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リトル姉妹 in the mirror|日記
今日立ち寄ったカフェに、素敵な鏡が飾られていた。アンティーク調の縁取りがされた古そうなその鏡には不思議な魅力があって、自然と目が引き寄せられてしまう。鏡は私にある出来事を思い起こさせる。暇つぶしにやった、バカないたずら。
小学校に入学するのを待っている、春休みのこと。6歳の私と4歳の妹は、両親が働いている会社の応接室で遊んでいた。その応接室には大きな鏡が置いてあった。家から持ってきたおもちゃに飽きていた私たちは、退屈な気分で鏡を見ていた。鏡には応接室にいる私と妹が映っている。そこでふと思いついたのだ。退屈しのぎに妹をからかう遊びを。
「これは鏡に見えるけど、本当は窓なんだよ。鏡の中に映っているのはもう1つの世界なんだよ」
と、私は嘘をついて聞かせた。保育園児の妹は信じなかった。
「違うよ、かがみだよ」
構わず続ける。
「お姉ちゃんと(妹)が映っているように見えてるのも、間違いなんだよ。鏡に映っているのは、私たちにそっくりの別の人なんだよ」
「うそだ!」
ムキになって否定してくる妹の様子が面白くて、
「嘘なもんか。(妹)は小さいから知らないだけだよ。お姉ちゃんは鏡の世界にも行けるんだから」
「えっ」
妹は少し動揺したようだった。私はククッと笑いを噛み殺して、
「じゃあ、お姉ちゃんは向こう側へ行きまーす」
と、鏡に片足を乗せるポーズをした。そしてそのポーズのまま固まった。
「行けないじゃん。やっぱお姉ちゃんのうそじゃん」
と言う妹。いいや、計画通りだ。お姉ちゃんの意地悪な思いつきはここからが本番だ。
「私は、あなたのお姉ちゃんではありません」
鏡に乗せた片足を下ろし、無表情かつまばたきを我慢してロボットのように話す。
「私は、鏡の世界から来たオシ(名前を反対にした)です。あなたのお姉ちゃんと入れ替わりました」
私の迫真の演技に、妹は徐々に不安げになっていき、
「え、いやだ…。この遊びやめよ」
と言ったが、私は調子に乗っていてやめなかった。
「遊び?私は遊んでいませんが」
と冷たく言う。そんなやりとりをしばらくしていたら、妹がついに泣き出した。
「こーわーいー!帰ってほしい!お姉ちゃんを返してほしい〜〜」
と思いの外大きな声で泣いている。かなり焦った。(大変だ、会社の人が来てしまう。そしたら大人の前でも鏡の世界から来た人を演じる羽目になる。それは恥ずかしいから嫌だ!)と思っていた。
「分かった分かった、だから泣くのはやめて。やめてくれたらお姉ちゃんと替わるから」
と妹を宥め、誰かが来る前に急いでもう一度鏡に片足を乗せるポーズをした。そして足を下ろした。
「じゃじゃーーーん!!お姉ちゃんだよ〜〜!鏡の世界から出してくれてありがとーね!」
と明るく言った。そして、
「このことが大人に知られたら大変なことが起こるから(私が怒られるから)絶対にヒミツにしてね」
と念を押した。妹は神妙な面持ちでうなづいた。
妹は本当に誰にも言わなかった。だから怒られなかった。でも6歳の子供心に、「妹を騙して、その反応を見て遊んだ」という自覚はあった。怒られるべき悪いことをしたと分かっていた。その一方で妹の反応を可愛く愛おしく思ったのも事実で(ごめんね)と思いながらも、バレなければセーフ理論でそのまま押し通した。
このことについて、6歳の私は完璧に隠蔽したと思っていた。でも、この日の出来事は4歳の妹にとってトラウマになるレベルで怖かったらしい。
お互いが高校生になると学校帰りに両親の会社に寄って、宿題をするのが私たちの日課になった。例の鏡のある応接間にていつものように宿題をしていると、突然妹が鏡を指差し、
「あれ。入れ替わった件。私、覚えてっから」
と怒り出した。ずっと忘れられなかったんだ、と肝が冷えた。12年越しで、しっかりと謝罪した。
それ以降、大きな鏡が飾ってある部屋に妹と一緒にいるとあの時のことを蒸し返しては責められるようになった。きっとおばあちゃんになっても忘れてくれないだろう。もう勘弁してよ、と苦笑いになる。
ただ妹は、「他人には言わないで」という私の念押し(脅し)を今も守ってくれている。責めるのは私といる時だけなのだ。父も母も知らない、姉妹の話。