったという設定になっており、ヨセフはイエスの養父という位置づけにある。
ナザレのマリア、聖母マリア
赤子のイエス、百合、聖書
マリアは、高められたものの意。イエスの母で、親子以上に歳の離れたナザレのヨセフと結婚した。当然その結婚は彼女にとって乗り気ではないものだった。その後、マリアは大天使ガブリエルから処女懐胎を告げられる。ローマ帝国から戸籍登録令が出されたため、マリアは身重の状態で夫の出生地ベツレヘムに向い、道中でイエスを出産した。マリアはカトリックでは聖母としてイエスとほぼ同格の立ち位置にある。これは古代エジプトのイシス女神とホルス神の関係性に酷似しており、もともとあった地母神崇拝の流れを汲んでいる。
マグダラのマリア、携香女
香油壺
マグダラとは、ガリラヤ湖沿いの地名。マグダラのマリアは、イエスの死と復活を見届けた人物だった。十二使徒ではないが、ほぼ同格ないしそれ以上の存在として扱われている特別な女性である。おそらく、イエスの死を見届けていることから彼の妻だった可能性が高い。イエスは生涯独身だったとされているが、当時のユダヤ文化を鑑みるにいつもそばにいた彼女がイエスの妻だったと考えるのが妥当だろう。というのも、当時のユダヤ社会の既婚率はほぼ100%であり、独身はそれ自体が罪で、男性機能の欠如を意味して激しく侮蔑された。そのため、もしイエスが独身であれば、それが侮辱の最高の的となるわけだが、イエスの敵対者らは誰一人としてこの点を追求していない。すなわち、それこそがイエスが既婚者だったことを裏づけている。
上記、イエスに加え、聖ヨセフ、聖母マリア、マグダラのマリアは特別なポジションに位置するため、先に紹介した。以下、十二使徒を順番で紹介していく。
第1使徒
ペテロ、シモン
鍵、魚、逆十字架
本名は、シモン。ペテロはイエスにつけられた渾名で、岩を意味する。ガリラヤ湖で漁をしていた時にイエスに出会った。イエスの最初の弟子で、天国の鍵を与えられた別格の使徒。最期はイエスと同じ姿勢で十字架に架けられるのは畏れ多いと言い、逆さに架けられて殉教した。
第2使徒
ゼべダイの子ヤコブ、大ヤコブ、ボアネルゲス
巡礼帽、ホタテ貝
ヤコブとは、踵を掴む者、転じて人を出し抜く者の意。旧約聖書に登場するヤコブという人物が、兄の踵を掴んで生まれ、兄を出し抜いて長男になったことに由来している。父ゼベダイ、弟ヨハネと共にガリラヤ湖で網の手入れをしていたところをイエスに勧誘され、弟ヨハネと共に弟子になった。ボアネルゲスという雷の子を意味する渾名で呼ばれた人物で、非常に気性が荒かった。布教活動の最中、ヘロデ・アグリッパ1世により処刑された。
第3使徒
ゼべダイの子ヨハネ、福音記者ヨハネ
杯と蛇
ヨハネは、ヤーウェは恵み深いの意。兄ヨハネと共にガリラヤ湖でイエスと出会い、弟子になった。兄同様に荒々しい気性を持つ。聖母マリアと共にエフェソスに移住し、一度はパトモス島に幽閉されたが、釈放されて再びエフェソスに戻った。老年に弟子のプロクロスに口述筆記させ、ヨハネの黙示録を残したと伝えられる。
第4使徒
アンデレ
X十字架
アンデレは、男らしいの意。ガリラヤ湖で漁の最中にイエスと出会い、兄ペテロと共に弟子となった。ヨハネの福音書によれば、ペテロとアンデレ兄弟は当初洗礼者ヨハネの弟子だったが、イエスを神の子羊と述べるヨハネの言葉を聞き、イエスに従った。アンデレは布教活動中にギリシアのアカイア地方で逮捕され、処刑された。処刑の際、イエスと同じ十字架は畏れ多いとして、自らX十字架を選んだことから、これが彼のアトリビュートになっている。
第5使徒
フィリポ
十字架に2つのパン、司教の牧杖
フィリポとは馬の愛好者を意味する名であることから、これは渾名で別の名があったはずだが、不明である。イエスに直接勧誘され、弟子となった。イエスがパンを増やす奇跡を起こした際、フィリポに声を掛けたことからパンが彼のアトリビュートにされる。ヨハネの福音書には、フィリポが知人のナタナエルをイエスに紹介し、ナタナエルも弟子になったと記されている。このナタニエルという人物が後述の十二使徒バルトロマイと解釈されている。また、ギリシア語話者がイエスに会いに来た際、フィリポに仲介を頼んでいる描写があることから、彼がギリシア語にも通じたバイリンガルだったことが窺える。
第6使徒
バルトロマイ、ナタニエル
ナイフと皮
バルトロマイとは、地主を意味する渾名。共観福音書の弟子のリストにその名が見られるが、その他に記述のない謎多き人物。共観福音書とは、ヨハネの福音書を除くマタイの福音書、マルコの福音書、ルカの福音書を指す。これら3つに共通する記述が多いことによる。一方、ヨハネの福音書の弟子のリストにバルトロマイの名はなく、ナタナエルという名が挙げられていることから、バルトロマイの本名はナタナエルだったと考えられている。バルトロマイはフィリポの紹介でイエスと出会い、弟子となった。ペルシア、アルメニア、インドに渡って布教活動を行ったが、アルメニアで逮捕され、皮剥ぎの刑に遭って斬首された。
第7使徒
徴税人のマタイ、アルファイの子レビ
財布
マタイは、ヤーウェの賜物の意。ローマ帝国の徴税人で、人々から忌み嫌われていた。徴税人はユダヤを支配するローマの手先とされていたため、人々から不人気を買った。マタイは収税所を通りかかったイエスに話しかけられ、弟子となった。伝統的にマタイの福音書の記者とされているが、これは名目上もので、実際の執筆者は別にいた可能性が極めて高い。
第8使徒
ディディモのトマス、ユダ・ディモモ
槍、材木
トマスは、双子の意。ヨハネの福音書で、ディディモと呼ばれるトマスという箇所が3度登場する。ディディモもギリシア語で双子の意だが、その経緯や背景は不明。また、外伝にはユダ・ディディモとの記載もあり、彼の本名はユダだったと考えられている。弟子たちがイエスの復活を報告した際、それを信じず、実際にイエスを見るまで信じなかったことから、疑い深いトマスとも呼ばれている。
第9使徒
アルファイの子ヤコブ、小ヤコブ
鋸、棍棒
小ヤコブは、イエスの兄弟ないし従兄弟と考えられている人物。マルコの福音書の使徒リストにアルファイの子ヤコブと記述されているのみで、言行の記録はない。それゆえ謎多き人物だが、イエスの血縁者として重要なポジションだった可能性が高い。小ヤコブの最期は、エルサレムの神殿から突き落とされ、石で打たれた後に鋸でバラバラにされたという。彼の鋸や棍棒というアトリビュートは、この悲惨なエピソードに基づく。
第10使徒
タダイ、ユダ・タダイ、ヤコブの子ユダ、忘れられた聖人
帆船
タダイは、心、転じて寛大なの意。イエスと瓜二つの容姿だったため、イスカリオテのユダはゲッセマネの園で追手が間違えないようにと敢えてイエスに接吻した。タダイの母マリア(クレオパの妻)は、聖母マリアの従姉妹であり、タダイとイエスとは親戚関係あることから、容姿が似ていたと考えられている。タダイはバルトロマイと共にアルメニアで布教活動行った。また、ユダ・タダイという名はイエスを裏切ったイスカリオテのユダの名を彷彿とさせることから、西方で彼は軽視され、忘れられた聖人という渾名がついた悲運な背景を持つ。
第11使徒
熱心党のシモン
魚、本、鋸
シモンは、傾聴するの意。新約聖書内では共観福音書と使徒言行録にそれぞれ一度ずつ名が登場するだけで、彼に関するその他の言及はない。だが、熱心党とはローマ帝国からの独立を目指す過激思想の集団ゼロテ派を指している。添え名(エピセット)から彼が過激な独立思想に傾倒するテロリストの一人だったことが窺える。ちなみに共観福音書とは、ヨハネの福音書を除くマタイの福音書、マルコの福音書、ルカの福音書を指す。これら3つに共通する記述が多いことによる。使徒言行録とは、ルカの福音書の続編に位置する。ペテロとパウロの活躍を中心としたもので、キリスト教徒の最初期の活動を描いている。
第12使徒
イスカリオテのユダ
銀貨、縄
イスカリオテは地名で、ユダはヤーウェに感謝するの意。イエス一行の会計役を任されており、信頼されていた人物だった。だが、銀貨30枚(30シェケル)でイエスをユダヤの司祭に売り、イエスを処刑に追い込んだ。それゆえ、裏切り者の代名詞となった。ちなみに、銀貨30枚は当時の奴隷の金額の相場だった。その後、ユダは激しい後悔の念に襲われ、首吊り自殺を図った。だが、実はこの裏切りはイエスが計画してユダに指示したもので、肉体から精神を切り離すための重要な儀式の一環だったという衝撃の真実を記したユダの福音書と呼ばれる異端書も残されている。どの結末を信じるかは、読者自身である。
第13使徒
マティア
マティアの上にと記された本、斧、槍
マティアは、与えるの意。ベツレヘムの高貴な家柄の生まれで、優秀で教養高く、律法や預言書に精通していたという。使徒言行録によれば、イエスの復活後、エルサレムに集結した使徒たちはイスカリオテのユダの後任者を立てる必要があると考えた。その際、洗礼者ヨハネの洗礼からイエスの昇天までの間、イエスと共にいたことが条件とされた。くじ引きによって選出作業が行われ、マティアが新たな12人目の使徒として迎えられた。アトリビュートのマティアの上にと記された本は、11人の使徒がマティアを選んだ際の言葉にちなむ。マティアの最期は、布教活動中に逮捕され、斧と槍で惨殺されたという。
以下、十二使徒には数えられていないが、キリスト教において類稀な業績を残した人物のため、使徒と呼ばれている人物を紹介する。
異邦人の使徒
パウロ、パウルス、サウロ
剣
パウロは、ヤーウェから呼び出されたの意。ローマ帝国キリキア属州タルソスのユダヤ人で、ヘブライ語とギリシア語を話すバイリンガルだった。ローマ市民権を有する身分だったため、布教活動が広範かつ有利に行える立場にあった。当初はユダヤ教パリサイ派に属し、キリスト教徒を迫害していたが、突如イエスの幻を見て啓示を受け改心した。テント職人の傍ら布教活動を行っていたが逮捕され、ネロ帝治世下のローマ市で処刑されたとされている(エウゼビオスの教会史による)。パウロはコリント人への第一の手紙、ガラテヤ人への手紙を記した人物で、積極的な布教活動によりキリスト教を世界宗教とする足掛かりをつくったことから別格扱いされている。カトリックでは伝統的に彼を使徒と呼ぶが、イエスの直弟子ではないため、十二使徒には数えられていない。
以上、今回はキリスト教の十二使徒を紹介した。その名は一度聞いたことはあっても、各々の名や詳細まで知る人は日本では少ないかもしれないと思い取り上げた。歴史や宗教に関心を持つきっかけとなれば、幸いである。
Shelk 🦋