もうひとつの学校~読書記録120~
昭和52年に発行された森村桂さんのエッセイ。
落ちこぼれの人間、学ぶ機会のなかった人間、高齢者、などなど。学びたい人を受け入れる。
その他、手作りの学校として、家事、家庭の看護等々を学ぶ場が欲しいと思い立った森村桂さんの奮闘する様子が楽しく描かれている。
本当にエネルギッシュで、人を惹きつける方なのだなと思った。
そして、この本を読み、私は長谷場夏雄さんと言う方を知った。
戦後すぐの頃、貧しい青少年を助ける活動をされたらしい。
非常に魅力的に描かれていたので、読んだ後は検索を。
長谷場夏雄氏については、カトリックの月報などからも見つかった。
読むと、森村桂さんや他の人達が言っていた人物像とは又違ってくる。
サレジオ会という修道団体の会報より。
司祭になるとボランティア活動は出来ないから、と森村桂さんの本にはあったが、わかる!
司祭なんぞミサだけが仕事だ。
尊敬していた元関口教会の神父は、家がカトリックで、幼稚園から高校とカトリック。そのまま神学校。アルバイト経験なし。だいたいが、そんな方ばかりで。信者でない人間と付き合ったこともない。
世間知らずなんだ。
そんな人らに相談なんか出来ない。有難く、聖餐式のパンを頂くのみ。
桂さんの知り合いは、
あの人は、お金のタカだから。とまで言っていたのだ。施設運営には、お金がかかる。
それが目的で、色んな方に近づくんた、という目で見る人もいたらしい。
昭和の半ば、国が支援などしない状況では、お金の捻出は大変だったろう。
つまり!
他人をどう見るかは百人百様。
それぞれだ。
長谷場夏雄氏について書かれた本を読むと違った視点から観えるだろう。
ちなみに、こちらの阿部司祭。
私が唯一、日本人司祭で心を許せる人だ。
本人曰く、アスペルガーで空気が読めず、大変らしいが。
なんか私とは気があう。
寺田理恵子さんの著書にもあったが、1冊の本を読み、そこから広がっていく世界、イメージ。調べたい、などなどのやる気、目標。
あああ。又、生きる張り合いが出てしまった。
私に阿部神父を紹介してくれた親友は、長谷場夏雄氏の事を知らないだろうから教えねば。