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UNISON SQUARE GARDEN『Patrick Vegee』という執念

時代を読むことは大事らしい。商売をうまく運び、社会を生き抜くのに役に立つらしい。効率よく世界を乗りこなすのに必要らしい。僕の愛する音楽シーンでも時代を読むことを重要視するミュージシャン、批評家、リスナーは数多い。その人たちにとって音楽の評価軸はトレンドを取り入れたであるとか、今っぽい音であるとか、とにかく今、それが必要かという点である。

自分も可能な範囲で流行へと耳をそばだてているが、その時代性のようなものが音楽を評価する上で本当に必要なのかという疑念がずっとある。音楽についてレビューを書く上で、時代の潮流ともリンクした、とか、オントレンドな、といった表現を文中で使おうとする度に沸き起こる「だからどうした?」「で、何が良いの?」という疑問。そこに答えは用意できずにいる。

さて、UNISON SQUARE GARDEN(以下ユニゾン)というバンドがいる。歌とギターの斎藤宏介、作詞作曲とベースの田淵智也、ドラムの鈴木貴雄の3人組。2004年に東京で結成、2008年にメジャーデビュー。2020年現在の規模感としては全国20~30箇所のホールツアーを廻り、アニバーサリーイヤーに行われる大きな公演では1~2万人のファンが全国から集う人気バンドだ。

2010年代の音楽シーンといえば、夏フェスの隆盛や"バズる"というヒット指標の出現といった外面的な要素、共感を呼ぶ歌詞やリズムワークの進化といった中身の部分などで大きく変化があった時代。その渦中にいながらユニゾンは時代を読むことなく活動を保ち続けてきた。支持者を増やし会場キャパを上げながら音楽シーンの頂点に立つ、といった野心や欲望がゼロなのだ。


2020年9月30日にリリースされた8枚目のアルバム『Patrick Vegee』にもまた、執念とも呼べるような現状維持のスタンスが明示されている。躍動するポップなメロディ、斎藤による甘く清冽とした歌声というオープンな側面と、怒涛の如く詰め込まれた情報過多なサウンド、田淵によって紡がれる複雑に入り組んだ言葉というコアな魅力が混ざり合う、いつものユニゾンだ。

元々は7月発売予定だったが、コロナ禍を受けて延期となった本作。収録曲はコロナ禍前後で大きく変化していないがこのアルバムには2020年に必要な強さや優しさが溢れている気がしてならない。「新世紀エヴァンゲリオン」が庵野秀明の心象ドキュメントであるという説と同様に、個人的には田淵智也の現在地での気分を投影したのがユニゾンのアルバムだと考えている。本稿ではその線で『Patrick Vegee』における田淵の心象にタッチしていきたい。

例えば1曲目「Hatch I need」は攻撃的な音の中で<十人いりゃゆうに二十色 存在するからそろそろ気づいて欲しい>と歌われる。「シュガーソングとビターステップ」のヒット以前から何度となく繰り返してきた、俺たちは俺たちでやる、という表明の曲だが、これは多様性なる概念にも通ずる。田淵は絶対に意識していないはずだが、その意志が時代と呼応してしまったのだ。

2曲目「マーメイドスキャンダラス」だってそう。声を引き換えに王子からの愛を求めた人魚姫になぞらえて、自らの"大切"について歌った疾走感溢れる1曲。<絶対とかないよ そんなきれいごと聞けるならここまで生きれてないんだよな>という言葉からは、保証がないからこそ怖く、そして面白い人生の醍醐味が滲む。誰もが自らの生き様を見つめたコロナ禍に響くはずの曲だ。


ユニゾンは常に好きなことしかやらない。この在り方もつくづく潔くて、今の時代には輝いて見える。3曲目「スロウカーヴは打てない(that made me crazy)」では、田淵の愛するバンドthrow curveにオマージュを捧げ、自らの好きを全出力した。<You may doubt "Rock festival" 腕は上がんなくちゃなわけがない>という箇所は引用だが、ユニゾンの基本姿勢でもあるのだ。

<レイテンシーを埋めてます>という前曲からの歌詞を引き継ぎ始まる4曲目「Catch up,latency」はシングル曲だが、繋ぎ方の妙もあってアルバムの中にぴたりハマる。このアルバムは曲をピースとして作品全体で1枚画になる美しさがある(ちなみに受注生産盤の特典はジグソーパズルだ)。アルバムという形態で為せる構造美を細部まで作り込み遊び尽くす。彼らの矜持を感じる。


ここまで来ると、意味がない歌詞と田淵が語る不気味な5曲目「摂食ビジランテ」にだって意味を見出したくなる。<万人が煽る ユートピアに期待なんかしてないから 今日は残します>という締めの言葉は作為的な"良さ"に対して突きつけるNOだ。ビジランテ=自警団が迫ってこようとも、自分の好みに逆らわないという強いメッセージに思える。そしてこのアルバムのキャッチコピーは「食べられないなら、残しなよ。」だ。意味がないって思えるかい?

『Patrick Vegee』は世界がどう歪もうが曲げない精神を刻んだ頑固でロマンチックな作品だ。だからこそ6曲目「夏影テールライト」にももどかしいラブソング以上の思いを感じる。この曲の音楽そのもののことであるようにしか思えない。そう捉えると<君の声をふと見つけてしまう ダメだよ、ほら近づきたい>や<君が目に映す景色の中 いついつでも踊っていたい>という言葉は、田淵の狂おしい程の音楽愛が零れ落ちているように聴こえてくる。

アルバム後半は更に田淵の心象風景が色濃くなる。歴代シングルでも屈指の猛烈さを誇る「Phantom Joke」は、コロナ禍を経た今だとその切実さが胸に来る1曲だ。<まだ世界は生きてる 君が泣いてたって生きてる>、<悲しくちゃ終われない「まだずっと愛してたい」>など、配信ライブ(このアルバムの特典映像として付属)で歌われた時もギリギリの叫びに思わず震えた。

続く「世界はファンシー」でも熱量は持続。とんでもない言葉数で綴られた歌詞は<一聴じゃ読み解けない>程に混乱を誘う突拍子もないブツだが、<一丸っていうのは ただ丸くすることなんだっけ?>という連帯性への疑念や、皮肉たっぷりなトーンで放つ<ハッピー!>など、そこかしこに挑発的なワードが並ぶ。しかしfancyとは空想のほかに好みを意味する英単語でもある。この世界に対する両価的な感情、の面はこの曲でピークを迎える。

9曲目「弥生町ロンリープラネット」からはクライマックスの薫り。田淵の書く歌は時折、こんなにも温かく純朴な感情をくれるのか?と思うのだけれどこの曲はその最たるもの。孤独な惑星なのだとしたら交わることはできないかもしれない、しかし少なからず分かり合うことは出来るかもしれない、そうすればきっと良いことが起こる。ユニゾンの音楽が伝え続けるこの交感のイメージ。押しつけがましくない優しさがこんなフレーズに帰結してゆく。

ほらね、日常が生まれ変わる そんな冬の終わり

そしてぼくらの春が来る

ここで鳴り響くオーケストレーション。このアルバム最古のシングル曲「春が来てぼくら」へ美しくパスされる絶高の流れだ。コロナ禍によって、春という言葉のニュアンスが少しだけ変容した。今も春を待ったまま時が止まった人も多いはず。しかし2年前の春に出たこの曲に刻まれた<間違ってないはずの未来へ向かう>という言葉は時空を超え、新たな物語の1ページになる。雪融けと共に踏み出す一歩。ポジティブなフィーリングが芽生えていく。

壮大な前曲から一転、11曲目「Simple Simple Anecdote」はまるでお話のあとがきのように軽やか。しかしある意味最も"作者のことば"に近く、肉声として聴こえる。<一人ぼっちかも けど不思議と誰かが同じ光を見るなんてことはある わかってよね>という言葉の頼もしさに涙が滲んでしまう。なんとかなるぜモードなこの曲に「簡単で簡潔な逸話」と名付けたセンス、脱帽。

苛烈な感情、いやそれでもまだまだ、、の逡巡を経た先で始まるのが終曲でありながら「101回目のプロローグ」と題された組曲だ。目まぐるしく変わる展開の中で<約束は小さくてもいいから よろしくね はじまりだよ>と誓う。この曲のリスナーを意味してる?なんて言ったらきっと田淵はそっぽ向いちゃうでしょう。でもこの曲だけはそう思わせて欲しい。生きてりゃとんでもないことも起こるけど、大好きなものがあれば人生は楽しい。これつまり、僕は死にません!あなたが好きだから!ということだったり、ね。

『Patrick Vegee』という題は直訳で「パトリックさん家の野菜」。正直よく分からないし、田淵も特に意味はないとしているが、この作品を通して聴けばそこに薄っすらと意義が浮かんでくる。誰かさん家の野菜なんていう自分とは無関係に名づけられたものだって、巡り巡って自分の日々に影響をもたらしてくれるかもしれない。事実、ユニゾンが好き勝手作ったこのアルバムがぶっ刺さって抜けなくなっている自分がいる。時代なんて読まなくたって打ち抜ける心があるし、狙いを定めなくたって分かる人には分かるのだ。

ユニゾンは時代を読まない、と記したが実際には誤っている。正しくは「時代は読んだ、けど知らん」という主義をやり通してきた。世間の動向をチラ見しつつ、好きなことを好きなだけやる。好きなものを好きだと叫ぶ。生きていくうえで当たり前で、とびきり大切なことを8枚のアルバム全てに繰り返し注入してきたバンドがUNISON SQUARE GARDENだ。音楽を評価するうえで何をもって良いとするかはやっぱり今でもさっぱり分からないけど、この音楽を好きな自分がいるという事実。その事実こそ自分の書き手としての軸にしたいし、対象を好きだと伝えるためだけに文章を生み続けたい。肝心なのはそういうことじゃね?って、ユニゾンさん家のアルバムが言ってたよ!

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