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【短編小説】虚構世界ーてつがく喫茶・Catharsis カタルシス 三篇

{スタッフ菜奈の独り言 三篇}


またクセの強いことを書いているな。
「どうしてこのテーマなんですか? 」と聞けば、「なんでかなぁ」と書いた本人は黒板の前で首を傾げている。その後ろ姿がなんとなく切ない。

その人物が「菜奈ちゃん」と言って、くるりと体をこちらに向けた。
「AB型ってそこまで変わってると思う?好き嫌い激しくて、二重人格野郎って」
「マスター、誰かに言われたんですね」
「なんで分かったん」
「哀愁漂う背中を見せつけられると嫌でも分かりますよ。っで誰に言われたんですか? 」
「メイドカフェの子」
「まじか……」マスターのプライベートはよく知らない。

私のメモによると、
・昔、ミュージシャンをしてたことがある
・海外に住んでいた
・哲学することが好き
それくらいしか情報がない。
そこに「・メイドカフェ好き」と追加する。

「ちゃうちゃう」とマスターの手がひらひらと私の思考を遮るように揺れた。
「菜奈ちゃん、僕がメイドカフェ好きとか思ってるやろ? 」
「思ってないです」
「思ってるやん、その顔」
“その顔”って一体どんな顔なんだろう。”その顔“を知って”その顔”を回避できれば、私は嘘を誤魔化せるということか。

「できたよー」奥の厨房からカイ君が出てきた。トレイの上には小皿が三つ置かれ、その小皿には一口サイズの……これはなんだろうか。
「ティラミス。しかもヘルシー」
カイ君が得意気に言う。
「ティラミスにヘルシーとかあるの? 」
待ってました、とばかりにカイ君が説明を始めた。絶対に私がそこを反応すると思ってたな、これは。確信犯なカイ君め。
聞けば、生クリームの代わりにヨーグルトを使ったらしい。なるほど。確かにカロリーは制限できる。でも味はどうだろうか。
ひとつ小皿を手にとって、口に運んだ。

美味しい。美味しいじゃないか。
「クリーミーなチーズと酸味がマッチしてて、私こったちの方が好きかも」
「僕もこっちの方が後味がイイなって」
このやり取りに反応してマスターがこっちにやって来た。

「カイ君さ、AB型って二重人格が激しいと思う?二重人格野郎ってなぁ」マスターはまだそこにいた。てっきりティラミスを食べるためにこっちに来たと思ったんだけど。
「もしかして昨日のメイドカフェで言われたこと気にしてるとか? 」カイ君は容赦ない。

ん、ちょっと待てよ、ってことは……
「カイ君も行ったんだ」
「行ったよ」そう言って、私に携帯の画面を見せた。メイドの人たちと笑顔で写っているカイ君と微妙な表情を浮かべているマスターの写真があった。

「日本に帰ってきてメイドカフェに初めて行った時、めちゃくちゃ感動したんだよね。あの二次元の世界観はあの場でしか経験できない。それをマスターに話したらマスターは行ったことないって言ったから連れて行ったんだけど」
「じゃぁそこでディスられたわけだ、AB型を」
「いや、ディスられてはないよ」カイ君が訂正する。

「僕らが注文したアイスのトッピングが血液型ごとに変わるようになってて、それで僕ら担当のメイドの子が血液型を聞いて来たの。それでマスターが『AB型』って答えただけ。そしたらその子が『変わり者、好き嫌い激しすぎ、二重人格野郎っ』って言ってさ。別に血液型を正直に答えなくてもいいんだけど、マスターはシステム知らないからちゃんと答えてただけなんだよ」
マスターを見て言えばコクリと力なさ気に頷いている。

「でもそれってやっぱりディスられてるんじゃない? 」私の疑問にカイ君は首を横に振った。
「そこのメイドカフェはツンデレ系のジャンルだから、キツイ言葉を放った後は必ず優しい言葉をかけてくれるんだよね。キツイ一言のあと、マスターだって『でも、そんなあなたが私たちは好き』なんて言われてたし。ただマスターの耳には入っていない感じだったなぁ」
まぁ、可愛い女の子にいきなりキツく言われちゃうと、マスターの優しい性格なら感情が迷子になることくらい安易に想像できる。

「ちなみにカイ君はなんて言われたの? 」
「僕は自分の血液型を知らないから、分かんない、って言ったら『自分の血液型くらい知っとけよ、バカ」って言われた。それで真っ赤なイチゴフレーバーをドバーってアイスにかけられた」ハハハと笑っている。メイドカフェのシーンを思い出してるのだろう。カイ君、結構通っているな。でも今後もしかしたら救急的なことが起こるかもしれないから、血液型は知っといたほうがいいよ、とカイ君に念を送った。

マスターはと言えば未だ浮かない顔をしている。
「あの、思うんですけど、マスターは今まで何度か言われたことあるじゃないですか、AB型は変わってるって。お客さんとかに。私も何度も見たことありますけど全然気にしてませんでしたよね? 」
「そやなぁ、気にしてへんかってんけど……」マスターが零した。
「けど?不思議なんですよね、どうして今回はこんなに引っ張っているのかって」

「他に理由があるってことじゃないですかね」カイ君が顎に手を当てて言った。
「そうかも。マスターがしょげてる理由は他にある。もしかして、メイドの女の子が元カノだったとか? 」
「え、そうやったん? 」
「知らないですよ」私が知るわけない。

「仮にそうやったとしてもやで、『元気?』くらいしかないなぁ」一考したあと、マスターが呟いた。
まぁ、そうだろう。マスターの性格からして、修羅場を経験して別れたとか想像できない。
その点、私が元夫に会ったとしたら、きっと、いや絶対に平常心ではいられないと思う。

「もしかして最初にガーンと落とされてから優しくされたからかな。最初に優しくされてからガーンと落とされる方がマスターには良かったのかも。うん多分そう。ツンデレじゃなくて、デレツンの方がマスターには合っていたってことか。なるほど」
カイ君の想像力には唸るものがあるが全然なるほどじゃない。

「分かった」マスターが私とカイ君の顔を交互に見た。
「あのパフォーマンスの出来が、完璧やったからや」
今度はマスターの言っていることが分からなくなった。

「ツンデレを演じた後に、あのアイスにトッピングをかけるんやけど、使う量やかけ方とかの一挙手一投足が完璧やってん。あれはメイドカフェじゃなくて、エンタメや。負けたわ」
「負けた、って何と戦ってたんですか」
AB型をディスられた事はマスターの中でどうでも良いことになっている。

「マスターの言わんとしていること分かりますよ。あれは”ショー”です」カイ君がティラミスの小皿をマスターに渡しながら言った。
「あの”魅せ方”は完璧やわ、エンターテイナーとして」言いながら何度もマスターが頷く。

そうか。単純にメイドカフェの世界観を楽しむのではなく、マスターはその世界観の作り方に着目していたのだ。さすが喫茶オーナーというか元ミュージシャン。
私と見方が違って当然だ。日常の場面一つを切り取っても”魅せ方”を大事にしている。

「じゃぁテーマは変えたほうが良いんじゃないですか? 」マスターに提案する。だってAB型は全く関係なくなるから。
「ホンマやなぁ」と言ってマスターが黒板に行き、先に書いた言葉を消した。

「最後の何ですか? 」
カイ君、よくぞ聞いてくれた。上の二つは分かる。なんだ、脱力してるけど早いコードチェンジ・・・・・・・・・・・・・・・・って。

「あぁ、これはギターのコードチェンジのこと。早いけど、いい塩梅で指が脱力しながら移動すると音に安定が生まれるんや。プロ中のプロはこのコードチェンジの指捌きが絶妙で格好ええ」
マニアックな見方だ。
「菜奈ちゃん、今こいつマニアックって思ったやろ」
「思ってません」
「その顔は思ってるわ」
「深いなぁって思っただけです」誤魔化した。私はまた”その顔”をしたのか。気になる。今度カイ君に撮ってもらわないと。

「でも最初のお題で、もし僕がAB型で、仮にネガティブな意味合いのことを言われたとしたら平和的に切り返せばいいって思うよ。こっちの捉え方次第だからね」
「と言うと? 」なんとなくカイ君の解釈が気になる。
「じゃぁ、『AB型は二重人格野郎』って言われたら? 」マスターが問う。
「ラッキー、一人二役っ」 カイ君がニコリと切り返す。
「AB型って好き嫌い激しくない? 」
「僕、正直なんで嘘なんてつけなーい」
「AB型って変わってるよね? 」
「よく言われる、ミステリアスって」
「なるほど。カイ君らしいわ。勉強になった」マスターが誇らし気に頷いている。

「でも、そもそも血液型を気にするのって日本人くらいって聞きません? 」私が二人に問う。
「それはそうだよ。だってアメリカとかフランスに住んでた時も、血液型を相性や性格で結びつけて話すこと無かったもん」おかしいよね、カイ君が言った。
やっぱり。血液型は四種類しかない。世の中、生まれも育ちもみんな違う。それなのに、たった四タイプだけで人間性を括られるはなんか違う。
人間というのはもっと複雑な生き物だ。そんな簡単に語られるものではない。

「僕がしっくりけえへんのは」マスターがティラミスを頬張りながら話し始めた。
「血液型占いが本来もっている相性や性格に影響を与えてるかも知れんって思うことや。血液型が性格を決めてるんやなくて、血液型占いによって性格を決められている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、そんな気がするんよなぁ」
さすがマスター、鋭い指摘だ。

「つまり、もう血液型なんか無くせばええねん。そしたら相性がどうとか、性格がどうとか悩まんくなるやろ? 」
「でも、やっぱり輸血の時に困るから、それはあり得ないかな。だからA、B、O、ABっていう言い方を世界レベルで変えればいいと思う」どうだろ、私も哲学しているんじゃないか。

「いや、そもそも血液型を気にするのは日本人くらいだよ。ほとんどの世界の人は気にしていないし、世界共通の呼称を日本人の為に変えるなんて現実的じゃないよね」カイ君の言う通りだ。

「分かった。とりあえず、『型にはめない』ってことでいいんちゃうかな。血液型占いを信じるもよし、信じないもよし。ただ型にははめない・・・・・・・、それだけや」
「そうですね」
「ですねー」
私もカイ君もマスターの言うことに賛同した。

「だってうちに来てくれるお客さんはルールを守った上で自由に話してるやん?血液型なんて気にしてへん。なんの型にもはまってないねん」
確かにそうだ。

「もしこの店に血液型があるとしたらなんだろうなぁ」そう言い残してカイ君は厨房に戻って行った。

「そんなん決まってるやん。カタルシス型・・・・・・
どや?っていうマスターの顔がなんとなく解せないし、カイ君は完全スルーだ。

でも、てつがく喫茶カタルシスは、型なんかを通り越えたもっと広い世界観のある場所だ。

「型なんてなーい、カタルーシスー」
窓から差し込む明るい光がマスターの声色を優しく包み込む。
型にはまらないこの空間が私は好きだ。 

ドアベルが店内に響く。
「いらっしゃませ」
さぁ今日もみんなと哲学をしよう。

しゃろん;

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