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世間とのずれ

ネットでの宗教関係者の話には、どうも偏りを感じてならない。

ある葬儀社社長であるが、仏教に関して詳しい。専門家だ。
そして、他の宗教を小馬鹿にしているように感じることもある。
キリスト教の信者だって葬儀はするし葬儀社に頼むのだ。
私は、キリスト教は破門になったが、今信仰している方たちを否定はしない。その方たちだって、お墓を持ち、墓参りをしている。
前に通っていたカトリック教会の役員の1人が葬儀社の社員だった。
キリスト教会でも葬儀社を通してでないと葬儀は出来ない。
受付には葬儀社社員が必要である。
それでも、説教やら祈りなどは神父や信者の役員ら詳しい方に任せている。つまり、専門はあくまでも葬儀の一般の流れを取り持つこと。

個人的な意見だが、坊さんや牧師になる学校を出ていない人間が「大乗仏教はどうの、キリスト教の正しい葬儀はどうのとか、上から目線で言うのは好きではない。

それから、突然やってくる死だってある。いつ事故にあうかわからない。
けれども、すぐに火葬して、葬儀をして、と。
そんな状況で、葬儀社をアチコチと選り分ける余裕なんかあるだろうか。

もしも、菩提寺や所属教会などがあれば、創価学会だの統一教会だの行かないし、いざという時に落ち着いて行動できる。
うちはここにお墓があるからと。
だいたい、都会の場合、死んでからお墓をどうしようかと悩んでしまうんだからな。

戦後の高度経済成長期、田舎から次男、三男と、東京やら大阪やら都市圏に出てきた。
当然の如く、菩提寺となるべくお寺なんかなかった。
もしかしたら、そういう人たちが、これからは一気にお墓が必要になるかもしれない。

どうする家康?じゃなかった。どうする皆さん?

私は、こう問いかけたい。

お寺って葬式の時しか行ってはいけないもんなの?
お釈迦さまや弘法大師様は、生き方を示してくれたはずなのに、なんか変だな。 人間関係や仕事なんかで悩む人はカルト宗教に行くしかないの?
なんか、檀家以外は立ち入り禁止が多いし。 急に事故死とかで慌てない為の菩提寺じゃないの?
うちの父親をみると、菩提寺があったし、お布施もしていた。
けれども、本当に苦しかったのに、坊主は何も助けにはならなかった。
法事で般若心経を挙げるだけしか自分は関係ないのスタンスだった。
だから、会社の同僚から誘われた霊友会なんぞに救いを求めて、うちに頻繁に霊友会の人が来たのだろう。
だから、私はキリスト教に救いを求めたものの、信者から嫌われまくり除籍されてしまったのだろう。

祖母の葬儀や49日の時に、もう少し、祖母を死なせてしまった父と私が救われる事を考えて・・・
とか、あの坊主に望む方が間違いなのだ。

坊さんは、葬儀や法事だけしたらいい。
葬儀社は仏教の坊さんとしか仲良くすればいいと思っているのだろうか。

昔、大好きだったアメリカ人神父は神奈川県で、刑務所、鑑別所の教誨師をされていた。

刑務所の教誨師は、キリスト教の神父、牧師、浄土真宗の僧侶が多いと思う。
あと少しで死刑になる人に、「座禅だ」「写経だ」などを言うよりも、天国、極楽に行ける希望を伝えた方がいいと思う。
それは多分、私自身が世の中の坊さん方から観ると、地獄の餓鬼畜生道に行く人間であるからだろう。

成田山久留米分院さんの見解が示される前は、
「そうなのか・・・・真言宗智山派の僧侶は私のような人間を餓鬼畜生と言ってたのか」
と思っていたのだ。
多分、中村ゆたか君がツイートした内容は本当なんだろうな、という坊さんにばかり会ってきたからかもしれない。
中村君は、神主さんと坊さんの違いがわからなかったが。

人生は勉強や!



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