アンティークコインの世界 | 王になり損ねた者たち
今回の表題「王になり損ねた者たち」とは、ルイ16世とマリー=アントワネットの間にできた二人の息子、長男ルイ=ジョゼフと次男ルイ=シャルルを指す。彼らは王太子として生まれ、将来のフランス国王の地位を期待されたが、両者共に夭折した。夭折した二人の情報は王太子であるにもかかわらず、意外にも少ない。今回紹介する2枚のメダルは、そんな彼らについてを現在に伝える貴重な情報源のひとつと言えよう。
フランス王国で発行されたルイ=ジョゼフ誕生記念メダル。ルイ16世とマリー=アントワネット王妃の肖像、ルイ=ジョゼフを抱くフェリキタス女神が描かれている。長男の誕生にルイ16世とマリー=アントワネットは歓喜した。待望の王太子だったが、結核により僅か7歳で他界し、皆が深い悲しみに暮れた。
当時のフランスにはサリカ法という男性しか王位を継承できない掟があった。オーストリアから嫁いできたマリー=アントワネットの役目は男児をもうけることで、それはフランスの存亡に関わった。彼女には長らく子どもができず、周囲から冷遇されていたため、ルイ=ジョゼフの誕生で肩の荷が下りたのだった。
ルイ=ジョゼフは三部会の真っ只中、1789年6月4日に息を引き取った。そして、ひと月後の7月14日にはフランス革命が勃発。民衆によってバスティーユが襲撃され、フランスは大混乱に陥った。息子を失った苦痛が癒える間もなく、ルイ16世とマリー=アントワネットは国政に向き合わなければならなかった。
ルイ17世追悼記念メダル。ルイ17世はルイ16世とマリー=アントワネットの次男。フランス革命により投獄され、そこで虐待を受け、僅か10歳で他界した。人々はあまりに悲惨な彼の最期が受け入れられず、脱獄して生き延びた生存説を信じたが、近年の調査によってやはり獄死していたことが明らかになった。
本作は、復古王政期のルイ18世の治世に発行された。 彫刻師はルイ18世の貨幣を手掛けたPierre-Joseph Tiolierで、彼はフランスの第15代彫刻師総長を務めた人物である。枯れた花の意匠の下部に「1795年6月8日」というルイ16世の命日が記されている。上部にはラテン語で「花の如く散る」と記されている。
王党派の解釈ではルイ16世の死により、王太子ルイ=シャルルがルイ17世に即位したことになっている。もちろん彼は獄中で、実際にはフランスを統治していないため、名目上の王である。そして、形式上プロヴァンス伯だったルイ18世が摂政になった。王党派によるルイ17世の脱獄計画は企てられたものの、成功することはなかった。
以上、フランス革命時代の前後に発行された2枚のメダルを紹介した。忌むべきものとして葬り去られたアンシャン=レジームと二人の若き王太子の記憶と記録。大人になれなかった少年たちは、何を考え、何を思っていたのだろうか。フランスの封建制度が崩壊寸前の状況にあった転換期に生きた二人は、子どもながらに大人たちの不安や苛立ちを意外にも敏感に感じ取っていたかもしれない。そんな想像に尽きない、悠久の歴史を感じさせるマスターピース。
Shelk 🦋