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何もしない結婚式が、とても良かった。
約1年半前の10月、結婚式を挙げた。
昔から目立つのが苦手だったので、公衆の面前で恥ずかしそうにバージンロードを1人で歩いたり、誓いのキスをしたり、締めのスピーチをするなんて考えられなかった。
いじられキャラだったので、似合わないタキシード姿やぎこちない挨拶を前に、どんな野次が飛んでくるか分からない。
何より私と妻は、月とすっぽん。ワインと泥水。美女と凡人なのだ。思いがけず高嶺の花と結ばれた私にとって、確実に自分たちにスポットライトが当たる結婚式は、越えなければいけない大きな試練のように感じられた。近年は結婚式をやらないカップルも増えていると聞くし、やらない方向でぬるっとやり過ごせないだろうか。そんな風に考えていた。
幸い、どちらかというと目立つのを嫌う妻も同じような考えだったが、「両親にウエディングドレス姿は見せないと」という気持ちも同じくらい持っていた。なので2人で話し合い、お互いの数少ない友人たちは呼ばない前提で、どこか地方の静かな場所で、しめやかに、ひっそりと、結婚式を行うことにした。
下見旅行
まずは下見に行ってみよう。ということで目をつけたのが、軽井沢。Googleの検索窓に「結婚式 下見」と打ち込んで見つけたのは、かの星野リゾート系列のホテルと、その敷地内にある教会での挙式プラン。なんと、一泊朝夕付きの下見が、2人で1万円と表示されている。
実際挙式をやろうとすると、たっぷりと費用が掛かるのだろう。下見に行ったら、ものすごい営業をかけられるのだろうが、するりといなす自信はある。1万円で星野リゾートを満喫してやろう。
半ば、というか8割方旅行気分で東京駅から新幹線に乗り、小学生の時に叔父の結婚式で訪れて以来、約20年ぶりの軽井沢へ向かった。
結論、ダメだった。鬱蒼と生い茂った木々に囲まれた敷地、なんだか趣のある教会、適度に日光が入る暖かな披露宴会場、地元の食材をふんだんに使った料理。お洒落で洗練されたホテルの部屋。
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全てを満喫し、2日目の帰り際に行った打ち合わせという名の商談の場で、私たちは一切NOという言葉を発することができず、トントン拍子に何もかもが決まっていった。
「挙式を挙げられる10月末は、辺り一帯が紅葉で染まってとても綺麗なんですよ」
その一言と同時に、契約書にサインをし、1件目の下見で、軽井沢のこの場所で挙式と披露宴を行うことに決めた。今振り返ると、お得な会場下見旅行にもっと行けば良かったなぁと思う。
一生に一度
挙式を挙げたのは、軽井沢高原教会。ブレストンコートという星野リゾート系列のホテルの敷地内にある、電車内の広告でたまに見かける教会だ。
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私たちは、下見の時に宿泊したブレストンコートではなく、近くにある「星のや軽井沢」に前泊することにした。こんな時でないと、もう一生泊まることはないだろうと思い、奮発したのである。
前日は特にすることもなかったので、徒歩10分くらいのところにある洒落たショッピングモール、ハルニレテラスの中の「ベーカリー&レストラン沢村」というパン屋さんでパンを買って食べ歩いた後、近くにある「トンボの湯」でサウナに入り、コンビニで買った軽井沢の地ビールを数本飲んで寝た。
翌朝は、高尚すぎて私にはよく分からなかったルームサービスの朝食を食べている間に、妻が準備のために先に出発した。眺めの良いベランダでダラダラと最後のひとときを過ごしていると、段々と緊張してくる。お互いの身内しかいない結婚式とはいえ、やはり目立つのは体が拒否している。
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ファーストミート
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私は、一応頼んでおいたヘアメイクを手短に終え、妻の準備を待っていた。いよいよ、ファーストミートというやつだ。結婚式に関する知識をほとんど持っていなかったので、当初はそれが何か分からず、ファーストバイトの亜種、最初に食べる肉を意味していると思っていた。
一面が真っ白の壁に囲まれた部屋で立っていると、後ろから肩を叩かれる。
「オオオッ!」
良い反応だと思ったのだが、妻としては不満足だったようだ。
一方、その後部屋に姿を現した義父。妻の晴れ姿を見るや否や、ハンカチで目頭を押さえていた。妻もつられて泣いている。カメラマンを任された私は、これがあるべき姿だよなと反省しつつ、他人事のように、なんか良いなぁと思った。
思ってたのと違う
その後、流れるように教会での挙式が始まる。リハーサル通り、1人でバージンロードを歩き始める。想像では、緊張でぎこちなく歩く私の姿によってクスクスと笑いが漏れるシーン。だが、そんなことはなく、私は静かに神父の前に辿り着いた。
挙式が一通り終わると、教会を出てライスシャワーが始まった。参列者が作った花道の間を2人で通り抜け、お米が振り撒かれるというお祝いだ。ここでも、皆の顔は純度100%で私たち2人を祝う気持ちに溢れているように見えた。考えれば当然なのかもしれないが、イメージしていた感じと全く違った。
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ガチガチに固まっていた体はいつの間にかほぐれ、この辺りからはずっと笑っていたような気がする。結婚式、良くない?そんな風に思い始めていた。
何もしない披露宴
主役は私ではなく妻、という自覚はあったので、プランニングの際、まずは妻の希望を聞いた。
妻の希望は、「それっぽいこと」はしない。こだわりなのか、気恥ずかしいだけなのかは分からないが、私もどちらかというとそちら派だったので賛成した。なので以下のような、これといった演出は何も用意しなかった。代わりと言っては何だが、食事とアルコールのグレードは上から2番目の良いプランにした。
・主賓による乾杯挨拶
・ケーキ入刀、ファーストバイト
・お祝いムービー
・友人によるスピーチ
・お色直し
・新婦による手紙
もちろん、私は数多くの友人たちの結婚式に参列し、こういったプログラムが盛り沢山の式がとても楽しくて素敵なことを知っている。
ただ今回、参加しているのは家族・親族と、妻の友人数名のみ。結局、私の拙い乾杯の挨拶で幕を開けた2時間は、新郎新婦が各テーブルを回り、喋ったり、写真を撮ったりするだけで過ぎ去っていった。
「なんで?どうしてこいつを選んだんですか?」としきりに妻に問いかける妹や、私のだらしないエピソードで妻と盛り上がっている母、ボソボソと喋りながら何故かカメラマンに徹している弟、ほとんど喋らないが嬉しそうにしている父。20年前の結婚式の思い出を披露している叔父、その時はまだこの世にいなかった従兄弟、これまた私と結婚を決めた理由を本当に分からないと言った顔で妻に聞く叔母。
久々に再会した家族・親族の面々、一人ひとりとゆっくり会話ができて、なんだか無性に楽しかった。
また、そんなにやることもないので、私は自分用に用意された食事だけではなく、妻の分まで美味しい料理を平らげた。
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締めの挨拶は、父に「いい」と普通に断られた。なので、私のスピーチで始まり、私の最後の挨拶で終わった披露宴。両親への感謝を述べて皆が涙ぐむ、みたいなことには全くならなかったが、自然に感謝の言葉を伝えることはできた。
妻が「どうしても参加してもらいたい」ということで足を運んでもらった数人の友人たちに、「良い式だった!」と言われて、良い式だったんだなと思えてくる。
自分の友人たちも、思い切って呼んでも良かったのかもしれない。