マハーバーラタ/7-9.前線へ駆けつけるビーマ
7-9.前線へ駆けつけるビーマ
ユディシュティラは目の前の敵と戦いながらも、敵陣の奥深くへ入って行ったアルジュナの旗を探していた。
彼の弓ガーンディーヴァの音楽は聞こえなかった。
そして心配のあまりに送り出したサーテャキの気配も感じなかった。
狼狽えた彼はビーマに話しかけた。
「ビーマ、私は間違っていたのかもしれない。
サーテャキをたった一人でドローナの恐ろしいヴューハに送ってしまった。
ずっとドローナと戦い続けて疲れていた彼を。
アルジュナの気配は相変わらず感じられない。
サーテャキはアルジュナに会えたんだろうか?」
「兄よ。何を言っているんだ?
アルジュナを心配するなんて。アルジュナに勝てる奴なんてこの世にいないだろう?」
ユディシュティラの目から涙が溢れた。
「アルジュナが帰ってこないんだ!
もうずいぶん時間が経っている。
もしかして昨日のアビマンニュのように・・・
いくらアルジュナでも敵に囲まれて一斉に攻撃を受けたとしたら。
既にアルジュナが死んでいるなら、それを見たサーテャキはどうなる?
ああ、私は昨日アビマンニュを死に送った。
そして今日はサーテャキを死に送った。
クリシュナが友の死に報いる為にきっと一人で戦っているに違いない!
さっきクリシュナのほら貝の音色だけが聞こえたじゃないか!
そうに違いない。
ビーマ、お願いだ。行って見てきてくれ。
もし彼らが生きていたなら、ライオンのような咆哮を上げてくれ」
「クリシュナとアルジュナが戦う時、そこには勝利しかない。
きっと二人は無事で、サーテャキも帰ってくるさ。
だが、分かった。行って見てくる。
私の雄たけびが聞こえるのをここで待っているんだ」
ビーマはドゥリシュタデュムナの所へ行った。
「兄がアルジュナとサーテャキのことを心配している。
私に様子を見て来いと言ってきたんだ。
ドローナから兄を守る役目をあなた一人に任せなければならない」
「ビーマ、心配いらない。私は命を懸けてユディシュティラ王を守ると約束する。命ある限りドローナから守ってみせよう。
知っているだろう? 私はドローナを殺す為に生まれたんだから、決してドローナに殺されることはない。
大丈夫だ。この軍と王の命は私が預かる」
「分かった。頼んだぞ」
ビーマが前線に向かって進み始めた時、クリシュナのほら貝パーンチャジャンニャの音色が再び戦場に響いた。
ビーマは全速力で敵本陣に向かって急いだ。
ドローナはビーマが向かってくるのを確認し、パドマヴューハの入口で待ち構えた。
ビーマの前に最初に現れた敵はドゥッシャーサナ率いるドゥルヨーダナの弟達であった。
格好の獲物を見つけたビーマは微笑んで突進した。
そしてドゥルヨーダナの弟をさらに7人殺したが、さらに敵に囲まれた。
ビーマはユディシュティラに感謝した。
今日の彼は自軍を守ることに専念していたため、思う存分暴れることができずにいた。
さらにドゥルヨーダナの弟を3人殺した。
ビーマによって殺されたドゥルヨーダナの弟はこれで合計34人となった。
ビーマの次の標的は敵軍の総司令官ドローナであった。
「ビーマ。このヴューハに入る為には私の許可を得るか、私を打ち負かすかのどちらかしかない。
あなたの弟アルジュナは私と戦うことを恐れ、敬意を払って走り去った。
彼は私をうまくだまして私の許可を得てここを通って行った。
サーテャキも同じことをして行ったぞ」
彼は目の前に現れたビーマも同じように自分に敬意を払おうとすることを想像していた。しかし、ビーマの行動は全く違った。
ビーマは笑った。
「おい! よく聞け!
アルジュナはお前を尊敬するグルだと思っているから敬意を払った。
今ここにいるのは誰だ? アルジュナではない。ビーマだ!
お前があのサイコロゲームの時に何をしたか覚えているか?
あの時、尊敬は消えたんだ! もうお前の弟子ではない」
ビーマは戦闘馬車から飛び降り、鎚矛を持ちあげて突進した。
ドローナは命からがら戦闘馬車から飛び降りて命を守った。
ドローナの馬と御者、戦闘馬車は粉砕され、元の姿が全く分からなくなった。
呆然とするドローナを置いて、突進してきたスピードのまま走り去った。
サーテャキのおかげでビーマが進む道は通りやすくなっていた。
目の前に現れた象軍を突破した時、戦闘馬車を乗り換えたドローナが再び戦いを挑んだ。
腹を立てたビーマはその戦闘馬車を掴み、振り回し始めた。
ドローナは戦闘馬車から放り出された。
ビーマは戦闘馬車に乗り込み、高笑いしながらさらに進んで行った。
次第に彼に挑む者は現れなくなっていった。
ビーマはその先でサーテャキが戦っている姿を見つけた。
サーテャキの横を通り過ぎてさらに進むとアルジュナがいた!
ビーマの喉からモンスーンの雲のうなりのような勝利の叫びが発せられた。
その雄たけびは戦場に響き渡った。
アルジュナとクリシュナもそれに答えて叫び返した。
ユディシュティラはビーマの叫びに続いてアルジュナとクリシュナの声も聞いた。そして安堵の叫びを上げた。
「アルジュナが生きている! やはりビーマは最高だ!
サーテャキもクリシュナも生きている! 良かった。私は幸せ者だ」
クリシュナに導かれたアルジュナ、そしてサーテャキと合流したビーマは勢いよく敵軍と戦った。
ラーデーヤに対しては、いつもとは違って器用な弓の腕前を披露した。
ビーマが実の弟であることを知っていたラーデーヤは戦いに集中できず防戦一方であった。
ドゥルヨーダナの指示によってラーデーヤを支援する為にやってきたドゥッシャーラがビーマによって首を切られた。
ドゥルヨーダナはドローナの所へ駆け込んだ。
「先生! 誰もあなたを通過させないと言ったではないですか!
それなのに三人もヴューハを突破し、我が軍は大混乱だ!
一体なぜ? なぜあなたはこんなにやすやすと敵を通してしまうのか?」
相手の努力を全く認めず、間違いばかりを探し、必要以上の質問をぶつけてくるドゥルヨーダナにドローナはうんざりしてしまった。
「起きてしまったことはやり直すことはできない。次にすべきことを考えよう。
今すべきことはジャヤドラタを守ることだ。
昨日の彼はシャンカラの恩恵によってパーンダヴァ軍に勝つことができたが、今の彼は水の上で見捨てられた小舟のようだ。
あなたはドゥッシャーサナとラーデーヤ、そして本陣にいるたくさんの英雄達と共にあの三人を倒すのだ。
私はここに留まってあの三人の援軍が来ないようにパーンダヴァ軍を抑えておこう。
今ならあの三人しかいない。
すぐに行ってアルジュナの怒りからジャヤドラタを守るのだ」
ビーマとラーデーヤの戦いが再開された。
ラーデーヤは微笑みを浮かべた。
ビーマは敵の微笑みに苛立ちを隠せなかった。
ラーデーヤは慎重に、かつ正確にビーマを攻撃した。
ビーマは鎧を破壊され、一方、ラーデーヤは弓を破壊され、胸に矢を受けた。
ラーデーヤは一度退却したが、再びビーマの前に現れた。
今度は怒りの表情であった。
二人はお互いに傷つけ合い、決着がつきそうになかった。
その様子を見たドゥルヨーダナは弟ドゥルジャヤを呼んだ。
「ラーデーヤが獣に襲われている。手助けに行ってくれ」
ビーマはドゥルジャヤがやってきたのを見て興奮した。
ドゥルヨーダナの弟を見ることは彼にとっては最高の強壮剤であった。
ビーマは一瞬の内にドゥルジャヤを殺した。
それを見たラーデーヤの目から涙が流れた。
ビーマはラーデーヤの戦闘馬車を破壊した。
ラーデーヤは何度も戦闘馬車を破壊され、ついに地に降りて戦い始めた。
ドゥルヨーダナは弟ドゥルムカを送り込んだ。
ビーマはラーデーヤを無視して彼を矢で殺した。
ラーデーヤは親友の弟が次々と殺されていくのを目撃し、
涙がとめどなく流れた。
ドゥルヨーダナはドゥルマルシャナを含む五人の弟を送り込んだが、ビーマの餌食となって殺された。既に49人の弟が殺されていた。
ビーマはラーデーヤと互角の戦いをしながらも、その合間にドゥルヨーダナの弟を殺し続けた。
さらに七人の弟が殺された。
その中にはヴィカルナが含まれていた。
この時だけはビーマはすまなく思った。
「悪いな。私はドゥリタラーシュトラの息子を全員殺すと誓ってしまったんだ。お前だけは公正な人間だというのは分かっている。あのサイコロゲームの時、お前だけはドラウパディーの味方をしてくれた。
この戦争とあなたの兄を恨んでくれ」
ラーデーヤとの戦いは次第に劣勢になっていった。
ビーマは弓と手綱を切られ、御者も怪我を負った。
ビーマは矢を手に取って投げつけたが、切られた。
盾を持ち上げたが、破壊された。
剣を投げつけたが、破壊された。
ラーデーヤには笑顔が戻っていた。
ビーマは戦闘馬車も武器も全て失った。
周りに転がっていた象の死体を投げつけた。
手が届く範囲にある物は何でも投げつけたが、全て無駄であった。
ラーデーヤは戦争が始まる前に母クンティーと約束していた。
アルジュナ以外の彼女の息子は殺さないと。
戦う気力を失いかけていたビーマに近寄り、弓の先端で軽く突いた。
「愚かで意地汚い大食漢め。私のような英雄に戦いを挑むなんてもうやめておけ。ヴィラータの宮廷にいた時のように台所にいるか、森で木の実を集めていればいいんだ。子供は家に帰りな」
ビーマが侮辱の言葉を受けている時にアルジュナが助けにやってきた。
ラーデーヤは向きを変えて去って行った。
クリシュナだけは知っていた。
ラーデーヤが隠そうとした弟に対する愛情を。