マハーバーラタ/1-26.火事からの脱出
1-26.火事からの脱出
ヴィドゥラの親友の炭鉱夫がヴァーラナーヴァタへ送られていた。
彼はユディシュティラの所へやってきた。
「私はヴィドゥラに命じられて来た炭鉱夫です」
ユディシュティラはヴィドゥラが以前ミエッチャ・バーシャで話した言葉を口にした。
友人のふりをして近づいてくる者に対してこのように振る舞い、その反応を見ることで注意深くテストしていた。
「ヴィドゥラ伯父さんはどんなことを指示したのですか?」
「ヴィドゥラはこの宮廷の罠について話してくれました。この宮廷とガンジス河の川岸をつなぐトンネルを掘るように頼まれています」
「なるほど。それはいい考えです。すぐに始めてください」
その作業は簡単ではなかった。宮廷の中にはいつもプローチャナの監視の目があった。パーンダヴァ兄弟のお世話をすると言いながら、実際には逃げないように見張っていた。
そこでパーンダヴァ兄弟はプローチャナをおびき寄せる為に、昼間の時間をなるべく外で過ごし、周りの森に出かけて狩りを楽しんでいるふりをした。それにはもう一つ目的があり、脱出する時の為に土地勘を養っておきたいからであった。
そしてトンネルが完成した。そのトンネル自体は巨大なものであったが、宮廷側の入口はとても小さく庭に作られ、高価な敷物がのせてあった。
パーンダヴァ兄弟がヴァーラナーヴァタへ来てから約一年が経ち、プローチャナは彼らの信頼も得られ、機が熟したと考えた。
プローチャナを密かに監視していた炭鉱夫がユディシュティラに伝えた。
「月がほとんど現れなくなる晦の夜、世界が暗闇に包まれる時、計画は実行されるでしょう」
ユディシュティラはビーマを呼んだ。
「ビーマ、時が来ました。数日の内に私達が自ら火をつけて脱出します。
その準備を始めよう。私達の数と同じ六人の者をここに置いていく。もちろんプローチャナはいつも通りここにいてもらおう。火をつけたらトンネルを通って、みんなでこの『シヴァ』から脱出する」
翌日クンティーは町の貧しい人々へ食事を振舞う祝宴を準備した。
五人の息子を持つニシャーダの女性に目をつけていた。いつも彼女に対して愛想よく振る舞い、友達のように接していたので、息子達を連れてその祝宴に参加してくれた。たくさんの酒を振舞い、その女性と五人の息子はすっかり酔っぱらってしまい、宮廷の中で眠った。プローチャナも気持ちよく酒に酔っていた。
ニシャーダの女性、その五人の息子、プローチャナ。七人が宮廷の中で眠っていた。
夜遅く、パーンダヴァ達は静かに素早く準備した。
ビーマはクンティーと他の兄弟達を先にトンネルに入らせ、たいまつを手に取った。
彼は燃えるたいまつを手に、宮廷の隅々まで建物の壁に火をつけながら踊り回った。油やギーが入っている壺の場所も、プローチャナが泥酔している場所も把握していた。
宮廷全体が燃え始めていた。
ビーマはトンネルへ急いだ。トンネルの入口の扉は敢えて開けたままにしておいた。崩れてきた瓦礫がその入口から入り込むことで、そのトンネル自体の発見を遅らせる為であった。
宮廷の燃える音が響き渡り、町中が大騒ぎになった。
宮廷を取り囲む堀のせいで町の人はパーンダヴァ兄弟達を助けに行くことができなかった。
「この悲劇はきっとドゥリタラーシュトラと彼の息子の仕業だ! 何の罪もないパーンダヴァ達をこんなひどい方法で殺すなんて!」
町の人々は若き王子達とその母親のために嘆き悲しみ、宮廷が灰になるのを一晩中眺めていた。
パーンダヴァ兄弟とクンティーはトンネルの中を走っていた。
建物が崩壊する音が後ろから聞こえた。
クンティーと兄弟達は眠さのせいもあって速く走ることができなかった。
「まずい、脱出する前にトンネルが崩れてしまう!」
ビーマは彼ら全員を担ぎ上げた。
母を背に、双子を腰に、そして残りの二人を両腕に、この偉大な英雄はトンネルを走り切った。
彼らはガンジス河の岸から、宮廷が燃えて赤くなっている空を遠くから眺めた。川はいつものように穏やかに流れ、彼らを癒した。まるで『こんな出来事に悩まないで。それはいつか去っていくのです』そんな風に教えているかのようであった。
ヴァーラナーヴァタの南へ向かうと、思慮深いヴィドゥラの命によって指示された男が待っていた。
「良かった。ヴィドゥラ様の予想通りここに来てくれましたね。あの宮廷が燃えるのを見て心配していました。ここ数日間、毎晩ここで待っていました。この先にボートがあります。対岸に着いたら南に進むようにとのことです。星を見れば道は明らかでしょう。これから数ヶ月間、行き先も存在も隠しておくよう言われております」
ユディシュティラはミエッチャ・バーシャで確認することで、行く先々で周囲に配置されているスパイや敵を見分けることができた。
船乗りがやってきた。
「ヴィドゥラ様から命じられてここにいます。毎晩ここでボートと共に待っていなさいと。『いつか』パーンダヴァ兄弟が母親とやって来るので、彼らを乗せてガンジス河を渡らせなさいと言われています。パーンダヴァ兄弟を案内するという重要な役目を与えていただき、感謝しています」
こうして彼らは川を渡り、森の中に入っていった。暗い夜だったがとにかく急いだ。できるだけ遠くまで行かなければならなかった。