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羊肉屋が、羊肉の”臭い問題”について本気だして考えてみた。
「香り」と「臭い」は違う。
こんにちは、なみかたです。山形の羊肉屋です。
私達は羊肉専門の小売店や通販の他に、ジンギスカン屋も経営しているのですが、
ありがたいことに数多くの口コミや評価を頂いております。
その口コミを読んでいると
「クセが全くなくて美味しいラムでした」
という
【”クセなし”が美味しい派】と
「ラムなのにクセがなくて物足りない」
という
【”クセあり”が美味しい派】
の派閥に分かれていることに気がつきました。
さらにネットなどで情報を集めていくと、
「クセのない肉が好きなやつは牛肉を食べろ」
「クセのない羊肉は個性を殺している」
など、
「”クセなし”が美味しい派」を「”クセあり”が美味しい派」が攻撃して論争が起きているという事実を知ったのです。
どうしてそんな争いが起きているのか…。
みんなを幸せにするはずの羊肉が、争いの火種になっている事実に胸を痛めました。
まずみなさんに理解してもらいたいのは、
「クセが”ある”のも、”ない”のも、どちらも美味しい羊肉」ということです。
私は、これまで55カ国以上で様々な品種、ブランドの羊肉や、羊肉料理を食べてきましたが、その国々によって美味しい羊肉の基準は違いました。
例えば、アメリカでは穀物を与えたジューシーなラムが好まれ、
オランダでは品種改良された脂身の少ない筋肉質な赤身のラムが人気です。
食文化が発達しているフランスでは、クセがあるラムは「青草のいい香りがする」と表現されます。
また、母羊の母乳だけで育ったラムは「クセがなくてほんのりミルクの香りがする」と言われ、超高級食材として食べられているのです。
つまり、フランスの美食家たちはクセのある羊肉、クセのない羊肉、それぞれの良さを理解して、正当に評価しているのです。
これは嗜好性の問題でもあるので、一概にどっちが美味しいとは言えません。
ただ1つだけ気を付けてほしいことは「におい」と「香り」は違うということです。
「よい香りの羊肉」と「くさい羊肉」は違います。
言ってしまえば「くさい羊肉」は正常ではない品質の羊肉です。
健康に育ち、適切に処理された羊肉は不快な臭みはほぼありません。
日本では、過去にそういった異常な品質のくさい羊肉が出回ってしまったため「羊肉=くさい」といった概念が定着してしまいました。
その異常な品質のくさい羊肉を基準にして、
「くさくなければ羊肉の意味がない」
といった評価をされてしまうと、高品質な羊肉を提供することに人生をかけている私達には、為す術はありません。
羊達や農家さんに申し訳ないです。
ですので、羊肉が正当に評価される世の中を作るために、羊肉の”臭い問題”について詳しく書いていこうと思います。
私自身まだまだ勉強中ですので、これから考え方も変化していくかもしれませんが、現段階の考えを書き記しておきますね。
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羊肉の「香り」について。
まずは、羊肉の「香り」について説明させてください。羊肉の野性味のある独特な香りは、草食動物特有のものです。餌となる植物に含まれる葉緑素が、動物の体の中で「フィトール」という物質に変化して香りのもとになると考えられています。
つまり、草の香りです。フランスでは「羊肉の香りは青草の香り」と表現されることもあります。
そして面白いのが、食べる餌によって肉の香りも変化することです。
以前訪問した南アフリカのカルー地方で食べたカルーラムは、特殊なハーブを食べて育つため、ほのかにハーブの香りがします。実際にオランダの大学でカルーラムの肉と脂肪を化学分析した結果、ローズマリー、柑橘類、レモンの香りを持っている揮発性化合物が検出されたそうです。
その他にも、塩分を含んだ餌を食べて育つ「プレサレ」や「ソルトブッシュラム」、「宮城県のわかめ羊」など様々な味わいの羊肉が存在します。
それらの羊については下記にまとめていますので、興味のある方はご覧ください。
ではフィトールの話に戻ります。
フィトールとは、香りのもととなる物質を指します。草を食べれば食べるほど分泌され、羊の肉と脂肪に蓄積されていきます。
つまり年齢を重ねれば重ねるほど、羊特有の香りが強くなるということです。
ですから、日本で一般的に食べられているラム(生後1年未満の仔羊)は羊特有の香りが弱いのです。しかし同じラムでも香りの強さは個体差があります。
まったく香りのしないラムもいれば、成長が早く香りが強いラムもいます。
しかしほとんどのラムは香りが穏やかで、クセがありません。
ですので、羊特有の野性味のある香りを楽しみたい方には、ラムではなく脂たっぷりのマトン(大人の羊)の肉をお勧めいたします。
しかし、本来クセのなくて食べやすいラムですが、例外も存在します。それが「くさいラム」です。
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羊肉の「臭い」について
ここでは前述した「フィトール」以外の「臭い」について説明します。つまりくさいラムになってしまう原因です。
これまでの経験上、くさい羊肉には5つの原因が考えられます。
1.去勢の失敗によるオス特有の臭い
2.細菌の繁殖による臭い
3.鮮度劣化、脂肪の酸化による臭い
4.凍結、解凍方法による臭い
5.ホットボーニング商品の臭い
1.去勢の失敗によるオス特有の臭い
基本的に日本で食べられている羊肉は、メスの羊か、去勢済のオス羊です。去勢することによって男性ホルモンが低減して肉質が向上します。
しかし、オーストラリアの工場で屠畜工程を視察していると、たまに睾丸がついている羊が混ざっているのを目にします。
それを見るたび、「どうして去勢しているはずなのに玉がついているんだ?」と不思議に思っていたのですが、オーストラリアの羊牧場で手伝いをしていた際に謎は解けました。
オーストラリアでは「リング去勢」が一般的です。リング去勢というのは、仔羊の睾丸をリングで締め付けて血液を通わなくし、睾丸を壊死させる方法です。勝手にポトンと落ちるので、牧場に行くとそこらへんに玉袋が落ちています。
オーストラリアの羊農家では、何千頭もいる仔羊のリング去勢をすべて手作業で行っていました。やはり手作業ですので、失敗もします。睾丸が片方しか取れずに体内に残ってしまうことがあるそうです。
その状態のまま性成熟するとアンドロステノンとスカトールという物質が脂肪内に蓄積してしまいます。これが「オス臭」の原因です。
この状態で屠畜されたお肉を業界用語で「たまつき」と言います。
季節にもよりますが、入荷したお肉の中に時々たまつきが潜んでいます。
実際に食べてみるとわかるのですが、肉を見ただけではプロの料理人でも、たまつきかどうかを見分けるのは難しいと思います。例え肉のプロでも、毎日羊肉を捌き、数多くの羊肉に触れてきた熟練の職人レベルでないと難しいのが現状です。たまつきを見極められるか否かで肉屋のレベルがわかります。
ちなみに、オス臭は、気にならない人はまったく気にならないそうです。
この臭いの原因物質であるアンドロステノンは、成人男性の60%、成人女性の40%は”におい”を感じることができないそうです。
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2.細菌の繁殖による臭い
オーストラリア各地の工場と取引や視察をしましたが、いい商品もあれば、悪い商品もあり、きれいな工場もあれば、あまりきれいではない工場もあります。少しでも細菌が付着してしまうと羊肉は20日間の船上熟成に耐えられません。ですので、私たちは信頼のできる工場と取引を行います。日本に着いた時点で美味しさのピークを過ぎている羊肉を仕入れることは、羊から頂いた命を大切にしていないのと同じことですもんね。
ちなみにどんな臭いがするかと言いますと、土壌菌によって発生する臭いは硫化水素のような卵が腐った臭い。乳酸菌によって発生する臭いは甘酸っぱい感じの臭いですね。
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3.鮮度劣化や脂肪の酸化による臭い
羊の脂には健康に良いとされる不飽和脂肪酸が、牛や豚よりも多く含まれています。しかしこの不飽和脂肪酸は酸化をしやすく、酸化臭の原因ともなってしまいます。さらに羊肉は鮮度劣化も早いので、徹底した温度管理が必要となります。私達の取り組みとしては肉を脱骨する際、肉の温度が4度以上にならないようにソックダクトで室温をコントロールしています。それだけで1週間賞味期限が延びるのです。
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4.凍結、解凍方法による臭い
これは羊に限ったことではないのですが、凍結や解凍方法によっては羊肉の嫌な臭いを引き出してしまいます。
最近では、輸送技術の進歩により日本にいながら様々な国のチルド羊肉を味わえるようになりました。
しかし、まだまだ冷凍の輸入羊肉も食べられています。冷凍の輸入羊肉は大別すると2種類に分けられます。
①現地冷凍羊肉
1つ目は、現地の屠畜工場で急速凍結した羊肉です。凍結方法には、ボーニング後すぐに冷凍するノンエイジフローズンと、熟成させてから冷凍するエイジドフローズンの2種類があります。エイジドフローズンの場合は、正しい手順をふむことで、チルドに勝るも劣らない品質に仕上げることが可能です。熟成させないで凍結するノンエイジフローズンは、チルドに比べ肉のやわらかさは劣りますが、ワイルドで食べ応えがあります。ただ選ぶ部位によっては肉の旨味が乏く固くて臭かったりもします。
②国内冷凍羊肉
国内で羊肉を冷凍する際に多いのが、チルドのまま輸入した羊肉を国内で凍らせるチルドフローズンです。最適な熟成度合いで急速凍結をかけたチルドフローズンは良いのですが、食べ頃を逃した肉を凍らせた残念なチルドフローズンもあります。その他に現地冷凍羊肉を国内で解凍し、ロール肉などに加工して再凍結する方法があります。やはり冷凍工程が多い分、肉質は落ちます。臭みも気になりますね。しかもこの国内冷凍は、冷凍する業者の冷凍設備によって品質が大きく変わってしまいます。冷凍をする際に重要なのが、最大氷結晶生成帯(-1℃~-5℃)の温度帯を速やかに通過させることです。いわゆる急速凍結です。最大氷結晶は肉の繊維を破壊するため、肉の旨味がドリップと共に流れ出してしまいます。急速凍結をしていない冷凍羊肉は、羊肉のクセだけが残った味気ない肉になってしまうのです。
つまり、羊肉は他の食肉と比べて鮮度管理が難しく「羊肉の知識がない人」が扱う羊肉と「羊肉のプロ」が扱う羊肉では大きな差が生まれてしまいます。
実際に、羊肉=臭い、という方程式ができたのも、2002年ころのジンギスカンブームの際に、羊肉の知識があまりない人が鮮度劣化した羊肉を提供していたことが原因のひとつとして考えられています。
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解凍は氷水で、氷温解凍がおすすめです。
5.ホットボーニングによる臭い
ボーニングとは、枝肉から骨を抜く作業のことです。ボーニングも大きくわけて2種類あります。
①コールドボーニング
最もオーソドックスなボーニング方法です。生体を処理したあとに、枝肉の状態で一晩冷やし込み、肉の芯温を0℃以下にしてからボーニングします。
②ホットボーニング
生体を屠畜後、冷やし込みをせずに、死後硬直する前に脱骨からカッティングを行う方法です。オーストラリアマトンはホットボーニングした商品が多いのですが、コールドボーニングしたマトンと比べて、臭いが強いです。
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私もモンゴルや中央アジアで、3頭の羊をホットボーニングしてきました。
羊肉に何を求めるか。
羊肉に何を求めるかは人それぞれだと思います。
純粋に羊肉の味や香りが好きな人。
健康や美容のために食べる人。
海外で親しまれている羊肉料理が好きな人。
いろいろな目的を持った人が羊肉を食べてくださいます。
そしていろいろな味わいの羊肉が存在します。
羊も畜舎飼いで飼料管理などをすれば肉質や味わいを安定させることが可能です。
しかし現在食べられているほとんどの羊達は大自然でのびのびと育ちます。そのため個体差が激しく、全くクセのない仔羊もいれば、たまにフィトール臭をプンプンさせたオマセさんもいます。
フィトール臭も、羊肉特有の香りであり、決して悪いものではありません。
むしろ、その個性を愉しむのも羊肉の魅力のひとつですから。
クセがあってもなくても、美味しい羊肉には違いありません。
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