マハーバーラタ/6-30.ビーシュマ陥落

6-30.ビーシュマ陥落

大戦争の十日目の朝がやってきた。

ビーシュマにとってはずっと待ち望んできた死を迎える日であった。
アルジュナは悲しい気持ちを抱きながらも決意を固めていた。
クリシュナはその決意の表情を見て安心した。

アルジュナが話した。
「クリシュナ。すべきことは決まっている。もう迷うことはない!
昨日ビーシュマが私に頼んだことを実行する。シカンディーをカウラヴァ軍から守って進み、彼の前に立たせる。そして私が彼を殺す。それだけだ」

カウラヴァ軍はアスラヴューハ(悪魔の陣形)に整えられ、
パーンダヴァ軍はデーヴァヴューハ(神の陣形)に整えられた。
先頭に配置されたシカンディーの両側をビーマとアルジュナが守った。
後方はアビマンニュドラウパディーの息子達が守った。
そのさらに後方にはユディシュティラナクラサハデーヴァが配置された。
残りのパーンダヴァ軍はヴィラータドゥルパダによって率いられた。

ビーシュマの弓から矢が流れ出した。
ナクラが敵軍の猛攻を防ぐ活躍をしていた。
サーテャキ、サハデーヴァと共に敵軍に立ち向かった。

ビーシュマによる破壊の仕事はさらに激しくなっていった。
ドゥルヨーダナの目には彼がとても若く見え、まるでその顔から幸せの輝きが放たれているように見えた。
そんな彼の表情を見たのはもう何十年ぶりであっただろうか。
カウラヴァ軍の戦士達もあまりのビーシュマの活躍に言葉が出なかった。

そしてしばらく戦った後、
ついにシカンディーがビーシュマに接近した。
勝負を挑んできたシカンディーに対してビーシュマはあざ笑った。
「今あなたは男性かもしれない。偉大な戦士なのかもしれない。だがあなたは私にとっては女性だ。私は女性とは戦わない。そんなことは考えられない」

シカンディーは怒りを露わにした。
「最強の戦士ビーシュマよ!
私は全部知っている。
かつてあなたはアンバーの愛を受け入れずに自らの師バールガヴァと戦うことを選んだことを!
あなたと戦うことをずっと祈ってきた! 私があなたを殺します!」

シカンディーはビーシュマに向かって5本の矢を放った。
それはビーシュマの体に突き刺さった。
その5本の矢にはアンバーの愛が込められていた。

アルジュナが声をかけた。
「ビーシュマはあなたと戦う気はない。戦えないんだ。
彼の目の前から決して離れないように攻撃し続けるんだ!
私がずっとあなたの近くにいる。
兄弟やサーテャキの助けを借りながらカウラヴァ軍の攻撃を防ぐ!
邪魔が入らないようにうまく敵軍を遠ざけてやるからな」

アルジュナとアビマンニュがカウラヴァ軍を激しく攻撃した。

ドゥルヨーダナが弟ドゥッシャーサナに命じた。
「ドゥッシャーサナ! ビーシュマを守るんだ!
我が軍の総司令官を全員で守るんだ!」

さらにビーシュマに声をかけた。
「祖父よ! アルジュナと彼の息子が我が軍を焼いている!
ビーマも猛威を振るっている!
あなたは我が軍を守るべきだ。
憎きパーンダヴァ達を殺さなければ夕方には我が軍は半減してしまう!」

ビーシュマはその言葉にうんざりした。
「戦争が始まる前に言ったはずだ。私がパーンダヴァを殺すことはないと。
だが敵軍を毎日1万人破壊すると約束した。その目標はすでに達成している。これ以上の殺戮は好まない。
あなたはパーンダヴァ兄弟を殺せと何度も何度もしつこく言ってくるが、そうはならないとずっと言い続けてきたではないか。
私はアルジュナによって殺されるだろうが、
私がアルジュナを殺すことはない。
パーンダヴァ達は神々によってですら殺されることはない。
なぜ私のような限りある命を持つ普通の人間にそんなことを頼むのだ?
今日私はあなたとあなたの父への全ての恩を清算する。
今日私は戦場で死ぬだろう」
ビーシュマは戦闘馬車を敵軍に向けて破壊の仕事を再開した。

パーンダヴァ軍の戦士達が一斉にビーシュマを攻撃し始めたが、カウラヴァ軍もまた必死にその猛攻を食い止めていた。

クリタヴァルマードゥリシュタデュムナを攻撃し、
老戦士ブーリシュラヴァスがビーマを食い止めた。
ドゥルヨーダナの弟ヴィカルナはナクラを戦い、
クリパはサハデーヴァと戦った。
ドゥルムカはガトートカチャと戦い、
アランブシャは今日もサーテャキと戦った。
カンボージャ王がアビマンニュと戦い、
アシュヴァッターマーはヴィラータとドゥルパダを同時に相手した。
ドローナはユディシュティラの激しい攻撃を防いでいた。

ドゥッシャーサナはアルジュナと素晴らしい戦闘を繰り広げ、
周りの戦士達が戦うことを止めて見入るほどであった。

サーテャキに対して劣勢となったアランブシャを助ける為にバガダッタが現れた。巨大な象の上から弓や槍を放たれてくるのを防ぐことはサーテャキにとっても簡単ではなかった。
ドゥルヨーダナが周りの者達に言った。
「サーテャキを殺せ! 彼が死ねば勝利は我が軍のものだ!」
しかし、サーテャキはカウラヴァ軍の戦士達にとってはあまりに強すぎた。

クリパとサハデーヴァの戦いはこの日の見どころであった。
サハデーヴァは既に先生を超えていたことを証明した。

ドローナは息子アシュヴァッターマーに話しかけた。
「嫌な予感がする。恐ろしい不幸が迫っているように感じる。
ずっとアルジュナを見ていたんだが、どうやらシカンディーをビーシュマに向かわせようとしているようだ。
アルジュナがビーシュマを殺すという兆候が現れている。
私は未知の恐怖に震え、口が渇いてしまっている。
ユディシュティラの怒りの表情はまるでビーシュマを殺す決意を固めているように見える。
息子よ、急いでくれ! 何が何でもビーシュマを守るんだ!
アルジュナの矢を防ぎに行ってくれ!」
アシュヴァッターマーはその場に急行した。


突然ビーシュマを嫌気が襲った。
戦争、殺人の連鎖、罪のない戦士達に対する残酷さ。
彼はユディシュティラに話しかけた。
「ユディシュティラよ。
急いでくれ。もう私には生きる望みはない。
この体からの解放を与えてくれ。それが私の喜びだ」

ユディシュティラは弟達に頼んだ。
「シカンディーを! 早くシカンディーをもう一度ビーシュマの前へ!!」

アルジュナは最も難しい仕事をやり遂げなければならないことを理解した。
全カウラヴァ軍をビーシュマから引き離さなければならない。
これまでになかったような必死の戦いを始めた。
アシュヴァッターマー、トリガルタ達、ドゥルヨーダナの弟達、シャルヤ、クリパ、ドローナ。
彼らによって率いられているたくさんの戦士達をビーシュマから遠ざけなければならなかった。
ビーマ、サーテャキ、ドゥリシュタデュムナ、アビマンニュ達もアルジュナと共に戦い、なんとか敵軍を追い散らしていった。

ほんの一瞬のことであった。
銀色の戦闘馬車の横がわずかに空いた。
それを見たクリシュナが叫んだ。
「アルジュナ! あそこだ!
シカンディーを連れてビーシュマの前へ!!」

その声に反応したパーンダヴァ達はビーシュマの戦闘馬車を取り囲んだ。
全員で敵軍をビーシュマに近づけさせないように必死に戦った。

ドローナが後方から迫ってきた時、
シカンディーが遂にビーシュマと向かい合った。
アルジュナはシカンディーの後ろにいた。

ビーシュマはその場にいる全員に目を向けた。

この戦争をするくらいなら、たとえ5つの村でも構わないと言った高貴なユディシュティラ。
長い追放の年月によってやせ細ったビーマ。
母を失ったナクラとサハデーヴァ。
心の目には悲しそうな表情を浮かべるクンティーが見えた。
そして14年前にハスティナープラでの屈辱に耐えたドラウパディー。
彼女が自分に向かって言った。
『何が正しいのか発言できない者は年長者ではありません。真実が無いところには正義は存在しません。強情さと結びついた真実など真実ではありません。そうではありませんか?』
冷徹な態度をとった自分を思い出した。

そして、目の前にやってきたアルジュナとその御者を務めているクリシュナ。
自分の役割は終わった。
宇宙の神クリシュナに守られたアルジュナが自分の命を終わらせる為に来てくれた。
もう、殺すのはうんざりだ。
そんな風に心の中でつぶやいた。

後に義母となるサッテャヴァティーを父シャンタヌの元へ連れて行ったあの日のことを思い出した。
自らの恐ろしい誓いのことを知った父は言った。
『デーヴァヴラタ(ビーシュマの幼名)が自ら望む時にだけ死を迎えられますように。死が彼の望む時期まで待ってくれますように』

目の前にいるシカンディーに目を向けた。彼の目にはアンバーが見えていた。
『あなたはあの場にいた全ての王たちを打ち負かし、私の右手をつかんで馬車に乗せました。今、私は何者でもありません。どうか私に女性としての人生を与えてください。どうか私と結婚してくださいませ』

ビーシュマは言った。
「私が望むときに私は死ぬことができます。
決めました。私はそれを望みます。
私は今、この瞬間、死を歓迎します」

その内なる声を聞いた神々が空に集まった。
「それでいい。デーヴァヴラタ。よくやった。あなたはよくやった」

突然、甘いそよ風が吹いた。
それは母ガンガーの手による優しい抱擁であった。
「おいで、我が子よ。もういいの。この戦争から離れなさい。一緒に行きましょう。天界のガンガーの水であなたの手足を冷ましてあげるわ。これからは私と一緒よ。さあ、行きましょう」

クリシュナはビーシュマの表情を見ていた。
ビーシュマはクリシュナに一度視線を送った。
遂にその時が来た。
「シカンディー、今だ!
ビーシュマは死ぬ準備ができている」

シカンディーはビーシュマに向かって矢を放った。
ビーシュマは全く反撃する気配がなかった。

アルジュナは嗚咽が漏れないように口をしっかり閉じ、後ろから矢を放った。戦闘馬車の中で立つビーシュマの手には弓矢は無かった。
アルジュナは自分の運命を憎み、矢を放ち続けた。
ユディシュティラは涙のせいで何も見えなかった。

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