マークの大冒険 古代ローマ編 | もうひとつのローマ史 Chapter:2
前回までのあらすじ
冒険家マークはエジプトの天空神ホルスの力を借りて紀元前42年のフィリッピに飛び、カッシウスとブルートゥスの救出を試みる。だが、その条件はアムラシュリングの所有権の譲渡とウジャトの契約からホルスを解放するというものだった。マークは自分の能力を失うことを覚悟し、友達を守るため、ホルスと取引をする。そのお陰もあって、二人が間一髪のところにマークが突如現れ、アントニウスは驚きの表情を見せた。マークは共和国を守るというカッシウスとブルートゥスの意志を尊重し、彼らの味方として歴史に抗うことを決心した。
「行こう、共和国を守る戦いに___」
マークたちがそう言って、アントニウスと彼の軍団に向かって剣を構えると、兵士たちの間をすり抜けて一人の人物が現れた。
「アントニウス、ここは下がってて。彼は私が食い止める」
純白の衣服に身を包んだ人物はゆっくりと被っていたフードを上げ、影が差していた表情が表に現れる。それは、ウェスタの巫女の姿に扮装したジェシカだった。彼女の周囲には、ブルーに輝く美しい蝶がひらひらと飛んでいる。
「マーク、そこまでよ。歴史を勝手に変えようとしないで。カッシウスとブルートゥスは、ここで討たれる運命にある。2年前もそうだった。あなたはカエサルの暗殺計画に勝手に関与したり、聖盾アンキリアを持ち出そうとしたり、これ以上は見過ごせないわ。あなたが思っている以上に深刻な問題なのよ。一度ほつれた記録は、修復に相当な時間がかかる。直らないことだって多い」
「どいてくれ、ジェシカさん。それでも、ボクは友達を守る必要がある」
「それは、あなたのエゴに過ぎない。彼らが生きることで、新たに苦しむ人たちもいる。マーク、ここはあなたが以前過ごした冥界じゃない、現実なのよ。歴史の流れを変えることは許されない。どんなに理不尽でも、悲惨でも、一度進んだ歴史は正しく刻まれる必要がある」
「シビュラの予言によれば、破壊者は東方から黄金に輝くハヤブサに乗ってやって来る。そして、ローマの神々を滅ぼすために街中の神殿を焼き払う。だったよな?その破壊者ってのが、本当にコイツなのか?」
ジェシカの後ろにいたアントニウスが問うた。
「そうよ、予言の書が示す者は、この子のことで間違ない」
「あの後、ジェシカさんがいなくなってから、ボクはいろいろ考えたんだ。だけどもう、二度とジェシカさんとは会えないと思ってた。だから、せっかくこうしてまた会えたのに、ジェシカさんと戦うことなんてできないよ」
「なら、元の場所に今すぐ還って」
「でも、それはできない。カッシウスとブルートゥスが死ぬのをこのまま見過ごすなんて、ボクにはできないよ」
「ここから先は、行かせられない。人は生まれた瞬間から終わるまで、その運命は既にデザインされている。その形を崩すことは、誰であっても決して許されない。たとえ、神の力を借りたとしても。あり得たかもしれない、もうひとつの可能性。それを追いかけたい気持ちは、痛いほど分かる。だけど、あなたはあなたの場所へ還るべきよ。マーク、ここは冥界とは違う。繰り返しも、もうひとつの可能性も許されない。ごっこは遊びは、いい加減終わりにして」
カッシウスとブルートゥスが、焦りと怯えが入り混じったような表情でマークを見ていた。彼らの眼差しを見たマークは、二人を見捨てることができない感情により強く駆られた。
「だけど、ボクは......」
「引くつもりはなさそうね。申し訳ないけど、私にももう時間がないから」
ジェシカがそう言うと、彼女を覆うように周囲に盾と剣がずらりと現れた。そして、両手の指に一本ずつはまった指輪がチラリと光った。
「アムラシュリング!?どうして......」
マークは自分と同じ一対のアムラシュリングをジェシカが持っていたことにひどく驚き、たじろいだ。
「分からず屋は力でねじ伏せる」
普段のジェシカからは想像できないような言動だった。彼女を覆う盾と剣は全て漆黒であり、その鮮やかな文様は黄金の線で彩られていた。マークと異なり、彼女の剣には鞘がなく、全て刀身が剥き出しの状態になっている。相手を本気で殺める意志の表れである。
「え?ヌマの聖盾アンキリア......。どうして、ジェシカさんがそれを?それに、ソロモン、ダヴィデ、スコルピオン、ナルメル、アキレウス、ヘクトル、カミッルス、マルケッルス......英雄たちの剣と盾まで......」
「6度目のあの時、真理の間で言ったよね?私がどういう存在なのか」
「ジェシカさんが何を言ってるのか、よく分からないよ」
「分からなくていいわ。あたなたちの全ては、もうじき終わるのだから」
「やめてくれ、ジェシカさん!ボクは戦いたくない!」
「なら、今すぐ還って!!」
ジェシカの叫びと共に勢い良く彼女の12本の剣がマークを目掛けて飛んで来た。
「本気なんだね?」
マークはアムラシュリングの力で、盾と剣を自身の周りに展開する。彼は自身の剣を宙へ飛ばし、剣と自身の位置を入れ替えることで、ジェシカが飛ばして来た鋭い剣を交わしていく。マークはジェシカが繰り返す攻撃を全て交わし、彼女のスタミナ切れを反撃せずに待っていた。
「できれば、ジェシカさんは傷つけたくない。だけど、これじゃ埒があかない。どうすれば.......。そうか!指輪を破壊すれば、攻撃を無力化できる。彼女も連撃でだいぶ疲弊してきている。今が狙いのチャンスかもしれない」
マークはジェシカの盾の動きを見て隙間を狙い、2本の剣を飛ばした。鞘入りの剣はそれぞれジェシカの左右の指に当たり、彼女の指輪が砕け散った。
「痛っ......!!」
「やった!」
「そんな......!指輪が」
アムラシュリングの扱いは、実践に長けたマークの方が何倍も上手であり、刀身が鞘に入ったハンデがあっても彼が圧倒的にジェシカより優勢を誇っていた。
「ジェシカさん、もうやめよう」
地面にうずくまるジェシカ。彼女は連撃の疲弊で立ち上がれなくなっていた。
「さすがね、あなたの力がここまでとは......。どうしたの?とどめを刺したら?」
「ボクは誰も傷付けない」
「優しいわね。でも、それがいつもあなたの命取りになる」
ジェシカの手には、片眼のアミュレットが握られていた。そして、彼女の周りに稲妻が走った。危険を感じたマークはジェシカから距離を取る。
「右眼のウジャト!?だが、ウジャトであれば左眼のはずじゃ」
ジェシカの足元には真っ赤に染まった片眼の魔方陣が現れ、突如空が曇天となり、稲妻が走った。そして、激しい砂嵐が吹き乱れ、ハヤブサの頭を持つ漆黒の神が現れた。
「ホルスがもう一柱?いや、違う......!あれはラーだ!この世の始祖の神。万物の創造主。どうしてジェシカさんが......」
ラーは身体から激しい熱気を放っており、周囲の温度が急上昇した。
「なんて暑さなんだ......まるで溶けそうだ。カッシウス、ブルートゥス!キミらは、もっと後ろに下がるんだ!」
「分かった!すまない、マーク」
ブルートゥスが言った。
「行こう、ブルートゥス」
カッシウス、はブルートゥスと共に退避していった。
「ホルス、これで本当の最後だ!頼む、最後にキミの力の全てを貸してくれ!!」
マークがそう言ってウジャトを手にすると、彼の足元に真っ赤な片目の魔法陣が現れ、周囲に稲妻が散る。そして、曇天の空からハヤブサの頭を持つ黄金色の天空神ホルスが姿を現した。
「ホルス、最後の戦いだ!」
曇天の空の下、フィリッピの荒野に巨大なハヤブサの頭を持つ神が互いを牽制するように対峙していた。マケドニアの地で今、エジプトが誇る最強の神同士がぶつかり合おうとしていた。
To Be Continued......
Shelk 詩瑠久🦋