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声を重ねるということ〜2.12 ROTH BART BARON 『HOWL』Tour 2022-2023@名古屋BOTTOM LINE

先日、岡本太郎展を観に愛知県美術館に行った時のこと。グッズ売り場を物色しているとどこからか「ワオーン」と鳴く声が聞こえてきた。音の鳴る方、展示室の一角を覗くと、そこに展示してあったのはキュンチョメというアートユニットの「遠い世界を呼んでいるようだ」という映像作品だった。

東日本大震災の被災地で、絶滅したニホンオオカミの遠吠えを模倣するというパフォーマンス映像。誰もいない場所に向け、既に存在しない仲間たちに呼びかけているようで切ない気持ちになった。鳴き声に呼ばれてこの展示室に来た私もまた、画面の奥で鳴き続ける声を眺めることしかできなかった。


「吠える」という言葉で連想したのは昨年リリースされたROTH BART BARONの『HOWL』だ。前作『無限のHAKU』の落ち着いた質感から一転、肉体的で祝祭感に溢れる1作だったが、同時に強い切実さも感じた。そこにいるかもしれないし、もういないかもしれない。しかしそれでも、それでも、と遠くの誰かへと届けるために吠えている音楽だからこその切実さだ。

そんな遠吠えに導かれるように名古屋は今池にあるBOTTOM LINEにてアルバムツアーを観に行った。ROTH BART BARONの新年最初のライブであり、"声出し"が解禁になってから初の『HOWL』ツアー。その感想をここに。


咆哮に応える

ライブはアルバムタイトル曲「HOWL」で《君は昨日どこで眠ったの?》と語りかけるように始まった。ロット率いる三船雅也(Vo/Gt)をはじめとする総勢7人の奏者が音を重ねながら、サビで《今夜 出て行こう誰も僕らを知らない場所へ/世界が美しくなくてもかまわないでしょう/僕らがいるなら》とライブ会場を別時空の理想郷のように変える呼びかけを行う。『HOWL』には聴き手を同じ世界に巻き込むようにしてこちらに“吠える”楽曲がとても多い。目の前で繰り広げられるその咆哮に応え、こちらも体を揺らして反応することができるのがライブだ。次第に、舞台と客席の垣根が消えていく。

また、人間という括りすらも取り払っていくような楽曲を次々と重ねていく。「ONI」はタイトル通り、“鬼”について歌った曲だが恐怖や苦しみを描くことなく、ザクザクと切り込まれるギターに連動するかのような本能的で荒々しい生命の叫びが活写されている。また「Ghost Hunt(Tunnel)」ではファンクなリズムに乗せ、そこらじゅうにいる幽霊たちと踊るように交信していく。異世界でも人ならぬ者でも、”遠吠え“や“呼びかけ“をしさえすればきっと繋がれるという確信。アナログとデジタルの境界のないバンドグルーヴもまたその意志に説得力を持たせている。常識や前提を解いていく音楽だ。


『HOWL』はサウンド面でのアプローチが多様な楽曲が多く、それを軸にしたこのライブはうねるように展開していく。バンドが1つの生き物のように蠢く時間の中で、生と死の瞬きを巧みに表現していく曲順が印象的だった。音源よりも肉体的なリズムが高揚感を誘う「Ubugoe」はコロナ禍でにかけた“の実感”を温めるような曲であり、そこに続いた「髑髏と花(дети)」はの淵から新たなが芽ばえゆく様を見つめる曲だ。生死の境界と命の循環をロットはシアトリカルな曲順と音の抜き差しで丁寧に描き出していく。そして聴き手は動く体と今高揚する心に“生の実感”を得て安心できるのだ。


呼んでいる 遠くから
僕らの名前を呼ぶ声が
懐かしい 覚えている
耳触りの良い あの声が
ROTH BART BARON「HAL」

ライブ中盤、これまでにあった多層的な演奏が止まり、西池達也(Key)のピアノ伴奏のみで歌われる「HAL」が差し込まれる。三船はステージ上に寝転がりなが天井に向けて歌い放つ。4年前のアルバムの収録曲だが、ここにも“声”に導かれる心模様が描かれていた。しかし《僕らには満たされたハッピーエンドは来ないだろう》と少し諦めた様子だ。演奏が終わり、メンバーが再びステージに揃うと『HOWL』の1曲目「月に吠える」を奏で始める。アルバムに一貫する、生命の叫びとしての遠吠えが誰かに届く様を描く曲は「HAL」の諦念を静かに癒していく。過去と今を繋ぐ見事な曲順だった。


生命の叫び

温かく揺らめく「ヨVE」、そして静かに滾っていく「陽炎」を経て、ライブは本編ラストを飾る「MIRAI」で一気に盛り上がりが爆発していく。思い思いのクラップ、そしてメンバーの合唱に追随するように口ずさまれるメロディは讃美歌のように響き渡る。《ねえ僕らがそらに放った歌はいつか いつか/遠い名前も知らない あなたが 歌ってよ》と締めくくるこの曲は、まさに声に呼びかけられ、ここに今集まった人々が手をたたき音を発し歌を歌うことで完成する1曲として相応しい。『HOWL』という遠吠えが、こうして未来を想う1曲へと結実する流れは美しく、そして誠実なストーリーに思えた。



ロットのライブを見ると、メンバーそれぞれの出す音が咆哮のように聴こえてくる。それぞれが呼応し合い、グルーヴを練り上げるセッション性も高く、ステージ上でも”呼びかけ合い”によって成立していることにはたと気づく。アンコールでまず、三船がエレキギターの弾き語りで「New Morning」を歌った時にそれを強く実感した。7分近い楽曲をじっくりと1人で作り上げていくのだが最小単位であろうと間違いなくロットの音であり、一斉に音を発するバンドの編成はロットとしての音の重なり合いなのだと思えた。


アンコールの選曲は、本編で通奏していたコロナ禍の世界と静かに自らの命を並走していくという意思を更に太くなぞるようなものだったように想う。メンバーが再びステージ上に戻ってから演奏された「極彩 I G L (S)」は「New Morning」の静謐さから一転して、地を踏み鳴らすようなエネルギーに満ち溢れている。《君の物語を止めるな》とコロナ禍の真っ只中に刺さる言葉を紡ぎ、《誰かの作った幸せに逃げるな》と鼓舞するこの重要な1曲は本編で辿り着いた祝祭に、ある種のシリアスさを付与していく。フィジカルの喜びを感じつつ、深い思慮を与えていく。ロットの醍醐味がここにあった。


そんなライブを締めくくるのは「鳳と凰」。前作『無限のHAKU』に収められた、シンガロングが印象的な1曲だ。しかしコロナ禍に作られ、コロナ禍に演奏され続けてきた楽曲であり、観客の歌声をライブで重ねることは難しかった。しかしこの2月からライブ会場でも観客の声出しが容認。その折で披露された「鳳と凰」は、まさにこの曲の完成形と呼ぶべきビッグコーラスアンセムとして轟いていた。思い思いの声量で発せられた咆哮とロットの演奏が重なり、会場ごと揺さぶるような強烈なクライマックスシーンだった。バンドが吠え、観客も吠える。隔たりのない空間の中、互いが向き合って互いの姿を認め合う姿。1つの大きな生き物のように生命の叫びを放っていた。

<setlist>
1.HOWL
2.KAZE
3.ONI
4.Ghost Hunt(Tunnel)
5.霓と虹
6.赤と青
7.糸の惑星
8.BLUE SOULS
9.Ubugoe
10.髑髏と花 (дети)
11.化け物山と合唱団
12.場所たち
13.HAL
14.月に吠える
15.ヨVE
16.陽炎
17.MIRAI
-encore-
18.New Morning
19.極彩 I G L(S)
20.鳳と凰


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