ホウ・チーラン監督より
台北で育った多くの人々と同じように、私も学生時代は南陽街の予備校で勉強していた。予備校通いの日々でTシャツとGパンに染み付いた油飯(台湾おこわ)や鶏排(台湾からあげ)、それに泡沫紅茶(アイスティー)のにおいと、予備校の灯りが夜空を照らし、「◯◯大学合格」のような各学校が合格実績をアピールする掲示の紙と試験用紙が宙を舞う風景を今でも覚えているし、K書中心(自習室)の、まるで宇宙の奥深くに埋もれているかのような静寂と薄暗さも強く印象に残っている。
この街を行き交う学生たちの波の中に、私は本作の主人公、印刷店アルバイトの阿東(タン)と予備校アシスタントの小羊(シャオヤン)の姿を見つけた。ほとんどの若者と同じように、このふたりも、自分が今まさに人生の中で最も若々しく、そして無邪気な瞬間を生きているかもしれないということに気づいていない。
本作はそんな若者のラブストーリーであり、南陽街の物語である。
[監督プロフィール]
ホウ・チーラン(侯季然)
1973年台湾・台北市生まれ。映画監督、脚本家、作家。長編デビュー作は巨匠ホウ・シャオシェン(侯孝賢)プロデュースによる『One Day ある日』(10)(原題:有一天、日本では台湾巨匠傑作選2021公開)。オムニバス映画『ジュリエット』第1話『ジュリエットの選択』(10)、ドキュメンタリー映画『台湾黒電影』(05) 『四十年』(16)『書店裡的映像詩(書店の詩)シーズン1・2』(14・17、YouTube公開)など。