マハーバーラタ/3-5.ユディシュティラの説得

3-5.ユディシュティラの説得

ある日の夕方、ドラウパディーは皆の前で悲しみを爆発させた。
「ユディシュティラ、この環境にいる夫達を見るのはもう耐えられない。
かつて住んでいた私達の宮殿を思い出しながら今住んでいるこの場所を見ると、あの柔らかいベッドを思い出しながら今寝ているこのわらのベッドを見ると、どうして悲しくならずにいられましょうか。
あなたは宮殿で王達に囲まれていた時、まるで神々に囲まれたインドラ神のようでした。そのあなたがここではリシ達に囲まれた隠退者サンニャーシーのように見えます。
あなたの腕はいつも私が準備した白檀の粉で香られていたのに、今あなたの腕が埃や塵で覆われているのを見ると・・・いえ、涙で見えなくなるのです。
あなたはいつも柔らかいシルクの白い服を着ていたのに、今のあなたは木の皮を着ています。
そしてあなたの弟達を見ると、悲しみが一層深まっていくのです。
ビーマを見て。
木の下で虚ろになって座っています。彼は木の根やフルーツでは体が維持できず、痩せ細っています。全く幸せそうには見えません。あんな変わり果てた彼を見るのは耐えられません。彼はハスティナープラへ行ってカウラヴァ達を殺す準備ができていますが、あなたの同意が得られず、途方に暮れているのです。
アルジュナを見て。
全世界において匹敵する者のいないこの英雄、勇敢なパーンドゥの息子がいつも小石を湖に向かって投げながら座っています。水面のさざ波を見ながらビーマと一緒に何時間もそうやって座っています。これほど痛ましいことがありますか?
あのハンサムな双子を見て。
有能な剣士がいつも果物を運んでいます。パーンドゥと共に火葬の薪に上がったマードリーが夢見ていたのはこんな仕事をしている姿ですか?
あなたの父パーンドゥ、母クンティー、そしてマードリーは英雄であるはずの息子達の今の状況を見たら何と言うでしょうか? 私の心はまさに焼き尽くされています。でも、あなたは微笑んで幸せそうにしています。
あなたは一体何なの? こんなおかしなクシャットリヤは見たことがありません。私達に降りかかっている困難に何も心配していないの?
私は怒りと屈辱の思いで一日中燃えているの。
あなたは何も感じないのね。怒りを出さないクシャットリヤなんてクシャットリヤじゃないでしょ。
忍耐が美徳だと信じているのでしょう? 違うわ。忍耐のしどころはそこじゃない。今は忍耐の時じゃない。敵に対して、耐えるのも許すのも間違っています。怒りこそクシャットリヤの装飾品なのよ。今は情け容赦なく怒りを発揮するべき時なのよ。
怒りと忍耐両方が美徳だということは知っています。でも忍耐強さだけを盲目的に信じてはダメです。
怒り続けることは良くないし、忍耐し続けることも良くないと思う。クシャットリヤは両方を組み合わせなければならないの。
家臣でさえ、忍耐だけの人をずっと尊敬し続けたりしません。
どうか私の言葉を聞いて。少しは気迫を見せて!
ここにいるブラーフマナ達やリシ達といつも一緒にいるあなたは、おかしな幸せをつかんでしまっています。執着が何の意味もなさないという境地に達したブラーフマナのようになっています! あなたにはやるべきことがあるの! 私の為でなくてもいい。あのかわいそうな弟達の為にもっと気迫を見せてほしいの」

最愛のドラウパディーの言葉を聞いてユディシュティラは申し訳なく思った。あの日の自らの愚行によってたくさんの痛みを弟達や妻に与えてしまった。
しかしユディシュティラ本人は自らに降りかかったこの災難を気にかけていなかった。彼は実際サンニャーシーになってしまっていた。喜びと痛み、楽しみと悲しみが同じに見えるという人生の最終段階に一人で到達してしまった。
そして、弟達や妻は、約束を守り耐え忍ぶというユディシュティラのダルマの足かせをかけられていた。彼らは兄が動いてくれることを期待していた。
だが、ユディシュティラはダルマの道から逸れるべきではないと固く信じていた。
彼はダルマの息子で、彼女は火の娘。この二つの性質は決して調和することはなかった。

ユディシュティラはドラウパディーを近くに座らせた。
両手で彼女の震える手を握り、涙を拭ってあげた。
「我が王妃よ。私はあなた達をちゃんと見ています。皆の姿を見て私の心が揺らがないなどとは思わないでほしい。そこまで思いやりのない人間ではありません。私だってあなたの心の中にある怒りと同じものを感じている。
だが、よく聞いてほしい。
今はその時ではないのだ。怒りを出す時ではないのだ。今は耐え忍ぶ時なのだ。
怒りとは恐ろしいもので、内側の目、つまり智慧の目を見えなくさせてしまいます。その人を滅ぼしてしまうように導いてしまうのだ。怒りを装飾品として身に着けてはならないのです。
忍耐を練習すべき時です。それが難しければ難しいほど意志を強く持つべきです。
13年間を約束通り過ごします。私は撤回することなどできません。私は強い意志をもって怒りを制御します。怒りに屈することは弱さです。
おそらくこの私の言葉はあなた達には心地よくないでしょう。しかし、事実を向き合わなければなりません。今は怒りを示す時ではないのです。どうか怒りを抑えてください」

ドラウパディーの怒りはその言葉でなだめられることはなかった。
「運命がどんなものよりも力強いということは知っています。
私はあなたに弟達や妻の苦境を知ってほしいのに、あなたはダルマの偉大さを語っています。あなたのダルマとはリシ達と共に座って超越した世界の話を聞くことだと言っているように思えます。
あなたは私達と一緒にいるよりも、彼らと一緒にいる方が幸せなのでしょう? あなたはダルマの為に全てを捨てる準備ができているのでしょう?
でもね、聞いて。私達がここにいます。
ダルマと私達を天秤にかけた時、ずいぶん私達が軽く見られているように感じるの。あなたのダルマに対する狂気が私達に対する愛よりも強いのよ。
あなたの言う忍耐とは何なのでしょう? 私には全く理解できません。おかしくさえ見えるのです」

ユディシュティラは微笑んで言った。
「忍耐とは、強情な女性のようなものです。彼女は住む場所として人を選びます。あなたは彼女に選ばれなかったのです。ドゥルヨーダナも選ばれませんでした。弟達も選ばれませんでした。私が選ばれたのです。光栄に思います。彼女をがっかりさせるような振る舞いはできません」

会話はしばらく途切れた。

彼らの会話を聞いていたビーマが近づいて話しかけた。
ドラウパディーと同じくらい怒っていた。
「兄よ。ダルマについて話すことが何の役に立つと言うのだ? そのダルマが導いたこの場所を見てくれ。真実の道から逸れたことが無い私達の結末がこれだ。いったい何を得たと言うのか? まるで動物のように13年間を過ごさせようとしているではないか。
そしてカウラヴァ達はどうなんだ? 彼らは公正な戦いで王国を勝ち取ったのか? 私達に正々堂々と挑み、戦いで打ち負かして王国を手に入れたのか? 違う! あいつらはサイコロゲームを計画して兄の唯一の弱点を利用して目的を達成した。用意周到に汚い手を使ったんだ。
目の前で王国が奪われた。王であるあなたの振る舞いによって私達は縛られていた。今もそうだ。沈黙を強要されたんだ。ガーンディーヴァを傍に置いていたアルジュナも、二つの力強い手を持つこのビーマもおとなしくさせられていた。あいつらを殺してやろうとした私達をあなたが止めたからだ。
ドラウパディーがあの獣たちに辱められていた時、私達は何もできなかった。なぜか? あなたが止めたからだ。あなたが黙っていたから私達も沈黙したのだ。
今起きていることは何だ? あなたのダルマへの献身によって私達に与えられた結果は何だ? 追い詰められた動物のように森をさまよっている。そして13年目に起きることは何か? まるで追い詰められた犯罪者のように隠れて過ごさなければならない。これがあなたのダルマの結果だ!
そしてあいつらのアダルマの結果は何だ? 私達の王国をあいつらに与えた。王国だけではない。自分で稼いでいない富、ふさわしくない平和、心地よさを与えた。
彼らが公平な方法で私達の王国を勝ち取ったなら、先ほどのあなたの忍耐についての話は納得できる。
だが、兄よ。彼らは不公平な方法で、騙しによって奪ったのだ。
トゲはもう一本のトゲによって抜かれる。
アダルマに対してはアダルマを使って対抗しなければならないのだ。
このドラウパディーの姿を見てくれ。パーンチャーラの王女が木の皮を身に着けている姿を。あなたの目には涙がやってこないのか? あなたの血は煮えたぎらないのか?
お願いだ。兄上、このブラーフマナ達の元から離れよう。
弓矢を手に取ってハスティナープラへ進軍させてくれ。あいつらを滅ぼしてクル一族のダルマを取り戻すんだ。
世界中の出来事への関心を失った人のようになるのはやめてくれ。
私達は五つの火だ。カウラヴァ一族を燃やし尽くすことができるんだ。頼む。クシャットリヤらしく振舞ってくれ」

ユディシュティラはビーマの話を聞いた後、数分間黙って座っていた。
そして話し始めた。
「ビーマ。あなたの言うことは正しい。この苦境をもたらしたのは私だ。その私に向けられた非難全てを受け止めます。その非難という名の矢が間違いなく私の心に刺さり、私をひどく傷つけました。そして、それに関してあなたに反論することはありません。私は私自身を非難します。
サイコロゲームを始めたら理性的な考えを失ってしまうことを知っていたシャクニの方が賢かったのです。気が付いた時には全てを失っていたという状況に導く方法を彼は知っていたのです。全ては起こるべくして起こったのです。
全ての物を失い、命よりも大事な愛する弟達を奴隷にしてしまいました。ドラウパディーを賭けて失ったことに関しては、あまりに残酷すぎてもう考えることすらできません。
あなた達が厳しい言葉で叱責して私を傷付けた時、私は黙って聞いていました。なぜならあなた達二人の話が正しいと分かっているからです。
私はその叱責の言葉を受けるに値します。
しかし、私の考えを変えさせようとしているなら、残念ながらそれは間違いです。私は12年間森で過ごすことを約束しました。そして1年間身を隠して過ごすことを約束しました。私はそれに従います。
私にとって、真実とは、つまり偽りがないこととは、この地上の全ての富よりも大きいのです。
約束の13年間を過ごし、あの罪深いドゥルヨーダナが私の王国を返還することを拒んだなら、その時は、ビーマよ、あなたが望むくらいの怒りを現すでしょう。
ドゥルヨーダナはきっと盗み取った王国を手放さないだろうということは分かっています。きっと拒むに違いない。
その時なのです。その時、あなたはカウラヴァ達との戦いという心からの願いを叶えられるのです。
ビーマ、あなたはクル一族の死体の中で踊るのです。
アルジュナはラーデーヤや彼の親族に怒りを爆発させるのです。
サハデーヴァはシャクニを殺し、ナクラはシャクニの息子を殺すのです。
その時あなた達は願いを叶えて全員で幸せになるのです。
ドラウパディー、あなたは敵達の死体を見て安心するでしょう。
私も共に戦います。怒りを持って戦います。これからの13年間で身を焦がし続けることになる怒りと憤りで爆発するでしょう。
あの集会ホールで、挑発に対して黙って立っていたユディシュティラだとは思えない姿で暴れ回るでしょう。
愛するビーマよ。今ではないのだ。その全ては13年間を終えてからなのだ。分かってくれ。
そしてカウラヴァ一族のこれからの13年間は、決して平穏ではないはずだ。伯父ドゥリタラーシュトラも彼の息子ドゥルヨーダナも、不公平な方法で王国を奪ったことを分かっている。その罪が彼らから心の安らぎを奪うのだ。ドゥリタラーシュトラはまさに今、13年間が終わるのを恐れながら過ごしている。あのような罪を犯してしまった者は、死よりもひどい苦しみを経験するのだ。
私があの日、あなたが激怒を露わにするのを止めた理由が分かるかい? いっときの感情で間違ったことをしてはならないからです。ビーマ、適切な時というのはやってくるのです。
そして、私達はダルマの範囲内で好きに振舞えます。しかし、今ではないのだ。
聞きたくないかもしれないが、聞いてくれ。
誰も私をダルマから逸れさせることはできない」

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