主体性の幸福(1) 老人ホームの研究
スタッフによる連載コラム「主体性の幸福」をお届けします。
前回の記事はコチラから。
「主体性の話ってすごく面白そう」と思ったきっかけは
恩蔵絢子『脳科学者の母が、認知症になる』という本。
祖母が認知症なので、私、このテーマには常にちょっと興味があります。
ぱらぱらっと目次を見ていたら
「主体性の感覚と幸福」という文字が。
エレン・J・ランガーが1976年に発表した
老人ホームでの心理学実験が紹介されていました。
(のっけから赤ちゃんの話じゃない!ですが、、
「お世話する人/される人」という関係が生まれやすいところ、
育児、介護、障害をもつ方の支援には、ちょっと共通点があります。
なので、今回ちょこちょこ登場します。)
* * *
舞台は、質の良いケアで有名な老人ホーム。
施設の職員さんの協力で、あるフロアの入居者(実験グループ)に集まってもらい、こんなふうに伝えます。
「あなたには自分の面倒を見る責任があります。」
「この家を誇りに思える、幸せな家にしたいかどうか、決める責任があります。」
「もし不満があれば、あなたにはそれを変える影響力があります。」
「何を変えたいか、何を望んでいるか私たちに伝えるのは、あなた方の責任です。」
例として、部屋の家具の配置、面会や訪問について、
また、さまざまな自分の時間の過ごし方などを挙げて
「これらはあなたが決める必要があることです」と伝えます。
その後、自分の部屋に置く植物を選び(「植物はいらない」の選択肢もある)
これはあなたがお世話してください、と伝えられます。
また、木曜と金曜の「映画の日」どちらの日に参加したいかを選びます。
別のフロアの入居者(比較グループ)には、次のように伝えます。
「私たちには、この家をあなたが満足できるものにする責任があります。」「あなたのためにできる限りのことをしたいと思っています。」
「もし何か不満や提案があれば、スタッフに知らせてください。」
「どうしたらあなたのお役に立てるか、私たちに教えてください。」
その後、植物の鉢がプレゼントされます。
種類は決まっていて、世話するのは職員さん。
映画は「あなたはどちらの日か、後でお知らせします」とアナウンス。
3日後には2つのフロアを回って、上の内容の一部をくり返して伝えます。
実験は、これだけです。さて、どんな変化があるでしょう。
実験の1週間前と3週間後に、3種類のアンケートを取って比べます。
①本人へのアンケート(面接)
②面接者による注意力の評価
③看護師による生活の評価です。
なお、面接者と看護師さんたちは実験について知りません。
その結果、どどん。3週間後、
① 実験グループでは「幸福だ」「積極的になった」という回答が
明らかに多くなりました。
② 実験グループの注意力は実験前より高くなっていました。
③ 看護師が「改善」と評価したのは、
実験グループ 93%、比較グループ 21%。
また、実験グループでは対人的な活動の時間が増えていました。
参考(1) 恩蔵絢子『脳科学者の母が、認知症になる』(河出文庫)
参考(2) Ellen Langer ほか 1976 "The effects of choice and enhanced personal responsibility for the aged: A field experiment in an institutional setting" より、翻訳:DeepL)
たったこれだけで!
すごい!
本当に??って思うくらいの変化。
でも、実験の様子を想像して
「自分がこんなふうに伝えられたら……」
って考えると、何だか「だよね!」とも、思います。
全部やってもらってるからな……という気持ちだったところへ
「いやいや、あなたが決めてくださいね」
「そこを考えるのは、あなたの仕事ですからね」
と言われたら。
「よっしゃ、ちょっと、やったるか」
そんな気持ちになりそうです。
「そうか、私も何かしたいこと、あるかなあ」
きっと、そんなふうに考えはじめます。
* * *
ここまで読んでくださってるみなさん。
今ちょっと、「でもでも!」と思われてるとおもいます。
「これは大人だからできることでしょ」って。
赤ちゃんに「あなたの責任です」なんて言っても伝わらないし。
自分で自分の面倒を見てくれないから、大変なんであって!
選ぶといっても「泣くか、寝るか」くらいじゃない?
赤ちゃんが「自分で決めて、自分でできること」って、
そんなのある?
って。
じつは、
あるんです、あるんです。
とても豊かな選択肢があるんです。
それが
「自分の体をどんなふうに動かすか」
「いごこちのいい姿勢を探す」
ということなんです。
(シェルハブの専門分野、どまん中です。)
~~次回につづく!~~