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もしも命が描けたら

いま、わたしは正直、へとへとに疲れている。
田中圭さんの主演舞台を観てきたのだ。

YOASOBIの楽曲をバックに、印象的な月の背景がクルクルと変わっていく、そんなオープニング。
歌詞がこのお芝居のあらすじだということに気づいたので途中から歌詞を追うのをやめた。もちろん、ある程度ストーリーを頭に入れて見る場合はいいと思うが、わたしは情報を何も入れずに観たい気分だった。特に今回は。

そして案の定、わたしはへとへとになった。
序盤からの圧倒的なセリフ量、ほぼモノローグ。まるで、こちらに戦いを挑んでいるかのようだった。
どこまでやれるのか?この人は。まだなのか?まだいけるのか?そう思いながら見ていた。
そして、わたしが想像した倍、畳み掛けてきた。

それでも、第一声はそんなに”上手い”とは感じさせないのが田中圭(以下敬称略)。上手なお芝居をする人はいても、それは飽きられもする。
だけど、田中圭のお芝居は、ほんの少しだけ(あれ?大丈夫かな?)という入り方をする。
ところが、演じながらどんどん熱量とグルーヴが高まっていく。不思議な役者さんだなと思う。
セリフは完璧、圧倒的な熱量、なのにどこか隙がある。

今回のお芝居、YOASOBIの楽曲とコラボしているから、とかではなく、本当にライブハウスのようだったと思う。気づくと彼の演技の虜になって、そのグルーヴに飲み込まれている。
そんな風に飲み込まれたまま、二時間が経っていた。

お話自体はとてもシンプルでわかりやすい。
詳しくは書きませんが、多分、受け取る人の感受性や価値観などによって、いろんなメッセージを受け取れるタイプのお話。
最後は、あぁ、そういうことだったのか、と腑に落ちるので後味も悪くない(わたしは悪くなかった)。

そして、月をテーマにしたのが、本当に田中圭らしいというか、当て書きの妙を感じた。月は自分では輝けない。周りの惑星や太陽があってこそ、その美しさが際立つ。それが俳優田中圭のありようとも重なる。
彼が一人で輝けないと言ってるわけではなく、周りがいてこそ、輝きが増すタイプ。
また、月はその周りの影響で見る人に満月だったり三日月だったりとイメージを変えていく。変幻自在だ。そんなところも似ているような気がする。
どこかいつも感じるひんやりした冷たさも、月に似ている。

わたしはいま、へとへとに疲れている。
お風呂に入って、ちょっとだけお酒を飲んで、ベッドに潜り込んだらすぐに眠れそうなくらい。

でもね、思うんです。
それが、生きるってことの楽しさじゃない?
生で舞台を見ることの醍醐味じゃない?って。

疲れさせてくれて、ありがとう圭さん。
あなたの、滴る美しい汗に免じて、許してあげる←おい!

最後まで読んでくれて、ありがとう!
では、また!


(おまけ)
懐かしのチャイメリカの感想も貼ってみたりする。
いま観たら、また違う感じで見れそうだな、とも思う。


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Ai Yonekura
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