マハーバーラタ/1-30.ビーマのバカ退治
1-30.ビーマのバカ退治
パーンダヴァ達はたくさんの美しい場所や川を過ぎ、エーカチャックラへ到着した。彼らはブラーフマナの家で食べ物をもらい、泊まらせてもらった。町の人々は彼らを受け入れたが何か違和感を持って話をしていた。
「彼らは一体何者なんだ? 粗末な服は着ているが、物乞いとは違う雰囲気、高貴さすら感じるのだが。ただのブラーフマナではないよな?」
「きっと何か知られたくない理由でそうしているんじゃないのか? 何かを恐れて変装しているのではないか? いずれにしてもあの若者達の母親に対する献身的な態度は普通の物乞いとは違う。一応、彼らに対して誠実に接することにしよう」
パーンヴァ兄弟は母クンティーをなるべく一人にしないよう注意していた。施しものを集めてはブラーフマナの家に戻り、母の足元に捧げていた。
クンティーは涙を隠し、集められた食べ物を全員に分け与えた。半分はいつもお腹を空かせているビーマへ。残りの半分をみんなで分けて食べた。それでもビーマのお腹が満たされることはなく、次第に痩せ細り、青白くなっていった。
住んでいた家の近くに陶芸家がいて、ビーマは土を運ぶ手伝いをしていた。力強くたくさんの土を運んでくれる彼に驚き、そのお礼に巨大な器を焼いてプレゼントした。
ビーマはその器を気に入り、施しものを集める時にそれを持って行った。それを見た人々は微笑み、その大きな器に美味しい食べ物をたくさん入れてくれるようになった。
ある日、ビーマとクンティーが二人で家に残っていると、泣き声が聞こえてきた。どうやら家に泊まらせてくれているブラーフマナが家族と話しながら泣いているようだった。
「・・・私が行きます」
「いえ、私が・・・」
なにやら困りごとがありそうだとクンティーは推測した。
「ビーマ、ここにいなさい。彼らの話を聞いてきます。住む場所を与えてくれた彼らが何か困っているなら助けてあげたい」
クンティーはブラーフマナの妻に近づいて話しかけた。
「奥様、すみません。あなた方の会話が少し聞こえてしまったもので。何か大変お困りなのではないですか? もし話していただけるなら、私達に何かできることがあるかもしれません」
「あなたは優しい方ですね。きっとどうにもならないことなのですが、お話しましょう。
この近くの山に洞窟があり、そこにはバカという名の残忍なラークシャサ(妖怪)が住んでいます。そのラークシャサはこれまで13年間この町を困らせてきました。里に下りては、見かけた人間を食べてしまうのです。
大変困った私達はバカの所へ使者を送り、提案したのです。
『私達は毎日あなたに食べられる恐怖に怯えながら生きています。そこで提案があります。毎週、荷車一台分の食料と人間一人を送ります。あなたの望むような食料を捧げます。その条件で、どうか町を襲うことを止めていただけないでしょうか? そしてあなたはお返しとして、山の向こうからの侵入者から町を守ってください。これが私達が平穏に暮らせる唯一の方法です。あなたは毎週食べ物を得ることができます』
ラークシャサはその提案に同意し、ここ数年間はそのルールに従ってきました。町では毎回一つの家から一人の人間が選ばれることになっていて、その家は荷車一台分の食料も用意するのです。そして明日がこの家の番なのです。
私が行こうとしているのですが、残された妻と子供達の面倒を見てくれる人はいません。もし妻が行くのであれば子供達は孤児になります。なぜなら妻が死んだら私は生きていけませんから。ですから私達は全員で行って一緒に食べられようと決めました。人生は素晴らしかったです。それを終えることがとても痛々しいほど」
クンティーは事情を聞いてかわいそうに思った。
「事情は分かりました。誰も送る必要はありません。食料だけ用意してください。私の息子にその食料を運ばせましょう。この数日間の皆さんへのお礼をさせてください」
ブラーフマナは怒った。
「それはダメです! あなた達はお客様です。私が生きる為にあなたの息子を犠牲するなんてそんな勝手なことはできません。そんな罪を犯すくらいなら自分が行った方がましです。どうかそんなことを言わないでください」
「私の息子達は普通の人間ではありません。神に気に入られた子達で、丈夫で力強いです。きっとそのバカを倒せるでしょう。どうか私を信じて荷車一台分の食料を準備してください。
ただし、一つだけお願いがあります。このことは決して誰にも言わないでください。それが知られたら私の息子は力を失ってしまいます」
ブラーフマナと妻は、クンティーがあまりに自信ありげに話すので、その提案を受け入れることにした。
クンティーはビーマに内容を伝えた。
ビーマは喜びで有頂天になって叫んだ。
「やった! 荷車一台分の食べ物!! ぜひその役目をやらせてくさい! 私がそのラークシャサを退治して町から恐怖を取り除きましょう。
ただし、お母様。食料を十分準備してもらってください。おいしく作るようお願いしておいてくださいね。
ああ、お腹がすいた! 明日が待ち遠しいです!!」
「大丈夫よ、ビーマ。奥様は料理がとっても上手で、気前も良いです」
クンティーはブラーフマナの所へ行き、ビーマが食料を運ぶことを伝えた。
兄弟達が集めた施しものを持って家に帰ってきた。
ビーマが部屋の隅で何やらニヤニヤしていた。
ユディシュティラはビーマに何があったのか気になった。
「お母様、何があったのですか? ビーマは何かいたずらを企んでいるような顔をしてます。ドゥルヨーダナ達を木から落として遊んでいた時のような顔です。何か勝手なことをしようとしているのでは?」
「いいえ、ビーマの勝手ではありません。私からの頼み事です。ここに泊まらせてくれているブラーフマナとこの町の人々の手助けをします」
クンティーは彼らが不在の間に起きたことを話した。
ユディシュティラは人生で初めて母親に対して怒りを露わにした。
「お母様! なぜこのようなことを決めたのですか! ビーマは大事な弟です。あのラックの宮廷から逃げられたのも、彼のおかげです。いつかカウラヴァ達を倒すのも彼が必要です。彼こそがこの暗くて恐ろしい空に浮かぶ希望の星なのです! それなのにあなたは恐ろしい怪物の生贄に彼を差し出すなんて。感謝の方法は他にもあったでしょうに。
あなたのしたことは間違っています。この力強いビーマがまるでバカに捧げられるために生まれてきたみたいではないですか!
おお、なんということだ。この数ヶ月の苦しみがあなたから常識的な感覚を奪ってしまったのですね。そうでなければこんな衝動的な判断はしなかったでしょうに」
「ユディシュティラ、何を言っているのですか。私はビーマの強さを知っているからこの計画を提案したのです。火事の後に私達全員を何時間も運んだ彼からとてつもないエネルギーを感じました。あの恐ろしいラークシャサ、ヒディンバをやっつけた時のことも思い出しました。この世にビーマより力強い人はいません。蛇の神様の霊薬も飲んで強くなっています。
昔こんなことがありました。ビーマがまだ赤ん坊の頃、シャタシュリンガでの出来事です。
私がこの子を膝に乗せてアーシュラマの庭で寝ていると一匹の虎がやって来ました。私はその虎を見て驚き、逃げました。膝の上のビーマのことはすっかり忘れていました。パーンドゥが駆けつけてくれて弓矢で虎を退治してくれた時、やっとビーマのことを思い出しました。
丘の斜面を転がり落ちた彼が大変な姿になっているのを想像しながら丘のふもとへ急ぎました。
そこで私が見たのはすやすやと穏やかに眠っている赤ん坊のビーマと、その横にある砕け散った岩でした。これが彼の強さです。
ビーマはきっとあっという間にバカを退治するでしょう。クシャットリヤがブラーフマナを助けたら、その後の人生は祝福されたものになるというのを知っていますか? 私達を助けてくれたブラーフマナと町の人々の親切に応えたいのです」
ユディシュティラは先ほどの早まった言葉を恥ずかしく思い、母に許しを求めた。そしてブラーフマナの所へ行った。
「我が母から話は聞きました。皆様へのお礼をする機会がもらえてうれしいです。大丈夫です。何も心配は要りません。私の弟は無敵です。彼がバカを退治しても全く驚きません。逆に彼がバカを倒せなかったら私は驚くでしょう」
朝早くブラーフマナの妻は料理を終え、ビーマに食事を与えた。荷車には食料が積み上げられていた。
ビーマは皆に別れを告げ、一人で山の中の洞窟へ向かって荷車を引いた。
ビーマが山頂に到着した。早速ラークシャサを呼ぼうと思ったが、やめた。
「待てよ。ここにラークシャサの為の食料がある。いや、彼がこれを食べることはないだろう。だってその前に私が彼を倒すんだから。つまりこの食料は私の物だ。ラークシャサと戦った後に食べるのは不潔で良くない。それは悲劇だ。そうだ。最善の手順は、この食料を食べて、その後にバカと戦う。間違いない」
ビーマは荷車を木陰に止めて食べ始めた。頼んだ通りブラーフマナの妻の料理はとてもおいしかった。もうすぐ食べ尽くそうかという頃、ようやくビーマはラークシャサを大声で呼んだ。
バカはその声を聞きつけてやってきたが、その光景に驚いた。
なんと自分の為の食料はほとんど無くなっており、それを食べたと思われるブラーフマナの格好の若者が平然と座っていた。
「誰だお前は! 俺の食料を食べただろう!」
ビーマはまるで聞こえていないかのように笑顔で食べ続けた。
バカは腹を立て、木を根こそぎ抜き、ビーマに叩きつけた。
しかしビーマはそれを左手でかわし、右手でボウルいっぱいのヨーグルトを口に運んだ。それで食事が終わった。腕で口を拭いながら言った。
「お前はこの町に関わりすぎたな。太り過ぎだ。もうこの世から去る時が来たのだよ。ヤマダルマ(死神)の所へ行くのを手伝ってやろう。あの町から退治する。準備はいいか?」
ビーマとバカの恐ろしい戦いが始まった。
バカはとてつもなく強く、戦いは長時間続いた。しかし、ビーマの相手ではなかった。ビーマはバカの腕をつかみ、膝に乗せ、まるで象がサトウキビを折るようにバカを二つに折った。バカは恐ろしい痛みの悲鳴を上げて地面に倒れた。
ビーマはバカの体を町の入口まで運ぶ為に引きずっていった。バカの変わり果てた姿を見たラークシャサの仲間達が近寄ってきた。
「お前ら、このバカの仲間か? あの町をこれ以上困らせないと約束するならお前らには手は出さん。さもなければこいつと同じ運命を味わわせてやる」
彼らは町から離れ、二度と戻ってこなかった。
ビーマはバカの体を町の入口に置き、家へ戻った。
荷車をブラーフマナに返し、バカをあのような姿にした者について話さないよう頼んだ。そして、お風呂に入って、寝た。食べ過ぎであった!
翌朝、町の人々は入口に置いてあるバカの体を見て驚き、騒ぎになっていた。前日にラークシャサの元へ食料を運ぶ番であったブラーフマナの所へ行き、何が起きたのか尋ねた。ビーマとの約束があったのでこう答えた。
「そうなんだ。泣いている私を見て、天界からやってきた人が助けてくれたんだよ。彼が怪物の所へ食料を運び、退治してくれると。言う通りにしたんだ。もう彼は行ってしまった」
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