マハーバーラタ/6-31.漆黒の空を見上げるラーデーヤ

6-31.漆黒の空を見上げるラーデーヤ

ビーシュマが倒れたという知らせがラーデーヤの元に届けられた。
テントの中で座っていたラーデーヤは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

そこへ意気消沈したドゥルヨーダナが入ってきた。
彼はラーデーヤの胸の中で泣き叫んだ。

しばらくすると、まるで涙が枯れたかのように泣き止んだ。
力なく崩れ落ちたままのドゥルヨーダナをベッドに寝かしつけた。

最も愛しい親友が眠りについた姿を見つめながら考え込んだ。

彼と一緒に過ごした日々を思い出し、彼の為にパーンダヴァ達と戦うこと。
そのパーンダヴァ達がまさに自分の愛しい弟達であること。
ビーシュマが倒れた今、戦場へ向かう時がいよいよやってきた。
もう迷っている時間はない。いや、とっくに迷いは捨てたはずではないか。

夜遅く、ラーデーヤはビーシュマの所へ行くことにした。
誰も起きておらず、キャンプは静まり返っていた。

ラーデーヤの頭は混乱していた。
自分を嫌っているあの老人の所へ行って何になるというのか。
そんなことを考えながらも、彼の足はビーシュマの元へ進んでいった。

ビーシュマは矢のベッドに横たわっていた。
無数の矢が体に刺さり、目は閉じられていた。
しばらくその姿を見つめていた。

このクル一族の偉大な英雄ビーシュマはアルジュナによって倒された。
そしてこの老人が自分の祖父であることを戦争の直前に知らされた。
涙で喉を詰まらせながら祖父の足元に跪き、足に触れた。

ビーシュマが目を開けた。
「そこにいるのは誰か?
この体に刺さっている矢よりも熱く焼く涙は誰のものだ?
口から何も言葉を出さず、熱い涙を流しているこの子供は?
もっと近くに来なさい。私にはあなたが見えない。
頭が痛むので振り向くことができないのだ」

「ラーデーヤです。
あなたから愛されるという幸運に恵まれなかった不幸なラーデーヤです。
皆が寝静まるまでここに来ることができませんでした。
誰かの前であなたの言葉で傷付けられたくなかったのです」

ビーシュマの目には涙が溢れた。
痛みをこらえながらラーデーヤを引き寄せ、
まるで父が息子を愛するように抱きしめた。
「違う。それは違う。
あなたを嫌ったことなど一度も無い。
自分の孫を嫌うなんてありえない」

「え? はい、その通りです。私はクンティーの息子だったのです。
クリシュナから聞きました。なぜあなたがそれを?」

「ずっと前から知っていた。
ヴャーサによって教えられたが、私とヴィドゥラは秘密を守っていた。
そのことを教えず、ことあるごとにあなたに冷たく当たったのは、
プライドで盲目にさせたくなかったからだ。
しかしあなたはその秘密を知らずにパーンダヴァ兄弟のことを
ドゥルヨーダナと一緒にいつも悪く言い、敵意をむき出しにしていた。
それで私は不機嫌になっていたのだ。
パーンダヴァ達だって私の愛しい孫なのだから。
私はあなたを嫌ってなんかいない。
ドゥルヨーダナと同じくらい愛している。
ただ、ドゥルヨーダナはあなたの友情を頼りにパーンダヴァ達を敵視している。
それで当時はあなたにとても厳しく当たってしまった。
どうか許してほしい。
あなたが無敵であることも知っている。
あなたの武勇はアルジュナとクリシュナに匹敵する。
カーシー王に一人で立ち向かい、
クリシュナでさえ勝てなかったジャラーサンダに勝ったことは
まさに私の誇りだ。
そして、その気前の良さも知っている。
いつも誠実で太陽のように光り輝いている偉大な人物だ。
しかし、運命はわざと神の息子であるあなたを苦しめてきたのだ。
そう、パーンダヴァ達はあなたの弟だ。
もしあなたが彼らの側に加わるのなら私は喜ぶだろう。
それで戦争も終わることになるだろう。
死を与えられるのは私だけでよい。
私の終わりと共に敵対も終わりにしたいのだ」

「愛しい祖父よ。それができるならそうしたい!
しかし、過去は変えられないのです。
私達がそれを望んでも、もう遅いのです。
私はドゥルヨーダナとの約束を守ります。
富も、妻も、我が子も、この体も、この人生もドゥルヨーダナに与えたのです。彼だけが私の唯一の星なのです!
彼を負けさせるわけにはいきません。
神々が一人の人間を破滅させることを決めているなら、一体何ができるというのでしょう。
私はパーンダヴァ達を愛しているが、彼らと戦わなければならない。
破滅に向かっていようとも私は進みます。
私達全員の破滅だということも知っています。
私は前兆を見てきました。夢も見ました。
それらは全てカウラヴァ達の破滅を示していました。
偉大なクリシュナが既にそれを決めてしまっていることを知っています。
世間がスータプットラと呼んだとしても、私はクシャットリヤです。
クシャットリヤはベッドでは死にません。
戦場へ行きます。ドゥルヨーダナの為に戦って死にます。
これまでにあなたに言ってしまった不快な言葉をどうか許して下さい。
無知ゆえの過ちをあなたの偉大さで許してください。
祖父よ。どうか私に祝福を」

ビーシュマは彼を抱きしめて言った。
「行きなさい。我が孫よ。
私はあなたを祝福します。偉大な英雄として戦い、天国へ行きなさい。
次のウッタラーヤナがやってきたら私も行きます。
クシャットリヤとしての役割を果たし、勇敢な死を迎えなさい。
あなたの名は子孫たちによってずっと覚えられることでしょう」

ラーデーヤは深々と礼をした。
「祖父よ。お願いがあります」
「何だ? 言ってごらん」
「私の出生のことはずっと秘密にしておいてください。秘密と一緒に私を葬ってほしいのです」
「分かった。だが、ドゥルヨーダナにだけは伝える。
彼に対するあなたの愛がどれほど大きかったか、彼は知る必要がある。
恐れなくてよい。彼はパーンダヴァ達には伝えないだろう」
他の者には決して言わないことを約束しよう」

ラーデーヤは感謝の気持ちを込めて手を組み、
そして二人は別れの挨拶をした。

ラーデーヤがテントに戻った時、ドゥルヨーダナはまだ眠っていた。
静かに近づき、傍で横になった。

テントの入口から漆黒の空が見えた。
そこには一つの星が光り輝いていた。
しばらくその星を眺めていると、彼の心には平和がやってきた。
今まで刺さっていた心の棘が抜けたように感じた。

ラーデーヤの疲れた目に眠りがやってきた。
二人の友は同じベッドで眠った。
太陽が東の空に導かれるまで共に眠った。

第6章(ビーシュマの章)終わり。

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マハーバーラタの第6章 戦争を前に思いやりの気持ちに圧倒されてしまったアルジュナ。 クリシュナによる教えバガヴァッドギーターによって 知識…

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