歌舞伎座「三月大歌舞伎」第二部
3月28日。東京は晴れ。桜が見ごろの季節。
今日、歌舞伎座の「三月大歌舞伎」が千穐楽を迎えた。
今月の歌舞伎座は先月以前と同様に新型コロナウイルスの流行で舞台関係者が陽性者となり、休演代演が各部で起こった。特に第二部は『河内山』で主演を務める片岡仁左衛門さんが体調不良のため9日~16日の一週間休演ということになった。要因はコロナウイルスではなく足腰の痛みではないかとささやかれているが、一部演出を変更しながら無事に今日の千穐楽を迎えられた。
『河内山』は言わずと知れた河竹黙阿弥の代表作。私は以前、平成30年の秀山祭で吉右衛門さんの河内山宗俊を観ていたので今回は二回目になる。
主な配役は以下の通り。
河内山宗俊 :片岡仁左衛門
松江出雲守 :中村鴈治郎
高木小左衛門:中村歌六
宮崎数馬 :市川高麗蔵
腰元浪路 :片岡千之助
北村大膳 :中村吉之丞
和泉屋清兵衛:河原崎権十郎
仁左衛門さんの『河内山』は以前映像で観たことがあったが、その時の記憶や今月の上半期の劇評などと照らし合わせると、やはり休演以降演出の変更があったことがわかる。例えば、最初の「質見世」での河内山の登場。吉右衛門さんはリアルに舞台袖から出る演出であったのに比べて仁左衛門さんは今まで花道を使って出る演出を取られていた。が、今回は舞台袖からの登場であった。また、「松江邸広間の場」の後の「書院の場」は暗転しののち河内山らが座に就いた状態で開始であった。どれも仁左衛門さんの移動を減らすための工夫であり、やはり本調子ではないことが推察できる。が、舞台に立っている仁左衛門さんはそんなそぶりは一切見せず、従来同様の舞台姿であった。
仁左衛門さんの河内山は北谷道海の気品があり、諸所に秘められた河内山の悪と狭義が見え隠れするのが美しい。ニコニコと上品に笑っている合間にギロリと眼光が鋭くなるのが心地よい。煙管を用いた所作が会話の合間になじんで美しい。
他に特筆すべきは千之助くんの浪路。渡辺保先生が劇評で褒めていたが、短い出番の中で客席を魅了する。いかにも華奢で儚い腰元だけれど、芯がしっかりある様子が美しい。
鴈治郎さんは(失礼を承知で申し上げるが)松江候のような役が非常によく似合う。物語の中核の人物であるため、この鴈治郎さんの出来の良さが舞台の質を底上げしているように感じた。
北村大膳を務める吉之丞さんは吉右衛門さんを彷彿とさせる大づくりな声色で場を盛り上げる。
松之助さんの質屋番頭は河内山の質草木刀を手ぬぐいで拾い上げるなどリアルな工夫が嬉しかった。
続いて菊五郎劇団の『芝浜革財布』。これは初めて観る。
この演目は圓朝作の落語「芝浜」を歌舞伎化したもので、『河内山』が講談の「天保六歌仙」を元にしていることを考えるとこの第二部は寄席演芸と非常に関わりが深い構成になっていることがわかり面白い。
主な配役は以下の通り。
魚屋政五郎:尾上菊五郎
女房おたつ:中村時蔵
大工勘太郎:市川左團次
左官梅吉 :河原崎権十郎
金貸おかね:中村東蔵
大家長兵衛:市川團蔵→市川荒五郎(代演)
演芸ファンからすると「芝浜」といえば冒頭の「お前さん起きとくれよ」とサゲの「また夢になるといけねぇ」のフレーズが真っ先に頭に浮かぶが、今回はこれが両方なかった。落語の方では魚河岸に行く前とドンチャン騒ぎの後の2回の「お前さん起きとくれよ」がリンクし、政五郎(落語では熊五郎、勝五郎など)が財布を拾うのを夢と錯覚する流れを上手く助けている。が、今回は幕開けからすでに未明の河岸であり、そこから夜が明け人々が活動を始めるのが描かれていて風情があった。驚いたのは最後に政五郎が酒を飲んでしまうということ。落語の「芝浜」とは異なる作品であることを意思表示しているかのように感じた。
この話の主役は亭主政五郎ではなく、女房のおたつであるといっていいだろう。特に革財布を大家に渡す件をあえて見せることで客席を女房に感情移入させる演出が秀逸だ。時蔵さんは持ち前の感情溢れる演技でこれをみごとに演じる。以前に『野崎村』のお光を観たが、この人はこうした哀れな役が似合うと思う。
菊五郎さんの政五郎は始終だらしがない役だが、決して憎まれ役にならない。おたつが怒るに怒れない、そんな愛嬌ある亭主がそこにいた。
そして今回は菊五郎さんの孫・寺嶋眞秀くんが芝居好きの小僧役で活躍。前幕の河内山宗俊に始まり弁天小僧、お嬢吉三、髪結い新三、魚屋宗五郎と音羽屋ゆかりの見どころある役を次々と真似て魅せる。いつか本物の役を観ることができるだろうか。
菊五郎劇団の芝居を観るのが久しぶりだったが、ドンチャン騒ぎの自然な様子など、まるで親戚の集まりかのような既視感さえ覚えるほどであった。同じ座組で繰り返し行うからこそ醸し出される味というのだろうか、他では見られないものだと感じた。
今月は仁左衛門さんの休演がありどうなることかとハラハラした。仁左衛門さんはこの14日に78歳を迎えられた。もう若くないことは近年「一世一代」と銘打っての公演をされていることからご本人が一番わかってらっしゃることと思うが、それでもコロナ禍の中で南北作品の再演に始まり『連獅子』や『義経千本桜』の知盛など素人目にも体力の必要とする役を精力的にやってくださっている。ファンからすると嬉しいと反面心配も募るが、一演目一演目を大事に見たいと気持ちを新たにした。
来月は歌舞伎座で玉三郎さんとの『じいさんばあさん』。私は初日を見に行く予定だ。(もう今週末だが。)こうした名優の舞台を見られる喜びを感じながら楽しみに待つことにする。