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『第561回世界大会』作:小耳鋏うさみ【5分シナリオ】

◾️主な登場人物
山城鉄郎(30)     サラリーマン
野口俊明(49) 鉄郎の会社の部長
茶屋女性
チヨ(89)
町民たち

○花金鉄骨会社・オフィス内(早朝)
山城鉄郎(30)をはじめ、社員たちが一列に並ぶ。大声で社訓を叫んでいる。

鉄郎「っしゃーせえせえ!(いらっしゃいませ)よーっそっしゃーした(ようこそおいで下さりました)」

人一倍派手なスーツを着た、野口俊彦(49)が社員の前をゆっくり歩く。

野口「営業は声から、さあ腹から行くぞお!」

鉄郎・社員たち「部長のおっしゃっしゃっしゃあ!(おっしゃる通りです)」
 
○同・オフィス内(夜)
山城鉄郎(30)、リュックサックを拾い上げ、そそくさと出ていく。

鉄郎「お先です。っしゃーした」
 
○同・オフィス前・道(夜)
鉄郎、会社から早足で出てくる。
無表情でしばらく歩く。ニヤニヤが止まらなくなり、やがてスキップで駆け抜けていく。

鉄郎M「俺は明日から夏休みだ」
 
○電車・車内(翌朝)
鈍行列車に揺られる鉄郎。
リュックサックを抱え、ぼーっとしている。

鉄郎M「俺は今日から夏休みだ。いや、夏休みの許可なんてもらっていない」

鉄郎、車内のサラリーマンたちを眺めている。

鉄郎M「しばらく身内の不幸で休暇をもらうことにした」
悲しそうな顔をして俯く鉄郎。

車窓から富士山が見えてくる。
鉄郎、パッと顔を上げてニヤリと笑う。

鉄郎M「もちろん誰も死んでいない。4年に一度くらいは通用するってもんよ」

列車が停止、鉄郎も降りていく。
 
○葉庭駅構内
鉄郎、路線図を眺めている。

鉄郎M「貧乏サラリーマン旅行は、鈍行厳守、宿はその日にと相場が決まっている。今日はどうしたものか……」
と、3本先のホームが人でごった返している。

よく見ると、海外から来た観光客や老若男女の様々な人々がいる。
鉄郎はニヤリと笑い、賑わうホームへ向かっていく。

○電車・車内
車内には同じユニフォームを着た日本や海外の子供十数名、ボールを抱えている。また、同じ袴を着た高齢女性数名。スーツを着た海外の人など。
その中にニヤニヤした鉄郎も乗っている。
 
○伊庭味町・駅前
鉄郎、両手を上げて空気を吸う。

鉄郎M「今回の旅はあたりの予感だ」

鉄郎、町に転々と立つ『第561回世界大会』の旗を見て安堵する。
 
○茶屋・座敷内
鉄郎、うどんを勢いよくすする。

鉄郎M「まずは腹ごしらえだ」

× × ×

空になったどんぶり。
鉄郎が手を上げて、会計を頼もうとすると、エプロン姿の女性がやってくる。

茶屋女性「あなたも世界大会に出るの?」

鉄郎「あっいや、たまたま通りかかったもので。あの、このあたりで泊まれる場所はありますか」

茶屋女性「やだ、たまたま来るわけないでしょ、出場すれば宿も気にする必要ないわよ」

鉄郎「ええ、ほんとですか。でも何をすれば……」

茶屋女性「あなた……(鉄郎をじっと見て)行けるんじゃない。(大きな声で)ねえ、チヨさん、この子いけるわよね?」

近くでお茶を飲んでいた老婆チヨ(89)が鉄郎をじっと見つめる。

チヨ「あー、若いもんが出るのはありがてえ。よく見たらあんた優勝も目じゃねえぞ」

鉄郎、ニヤニヤしてくる。

鉄郎M「なんてことだ。俺は世界に通用する男になれるというのか。今年で30歳、今から人生巻き返すためにこの町に呼ばれたんだ。そうに違いない」

ノリノリになった鉄郎、老婆に聞く。

鉄郎「世界大会って何勝負するんですか。561回って言っても、適当に歴史あるフリしてるパターンですよね?」

チヨ、机をバンと叩き、湯呑みが倒れる。

チヨ「なあに言っとるのか、馬鹿モンがあ! こんにゃ、大事なでえじな祭りごとのじゃじゃへえのめんた! べべっとがみへがらんだあげよ(方言が強くなり分からない)」

興奮したチヨ、咳き込む。
茶屋女性、チヨの背中をすりすり。

茶屋女性「まあ、そういうことよ。一回出てみなさいね! 広場はこの道まっすぐ行ったとこだがら」
 
○世界大会会場・広場内
ゼッケンをつけた鉄郎、他の出場者たちに混ざり、町長の話を聞いている。

町長「──えー、本当に感謝申し上げます。それで、えーとルールですが、これまた毎年同じルールでやらせていただいております。かの有名な山上憶良も『天飛ぶや 鳥にもがもや』……えっと何でしたっけなあ。(スタッフを見て)ああ、時間ですか。ではルール説明以上とさせていただいて……みなさん頑張っていきましょう! グッドラックウィズユアマッチ!」

ポカンとしている鉄郎。

鉄郎M「何をすればいいかさっぱり分からんが、俺はサラリーマン8年目、やってやるぞ」

闘志に燃える目で周りを見渡す。

○同・競技会場内
会場の真ん中にある掲示板に『世界大会 決勝』と書かれている。
決勝進出メンバーが入場する。
その中に鉄郎がいる。誇らしげに入場。

× × ×

鉄郎、競技会場の舞台脇で見守る。

鉄郎M「何かの手違いで決勝にエントリーしていたようだ」

同じ袴を着た高齢女性チームの番。
お囃子を演奏する。地響きのようなホラ貝の音色が鳴る。
真剣な表情で見守る鉄郎。

鉄郎M「(キリッと)予選は出店を楽しんでいたので、もちろん見ていない」

どこから1羽鳥が飛んでくる。
会場のどよめき。

鉄郎M「おおう、鳥を呼べばいいんだな」

× × ×

ユニフォームを着た外国籍の少年たち。
組体操でピラミッドや扇形などを次々に作り上げていく。

少年たち「ヤー!!」

会場がシーンと静まる。

しばしの沈黙の後、鳥の鳴き声が聞こえる。遠くから3羽ほど見える。

会場客が空を見上げる。が、鳥は引き返してしまう。
笛が鳴る。脇へと捌けていく子供達。
 
○同・競技会場・舞台脇
泣いている子供達。よくやったよ、と言わんばかりに迎え入れる出場者たち。
その様子を後ろで見ていた鉄郎。無理やり輪の中に入り肩をポンポンする。

出場者A「あと2回あるさ」

出場者B「我々も負けてられないな!頑張ろう」

鉄郎、頷いている。
鉄郎M「3回競技した成績で競うってことか。オリンピックのスケボーと同じルールだな。……(キリッと)もちろんスケボーをやったことはない」
 
○同・競技会場・舞台上
鉄郎が真ん中にポツンと立つ。

司会「次はエントリーナンバー1050、テツロウヤマシロ」

鉄郎、祈るポーズ。

鉄郎M「あーどうしよ。呼べる気がしねえ」

鉄郎、両手の指を加えて、指笛を吹く。
「ピィーウィ」と元気のない指笛が響く。

会場からブーイング。鳥は来ない。
鉄郎は悪態をつきながら、横へ捌けていく。
 
○同・競技会場・舞台脇
鉄郎、集まっている出場者の元へ駆け寄っていく。両手を広げ慰めてもらおうとする。
が、肩をポンと叩かれて終わる。
 
○同・競技会場内(2回戦終了後)
会場の真ん中にある掲示板に競技結果が表示されている。1回戦、2回戦の点数が並ぶ。
・ハカマノマダム ①3 ②4
・ロバートJrズ ①0 ②6
・テツロウヤマシロ ①0 ②0 など。

掲示板をじっと見つめる鉄郎。

鉄郎M「まずいことになった。どうすれば……」

鉄郎、何かに気が付く。

鉄郎M「いやいやいや。ここで負けても別に死ぬわけじゃないし。大丈夫だ! 何も困らない……?」

× × ×(フラッシュ)

茶屋女性「出場すれば宿も気にする必要ないわよ」

× × ×

鉄郎、頭を抱え、
鉄郎M「そうだよ、今日の宿がかかってたんだ……」
 
○同・競技場内(夕方)
鉄郎が真ん中にポツンと立つ。

鉄郎M「これで最後か」

鉄郎、舞台脇を見やる。

これまでの出場者たちが真剣な表情で見守っている。

鉄郎M「みんなこの日のために練習してきたんだよなあ。ぽっと出の俺が敵うわけないよ……」
弱気になり、下を向く。

と、舞台脇から応援の声が聞こえる。

出場者たち「いけるよーファイットー!」
出場者たち「Go for it!」
出場者たち「今日のために頑張ってきたんだろ!」

鉄郎、びくっとして立ち直る。

鉄郎M「頑張ってねえよ……今まで何も頑張ってねえんだよお」

泣きそうになりながら、背筋を伸ばす鉄郎。


鉄郎M「せめてあいつらのためにも真剣にやってやる」


鉄郎、垂直に手をビシッと挙げて、

鉄郎「っしゃーせえせえ!(いらっしゃいませ)
よーっそっしゃーしたあああああ! (ようこそおいで下さりました)」

鉄郎、素早くしゃがむ。両手を差し出し、

鉄郎「こまりゃああっっござっせええかあああ! (お困りのことはございませんか)」

鉄郎、会社の朝礼の言葉と動きを次々に出していく。
会場がざわめく。

と、大量の鳥たちが鉄郎の周りに集まってくる。

鉄郎、鳥に気がつくと、感極まって泣く。

きっかり90度のお辞儀をして、
鉄郎「っしゃーしたああああああ」

舞台脇、会場からの盛大な拍手に包まれる。
 
○同・表彰式エリア
大勢の町民、世界大会出場者たちが表彰台を囲む。
鉄郎、満面の笑みで真ん中の台に乗る。
両手を挙げて歓声にこたえる。

鉄郎M「俺はかつてこんなに頑張ったことなんてあっただろうか」

町長から金メダルをかけられる。
にっこり笑う鉄郎。

鉄郎M「もちろんない! 今日は俺が大人になった日。今日が本当の成人式だ!」

鉄郎、町長と握手。

きっかり90度のお辞儀をして、
鉄郎「っしゃーしたああああああ」

キラキラと光る金メダル。2024年の数字と鳥の絵柄が書いてある。
 
○花金鉄骨会社・オフィス内(休暇明け・早朝)
ドアを開ける鉄郎、すっきりした笑顔。野口部長の席に向かう。

鉄郎「部長、お休みいただき、っしゃーしたああああああ!」

野口、眉間に皺を寄せ、鉄郎をじっと見つめる。

野口「おい、聞いたぞ」

鉄郎、身内の不幸と嘘をついたことがバレているのではないかと、途端に不安になる。


野口、ニヤリと笑って、引き出しから何かを取り出す。

野口「お前も一人前になったな」
と、野口は金メダルをこっそり見せる。
2010年の数字と鳥の絵柄が書かれている。

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