マハーバーラタ/7-10.日没

7-10.日没

サーテャキの目はようやくアルジュナの姿を捉えた。

クリシュナが彼の姿を見つけてアルジュナに話しかけた。
「おお、アルジュナ! あなたの弟子が来てくれた。
ドローナクリタヴァルマーの軍を突破してあなたを助けに来てくれた」

アルジュナの頭には心配がよぎった。
「兄は? ユディシュティラは大丈夫なのか?
彼に会えたことはとても嬉しい。
だが、彼には兄を守るよう頼んであるんだ」

クリシュナが答えた。
「あなたの兄はあなたのことを心配して送り出したんだ。
アルジュナの手助けが必要だと判断したということだ」

その時、サーテャキの前にブーリシュラヴァスが向かって行った。

「サーテャキ! 待っていたぞ!
我が父ソーマダッタの恨み、今こそ晴らさせてもらう」

かつてクル一族のソーマダッタとサーテャキの祖父シーニの間で、デーヴァキーを巡る争いがあった。

デーヴァキーのスヴァヤンヴァラが行われた時、シーニはヴァスデーヴァの花嫁とするために彼女を連れ去ろうとした。
それに憤慨したソーマダッタはシーニに挑んだが敗北した。
さらにシーニは彼の髪を掴み、胸の上に足を乗せた。
これはクル一族の子孫であるソーマダッタにとって大きな侮辱であった。
その後、彼は神に祈り、自分の息子が自分の代わりにシーニの子孫に同じ仕返しができるという恩恵を手に入れた。

この場にはまさにシーニの家系の子孫が3人いた。
ヴァスデーヴァとデーヴァキーの息子クリシュナ、
クンティーの息子アルジュナ、
そしてシーニの孫サーテャキであった。

サーテャキはこの日の激しい連戦で既に疲れ切っていたが、
目の前に現れた敵に対して、残された力をふりしぼって戦った。
それに対してブーリシュラヴァスには神の力も加わって、力がみなぎっていた。

アルジュナとクリシュナはその戦いを見ながらもジャヤドラタを倒すために前進しなければならなかった。

ブーリシュラヴァスの激しい一撃を受けてサーテャキの感覚はふらついた。
そして地面に倒れ、気を失った。
ブーリシュラヴァスはサーテャキの髪を左手で掴み、胸の上に足を乗せた。
父ソーマダッタの恨みが果たされた瞬間であった。

クリシュナがアルジュナに言った。
「あのような侮辱は許してはならない。助けに行くんだ!」
「いや、ただ髪を引っ張っているだけだ。殺そうとしているわけではない。
ブーリシュラヴァスはクル一族の公正な戦士だ。
父の恨みを果たすためにあんなことをしているだけだ。
それよりも私はジャヤドラタを・・・」

アルジュナがそう話していると、想像と異なることが起きた。

ブーリシュラヴァスが右手に剣を持った。
気を失っているサーテャキの首に剣を振り下ろそうとしていた。

クリシュナが恐ろしい顔をブーリシュラヴァスに向けた。
「アルジュナ! サーテャキを助けるんだ!!」

サーテャキに向かって剣を振り下ろそうとしている右手が
アルジュナの矢によって切り落とされた。

ブーリシュラヴァスの怒りの表情がアルジュナに向けられた。
「アルジュナ! お前は今日恥ずべき行いをした。
自分と戦っていない者に対して攻撃をしたんだ。それはアダルマだ。
お前はクル一族の恥だ!!
そこにいるヴリシニ一族の息子も同罪だ!」

その言葉にはアルジュナは激怒した。
「クリシュナのことを悪く言わないでくれ!
彼は我が神で、我が師だ。
この不公平な戦いが起きないようにしてくれていたんだ。
そして我が友、我が弟子のサーテャキは私の為に戦ってくれていた。
その彼が不公平な戦いを強いられ、自らを守れなくなった時、
放っておくなんてできるか! それこそ罪ではないか!
戦える状態ではないと知りながら攻撃するのがダルマなのか?
あなたはダルマについて語る資格なんかない。
昨日我が息子アビマンニュが残酷に殺された時、
あなたはアダルマを止めなかったのだろう?
戦闘馬車を失い、武器も防具も失った彼を取り囲んで攻撃したと聞いた。
なぜあなたはその非道な行いを止めなかったんだ!
私がサーテャキを助けたのは何も悪いとは思っていない。
私の為に戦う者を私は助ける。これが私のルールだ」

誰も反論する者はいなかった。
アルジュナは言葉を続けた。
「私がクシャットリヤに生まれたことを残念に思います。
クル一族の中で最も高貴なあなたに対して、こんなことをしなければならないなんて。あなたにこうさせたドゥルヨーダナをただただ恨みます」

ブーリシュラヴァスは頭を下げて、アルジュナの言葉を認めた。
生きる希望を失い、肉体を手放すヨーガの体勢の準備を始めた。
地面にクシャの葉を広げて座り、空を指差した。
彼の心は次の世界へ向かっていた。

皆が息を飲んで彼の指が差した方向に目を向けた時であった。
サーテャキが突然目を覚まし、剣を手に取った。
ブーリシュラヴァスに向かって突進した。
「やめろ!」
アルジュナが止めようとした。
しかし、サーテャキは気にかける様子もなくブーリシュラヴァスの首を落とした。

片腕を失い、全く無防備な状態で座っていたブーリシュラヴァスはサーテャキによって殺された。

サーテャキはアルジュナに反抗的な目を向けた。
「私が間違ったことをしたというような目を向けていますが、
私はそうは思っていません。
私を侮辱し、気を失っている時に殺そうとした者を殺しただけです」

天に集まっていた神々の言葉が聞こえた。
「このことに関してサーテャキは非難を受けるべきではない。こうなることは既に定められていたのだ。ブーリシュラヴァスはサーテャキによって殺されるべきであった。彼は間違っていない」

アルジュナは心の中ではサーテャキの行為を認めていなかったが、何も言わなかった。

アルジュナは振り向いて言った。
「日没までもう時間がない。急ごう!」

ジャヤドラタが守られている方へ急いで進んだ。
残されたカウラヴァの英雄達がアルジュナの進行を止める為に集まった。

ラーデーヤがアルジュナと戦う為に前に出た。
アルジュナの代わりに戦う為にサーテャキが間に入った。
ラーデーヤがサーテャキに目を向けた。

アルジュナは言った。
「おお、クリシュナ。ラーデーヤはサーテャキと戦えるつもりのようだ。
しかし、ラーデーヤは私が倒したい。戦闘馬車を彼の方へ」
「いや、大丈夫だ。サーテャキと戦わせよう。
ラーデーヤと戦うのは後でいい。今はジャヤドラタの所へ行かなければ。
彼に構っている暇はない。もう太陽が沈んでしまう」

その時、クリシュナはラーデーヤの持つシャクティ、インドラによって与えられた一撃必殺の武器を恐れていた。
シャクティを持っている間はアルジュナと戦わせてはならない。
クリシュナはそう決めていた。

クリシュナはパーンチャジャンニャのほら貝をリシャバの旋律で吹き鳴らした。
それを聞いたクリシュナの御者ダールカがガルダの旗を掲げたクリシュナの戦闘馬車を運んできた。
「サーテャキ、使ってくれ。私の武器も積んである」

ダールカの運転する戦闘馬車に乗ったサーテャキは勢いを取り戻して戦い始めた。

アルジュナはジャヤドラタに向かって突進した。
ジャヤドラタを守る者も少なくなり、彼は自ら戦い始めなければならなかった。太陽が沈むまでアルジュナの猛攻に耐えることができれば彼の勝利であった。彼もまた必死に自らを守るために戦った。

太陽は西の水平線で赤く染まり始めていた。

クリシュナは時間が足りないことを悟った。
「アルジュナ。もう太陽が沈む。
今から私のヨーガの力を使う。心配はいらないから言うことを聞いてくれ。
私が撃てと言ったらアストラをジャヤドラタに向かって放つんだ」

クリシュナはチャックラを放ち、太陽を隠した。
戦場を暗闇のカーテンが覆った。

カウラヴァ軍に歓声が広がった。
「日が沈んだ! 勝った!」

周囲が暗くなったのでジャヤドラタは戦闘馬車から顔を出して、
自分の命の為に沈んでくれた太陽の方を見ようとした。

クリシュナはその瞬間を逃さず言った。
「今だ、アルジュナ! 撃て!!」

アルジュナはその声に反応し、パーシュパタを放った。
それはジャヤドラタの首を体から切り離した。

クリシュナはさらに叫んだ。
「もう一発だ! ジャヤドラタの首を彼の父の膝の上まで飛ばすんだ!
理由は後だ、急いでくれ!」

アルジュナは言われた通りにアストラを放ち、ジャヤドラタの首が地面に落ちる前に拾い上げた。
そしてジャヤドラタの首は空高く、遠くへ飛んでいった。

クリシュナがチャックラを引き下げると、
沈みかけの太陽が顔をのぞかせた。
まるでまだ沈んでいないと全員に証明したがっているかのように一度輝き、
そして、西の丘の向こうへ消えていった。

ジャヤドラタの首はサマンタパンチャカの近くまで飛んでいった。
夕方の祈りを捧げていたジャヤドラタの父、ブリハクシャットラの膝の上に乗せられた。
祈りの儀式が終わり、立ち上がると、彼の膝の上からジャヤドラタの首が地面に落ちた。
次の瞬間、ブリハクシャットラの頭が千の破片に砕け散った。

アルジュナはパーシュパタを引き下げるマントラを唱え、一息ついた。
冷たいそよ風が戦場を通り過ぎていった。

クリシュナはアルジュナを抱きしめた。
アルジュナは彼の足元に跪いた。
「神よ。あなたのおかげです。あなたの恩恵によって我が兄ユディシュティラは勝利し、この世界を統治することになるでしょう。あなたこそ私達を導いてくれる人です」

クリシュナは微笑んだ。
「今日のあなたとサーテャキは偉大な功績を残しました。敵軍の7アクシャウヒニが破壊されました。見てみなさい」

ビーマは勝利の叫びを上げ、戦場に響き渡った。
ユディシュティラはビーマの声を聞いてジャヤドラタを殺すことに成功したことを理解した。

アルジュナは兄ユディシュティラの元へ急いだ。
帰り道でクリシュナに尋ねた。
「ジャヤドラタの首のことだが、なぜあんなことをさせたんだ? 教えてくれ」
「ジャヤドラタの父、ブリハクシャットラは偉大な苦行によって息子を授かったんだ。その息子は普通の人間によっても普通の武器によっても決して殺されることがない戦士だ。
だから最も偉大な戦士アルジュナが放つ偉大なアストラ、パーシュパタで倒すことができた。
そしてブリハクシャットラはもう一つ恩恵を授かっていた。
それは息子ジャヤドラタの首を地に落とした者の頭を千の破片に砕くというものだ。
だから息子の首を彼に返させたんだよ」
「そうだったんだ。ありがとう。助かったよ」

アルジュナ、クリシュナ、サーテャキ、ビーマはユディシュティラの元へ帰った。
ユディシュティラは一人一人抱きしめて言った。
「良かった。生きていた。あなた達に会えてうれしい。
クリシュナ、あなたのおかげでアルジュナは誓いを果たせた。ありがとう」
「ユディシュティラ王よ。それは違います。ジャヤドラタはあなたの怒りの炎によって殺されたのです。善人の怒りというのはそれほど力強いということです。あなたの怒りによってアルジュナはこの残酷な役目を全うしたのです」

パーンダヴァのキャンプには喜びが広がった。

(次へ)

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ひろさん@シャンティライフ
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