理論派?感覚派?作曲の小話。
オンラインコミュニティやバンドでオリジナルを作ってて思うことは「作曲のやり方は人それぞれ」ということ。
理論派?感覚派?
作曲において、こういった議論をたまに聞くことがあります。
ちなみに理論派だろうが感覚派だろうが作曲はできると思います。
そもそも「理論だけで作曲したらダメ」とか「感覚だけで作曲したらダメ」と言うことは一切ないですよね。
理論派でも感覚派でも良い曲が書ければぶっちゃけどっちでもいい話。
ですが、あえて少し語ってみたいと思います。
作曲とは?
作曲というと、音楽の三大要素である「コード進行」「リズム」「メロディ」を作ることであると僕は認識しています。
ただ、これも人や場合など作り方によってバラバラだったりすると思います。
例えば、
まず歌詞を書く人が一緒にメロディも作ってきたとします。次に、すでにあるメロディに別の誰かがギターなどでコードをつけたとします。
この場合「メロを作る」も「コードを付ける」もやはり作曲をしたと言えるわけです。
実際に共同制作をしていると、いろんな形でデモが上がってきます。
ギターのリフだけ、コード進行だけ、サビの歌メロを鼻歌で、など。
一つのきっかけでみんなで曲を完成させていくということは実際によくあることではないでしょうか。
(ちなみにこういう場合、うちのコミュニティでは共同作曲者としてみんながクレジットされるようにしています。)
1人で作る時は、もちろん全て自分でやらなくてはいけないわけですが、この場合でも方法や手順という観点で言えば、作り手によって全く違う作業だったりするのではないかと思います。
音楽の良さとは?
そもそも音楽に良い悪いはあるのか…?
これは人の好みによるところが大きいと思います。
良い曲とは?歌がうまいとは?メロディがキレイとは?
その基準となるものは、あくまで聴く人の中にしかないものなので一概に決めることはできません。
ですが、わかりやすい判断基準として「売り上げや再生数など目に見える数字」で、より多くの人が「良いものである」と判断しているかどうかは計るることはできるのかなと思います。
(ただセールスに関してはプロモーションを含めた総合力によるものなので、あくまで楽曲のみの良し悪しを示すものではないと思いますが…。)
ファンの心理
音楽と言うものには本当にたくさんの要素が含まれています。
歌もので言えば
「ボーカルの声質」「歌のうまさ」「歌詞」「楽器の音色」「演奏のうまさ」「テンポや長さ」「緩急や転調など展開の仕方」もっと言えば、
「映像」「写真」「イラスト」「ライブパフォーマンス」など、数えたらキリがないと思いますが、こういった要素全てをひっくるめて楽曲と言う作品になっているわけです。
「この曲が好き」と思う時、その曲の何に惹かれて好きになったのかが人によって違うという話です。
見た目が好きなアーティストだから?
ボーカルの声がキレイだから?
歌詞が素敵だから?
それを全部を含めた「楽曲に対する好き嫌い」があり、その上で皆一様に「好きな音楽」に影響を受けて制作をする様になっていくという訳です。
つまり、曲の良い悪いという判断は、売れているからいい曲であるという事ではなく、その曲が好みである人からすればいい曲であるという事になります。
そうやって一概に良い悪いと言えないところが芸術の難しいところです。
個性を出そうと思って「突拍子もない」「誰も思いつかない」「わけがわからない」というようなことをすることで、注目を集めたり評価されるということも多くあるわけなので、面白いものだなとも思います。
感覚派とは?
作曲における感覚派というのは、音楽理論を介さずに感性を重視して作っていくタイプの人のことだと僕は思います。
理論派と感覚派の違いは、音感の能力差や性格によるところが大きいのかなと思ったりしてます。
そもそも音楽理論はめんどくさいんです。
まとめてあるとはいえ理解するには労力を伴います。
僕みたいにめんどくさがりの性格の人には向かないのは事実。(おたまじゃくしは未だにとても嫌いです…)
感覚派は頭の中で直感的に理解するだけの方が楽なので、あとはその音を具現化できてしまえばそもそも理論とか関係ないんですよね。
絶対音感と相対音感
音感は絶相音感や相対音感と言われる能力の事で、才能や聴いてきた音楽の影響によるところが大きいと思います。
相対音感とは音と音の距離の感覚のこと。
たとえば簡単にハモったりできる人は相対音感が強いと言え、絶対音感と違って鍛えれば強化できるそうです。
つまり運動や勉強と同じで得意不得意はあれど誰もが持っている能力なのだと思います。
僕の場合は絶対音感はありませんが、相対音感は多少あるほうみたいです。
勝手なイメージですが、相対音感の能力の高低は脳内での音記憶の解像度と再現度の高さだったりするのかな?なんて思ったりしてます。
頭の中でハッキリとコードを鳴らすことができるというのはそういうことかなと…。
(憶測ですが、実は絶対音感も似たようなものなので単純にその能力が極端に突出しているだけなのではないかと思ったりもしてます。ですがこればっかりは体験したことがない以上想像の域は超えません。)
ちなみな僕は、今でも曲を作る時は頭の中でコードを鳴らしながらという事をよくやります。
音楽理論を勉強する前は、作曲の際頭の中で思っているコードが一体なんていうコードなのが分からないわけです。
なので、しかたなく単音ずつ並べていって和音にすると言う作業が必要で、実際にそうやっていました。
めんどくさいですが音楽理論を勉強する方がもっとめんどくさいと思っていました。
ただ、DTMを始めたおかげで頭の中の音を具現化して実際の和音にすることが割と簡単にできるようになったのでそこまで苦にはならなかったというだけの話。
楽器だとそんな簡単に思った和音を鳴らせるわけないですからね…。DTM様様です。
本当はみんな感覚派?
幼少期に音楽を聴くより先に理論を勉強したなんて人はそうそういないと思います。
まず音楽を聴いて歌を歌ったり手を叩いてリズムを取ったりたりしていくなかで楽しさや気持ちよさを経験してきたのではないかと思います。
そして、だんだん大人になるにつれて流行りの歌を聴き、過去の名曲を聴き、それぞれが好きなものに憧れて真似るように音楽を始めるなんて事は少なくないのではないかと思います。
その中でも感覚派の人というのは、おそらく特に音情報に対して良さを感じ、さらにそのイメージだけを頭の中で膨らませることが得意なタイプの人なんじゃないかなと思います。(そして勉強嫌いで面倒くさがりな人…笑)
音楽理論は必要?
僕がスクールで作曲のレッスンをする時はまずコード理論の基礎から教えるようにしています。
本来僕は(音楽に関しては)理論派ではなく、耳で聴きながら思うままに適当に音を並べて作曲するタイプです。
要所要所で必要に応じて理論を引っ張り出してくるといった感じのスタイルです。
どちらかというと感覚派寄りということになりますかね。
では、なぜ音楽理論を教えるのか?
それは、知っていた方がいいに決まっている!と思ってるからです。
知らなければできないということはないです。でもあった方が便利だし幅も広がるということは紛れもない事実だと思います。
実際に音楽をやっている人でも、中には音感が弱いという人はいます。(向いてないとかダメだという
意味では決してありませんよ!汗)
足が速い遅いというのと同じで、音感も身体の性能のひとつなので個人差があるのは当たり前です。
例えば、足がメチャメチャ速くないとすごいサッカー選手になれないかというと決してそんなことはなありません。
同じようにあまり音感のない人であっても、勉強して理論武装をすれば自在に音楽を作れるし良い曲を書くことだってできるという事です。
作曲を始めて、僕も感覚だけに頼って何曲も作りました。
しかし、そのうちにちゃんと壁にぶち当たることになります。
実は僕は音楽を聴くという習慣がほとんどありません。多分人よりインプットが少ないんだと思います。
そのせいか、感覚だけで作っていくと毎回同じようなコード進行の似通ったものしか作れないんです。
勉強なんかしなくたって「それが自分らしさだ!」なんてやらない言い訳にしていましたが、作る曲作る曲が全部似てる…となってはやはり困るわけです。
誰かの新しい曲を聴くたびに、「なんで僕が作るとこうはならないんだ?」と考えるようになりました。
次第にどんなコード進行してんだろう?って調べるようになり、調べれば調べるほど知らないコード進行に出会うという体験をした訳です。
そのコードを真似して作曲すればもちろん今までに作ったことないものは作れます。
しかし、「なぜ彼はこのコード進行を作ることができたのか?」ということが気になるようになり始め、どんどん知りたくなっていきました。
結局仕方なく「ちょっとだけ勉強してみるか…」と、興味本位で音楽理論を学び始めたわけです。
音楽理論とは?
そもそも音楽理論とは何か?
それは「人間が気持ちいいと感じる音の組み合わせや展開を可視化し、説明するための道具」であると僕は思っています。
ご存知の通り、人間は耳という器官を持っています。
おそらく進化の過程でたまたま生まれた機能で、空気の振動を感知できた方が生存に有利であることから生き残り、だんだん強化されてきたものなのだろうと思います。
--(余談ですが、人の耳はこの地球上の気圧と大気組成の条件下での空気の振動を敏感に感じ分けるように進化している為、違う環境では同じ音として聞くことはできません。例えばヘリウムガスを吸って声が変わるように大気の成分が変わるだけでも気体の振動の仕方がかわるので違う聞こえ方をしてしまいます。)--
初めはもちろん生きるための道具として身の回りの状況把握に使うだけだったのではないかと思います。
そのうちコミュニケーションの道具としてつかうようになり、音で遊ぶことを覚え、歌ったり何かを鳴らしたりすることを楽しむようになり、音楽が生まれたと考えられます。
当然のように、より心地よいと感じる音楽を好み、より多く鳴らし聴くことを繰り返すことで、今の音楽へと進化してきたのだと思います。
やがて文明が発達すると、人は音楽のことをより詳しく調べ始め、研究し、整理し、わかりやすくまとめていきました。
その結果出来上がってきたのが音楽理論です。
音楽理論に対して、「ややこしい」「なんであんなにわかりにくいの?」なんて思っている人もいるかもしれません(実際かなりややこしいです汗)。
ですがそれは、先人たちが「人の心地よい音の組み合わせ」というものを頑張って極限までまとめあげ分かりやすくしたものであるということを知ってもらえたら、少しは見え方が変わるかもしれません。
まぁ、この大気と人間の耳の性能・感受性がこうなってる以上、理論がややこしいのはしょうがないんですよね。それ以上簡単にできないんだから…。
理論派の強み
音楽理論を勉強してから僕は、「頭の中で鳴ってるコードが何なのか」を割と簡単に導き出せるようになり、作業効率は格段に上がりました。
それとは別に、いいと思った曲の分析をする事ができるようになりました。
そして分析をそれを繰り返すことで、いろんな引き出しが増え、それらを組み合わせるという事ができるようになりました。
これが一番の収穫でした!
ここまでできると、全く違うパターンの曲をいくらでも量産できてしまうんです。
やっぱり音楽理論というのはすごいものだなと思います。
まとめ
長々と語ってみましたが、結局のところいい曲が書ければ本当にどっちだっていい!
でも僕は天才じゃないので音楽理論を学んでよかったなって心底思ってます。
音楽理論はとても奥が深くそして面倒くさいものです。ちなみに僕も全てを学んだというわけではなく、基本的なところと知りたいと思ったところだけを勉強するようにしています。
大して詳しくないので「ちょっとかじった程度」なんて言われてしまうかもしれません。
でもそのほんの少しのことでも作曲への影響は計り知れなかったなと感じています。
もし、音楽理論を毛嫌いしてる人がいたら騙されたと思って一度覗いてみてほしいものですね。
もっと自由に自分らしいものを作れるようになるかもしれない世界線がそこにあるかも…。
そんなことを思ったりする今日この頃です。
おわり
「現在の活動とそこに至るまで」「これからの活動」を知ってもらえたらと思い駄文を書いております。
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