マハーバーラタ/3-12.ビーマとハヌマーン
3-12.ビーマとハヌマーン
バダリーの自然は辺りにたくさんの恵みを与えていた。
他では見られない花が咲く場所だった。その美しさを表現できる言葉は見当たらないほどだ。
ドラウパディーが目の前に広がる美しい景色を見ていると、一輪の花が彼女に向かって咲いた。その香りはまるで感情を奪われるかのようであった。
しばらくその花を手に取って眺めていると、ビーマが通りかかった。
「ビーマ、見て。このお花。サウガンディカね。この香り。なんて素晴らしいのかしら。
ねぇ、この花をもっと摘んできてくれない?」
「もちろんだ。たくさん採ってきてあげよう。待っていてくれ」
ビーマはドラウパディーを喜ばせることができるというだけで幸せだった。
同じ香りがする方向へ進んだ。その姿はまるで猟犬のようだった。
香りのする方へ進み続けた。
アーシュラマからかなり離れてしまったことに気付いたが、ほら貝を吹き鳴らしてさらに森の方へ進んだ。
そのほら貝の音は眠っているライオン達を目覚めさせた。
その森には偉大なハヌマーンが住んでいた。
ビーマのほら貝の音が彼を深い眠りから覚ました。
尻尾を揺さぶり、地面に叩きつけた。その音は山の洞窟の中に轟いた。
ビーマがその音に気付いた。
まるで戦いを挑んでいるかのように聞こえたので、その音の方へ急いだ。
巨大な岩の上に座る大きな猿がいた。
ビーマが近づくとその猿は目を半分開けた。
「若者よ。なぜそんな大きな音を出すのだ? そのほら貝の音が私を深い眠りから覚ましてしまったのだ。この辺りの人間は動物に親切なのだ。この地に住む者達への配慮が無いお前はよそ者だな?
お前は誰だ? この森の中へは入れさせんぞ。
親切で言っているんだ。そこにあるフルーツを食べたら帰るがいい。
この先へは行くことはできない。これは嘘ではない」
人間のように話す奇妙な猿に対してビーマは返事をした。
「あなたこそ誰ですか? あなたは普通の猿ではない。猿の形をした神か何かに違いありません。
私の名はビーマセーナ。ヴァーユの息子で、母はクンティーです。クル一族によって追放されたパーンダヴァ兄弟の一人です。
弟アルジュナが天界から帰る時にこの地に降り立つのでこの山に来ています」
猿は微笑んだ。
「なるほど。事情は分かった。だが、私はここから動かない。この先へは行かせない。来た道を帰るのだ」
ビーマは苛立った。
「いや、私はこの先へ行く。どいてください。邪魔するなら後悔することになりますよ」
「あまりにも年を取ってしまって動けないのだ。どうしても進みたいと言うなら、この体を飛び越えていくがいい」
「そんなことはできない。年上の人の体を飛び越えるなんてそんな失礼なことはしない。ですが、どうしてもそうしろというなら、かつてハヌマーンが海を飛び越えたように、あなたを飛び越えなければならない」
「ハヌマーン? お前の言うハヌマーンとは誰のことだ? お前の発する優しく穏やかな声でハヌマーンを尊敬しているのが分かるぞ。ハヌマーンにとは何者か話してくれ」
「あなたはハヌマーンのことを知らない猿なのですね? そんな猿がいるのか。
ハヌマーンは全ての猿の中でもっと偉大な猿です。彼はヴァーユの息子なので、私の兄にあたります。彼は偉大な帰依者で、シュリーラーマに仕えたことでとても有名です。
ラーマが妻のシーターをさらわれたとき、彼は海を飛び越えてシーターへ伝言を運んだそうです。
彼の勇敢さや強さの前では私など取るに足らないが、必要とあらばあなたと戦います。私はこの森の中へ行くのだ。道を開けてください」
「どうか腹を立てないでくれ。本当に年を取りすぎて動けないんだ。道を遮っている私の尻尾を押しのけて進むといい」
ビーマは左手でその尻尾を脇に押しのけようとした。
だが、できなかった。その尻尾は全く動かなかった。
驚いたビーマは、今度は両手で押した。
しかしできなかった。
何度も何度も試みたが、尻尾は全く動かなかった。
猿は楽しそうに微笑みながらずっと座っていた。
ビーマは負けを認めた。恥ずかしそうに頭を下げた。
ビーマは猿の前にひれ伏して言った。
「先ほどの私の言葉を許してください。横柄になっていました。
あなたは年長者で、私はまだ若者です。どうか子供の過ちを大目に見てください。
あなたは誰ですか? あなたは猿の中の王に違いない。あなたのことを教えてください」
「我が名はハヌマーン。ヴァーユの息子ハヌマーンだ」
その言葉が出るとすぐに彼らはお互いに抱きしめ合った。
「おお、兄よ、我が兄よ・・・」
お互いの頬に涙が流れた。
ビーマは兄に会えたという思いで興奮していた。
そして彼らはしばらく会話を交わした。
ハヌマーンが言った。
「あなたの強さは素晴らしい。この素晴らしい出会いの思い出として何か願い事を叶えてやろう」
「あなたが共にいてくれるならそれだけで十分です。それを知るだけでカウラヴァ一族を滅ぼすことができますから」
「いいだろう。戦争が始まる時、私はアルジュナの馬車の旗に座る。きっと戦いを眺める特等席に違いない。私の雄叫びであなたの軍隊に新たな命を吹き込み、敵を怖がらせてやろう。いつもあなたと共にいよう。あなたの険しい道を進みなさい」
彼らはもう一度抱き合ってから別れた。
ビーマは兄との出会いで心を満たしながら、香りのする方へさらに進んだ。
川にたどり着いた。その川の水面はドラウパディーが欲しがっていた花で満たされていた。気がおかしくなりそうなほどの強い香りに満たされていた。
その場所はクベーラの庭だった。
その庭を守るラークシャサ達はビーマが侵入するの発見し、呼び止めた。
「誰だ? この庭はクベーラ様のもので、何者も入ってはならぬ」
「私はビーマ。パーンダヴァ兄弟の一人だ。妻のドラウパディーがこの美しい花を欲しがっている。この花を摘んで帰りたいのだ」
「それはならぬ。この花は全てクベーラ様のものだ。誰も触れてはならぬ。どうしても欲しいなら我らが主の許しをもらってくるのだ」
「なぜだ? これらは花は川の水面にある。川は誰のものでもない。川の水面に咲く花も誰のものでもない。私はこのサウガンディカの花を摘んで帰る。誰も私を止められない」
そう言いながら、ビーマは川の畔へ進んだ。
ラークシャサ達はビーマを攻撃した。
しかし彼は素手と槌矛であっという間に彼らを蹴散らした。
そして花を摘み始めた。
野生の象のように川に入り込んだ人間のことがクベーラの耳に入った。
クベーラは笑って言った。
「それはビーマだ。放っておきなさい。彼にサウガンディカの花を摘ませてやりなさい。戦わなくてよい。彼は友達だ」
その伝言を聞いたビーマは安心し、クベーラの愛情に喜んだ。
その頃ユディシュティラとドラウパディーは彼がなかなか帰ってこないことを心配していた。
ガトートカチャに運ばれ、ビーマが進んでいった跡を追った。
彼らはすぐにクベーラの庭にたどり着いた。
そこにはビーマによって殺されたたくさんのラークシャサの死体があった。
そしてその先でたくさんの花を抱えて座っているビーマを見た。
ユディシュティラが彼の所へ駆け寄り、愛情深く抱きしめた。
クベーラもその場所にやってきて彼らを歓迎した。
「ここに数日留まって休むといい」
「いえ、私達はもっと北へ進みたいのです」
その時、天からの声が聞こえた。
「これより北へ進む必要はありません。あなた方はバダリーへ引き返しなさい。アルジュナはそこへ戻ってくるでしょう」
その声を聞いた彼らはバダリーへの道を引き返した。
そしてアルジュナと再会できる日を待ち望んだ。
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