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34歳♂独身無職実家暮らしの日常④ 【父という生き物〜マカ王編〜】

大学を卒業してから9年ぶりに実家へ戻ってきたのだが、真っ先に気になったのはくしゃみが止まらないことだ。

原因はだいたいわかっている。
目の前に広がる情報の多さ、心のざわつき、
9年の間に整理整頓という概念は部屋のどこかに埋もれてしまったようだ。

片付けに関しては母が一家の番長であったが、
介護職という肉体的にも精神的にも大変な仕事をしていることもあり、家事のことまで気が回らなくなったのだろう。

母以外に家事を率先してやろうというメンバーは、残念ながら1人もいない。

晴れて準ゴミ屋敷の完成である。

実家に戻ってから少しずつ自分のためにも
整理を始め、徐々にくしゃみと心のざわつきは減ったように思う。

その過程で見つけたのが、タイトルの「マカ王」
である。

察しの良い方はすでにお気づきだろうが、精力剤である。

私を除いてマカ王の力を借りる必要がありそうな
人間は一人しかいない。父である。

王様は、木の板に足を付けた簡易棚に突っ張り棒でカーテンを付けただけの物置の中から現れなさった。

無秩序に押し込まれた紙袋や発刊日が昭和の雑誌に囲まれ、小さな段ボールにお包みあそばされていた。

中を開けると、まずガッツポーズをした白髪のうさんくさい男と目があった。
その下に、三本の長い尾が着いた亀が描かれた真っ赤なパッケージの、おそらくは錠剤が入っていたであろう、小さなプラスチックのボトルが
三つ入っていた。

ボトルは三つとも空だった。一錠たりとも残ってはいなかった。

ボトルには賞味期限が2013年前半の日付が書かれていたと思う。
つまり、父が精力を欲しマカ王を召喚したのは、今から約8年から9年程前になる。

その頃の父の年齢は50代後半。
男として、オスとしての本能と肉体のギャップに、どうしても頼らざるを得ない状況だったのだろうと推測できなくはないが、気になるのは

マカ王から賜った精力を何にぶつけたのか


ということである。

ちなみに母は父の3歳下であり、前述のとおり
一家の大黒柱としてあるまじき父の愚行の数々が
公になってからというもの、一緒に住んではいるがほとほと愛想を尽かしているような状況である。

そして、マカ王の発見現場には母も居合わせていた。
その時の汚物を見るような、喜怒哀楽の中にはない感情を抱いた目を見て、精力の矛先が母ではないことを確信した。

それでは、どこに向けたのか。

一般的に次に浮かぶのが、浮気もしくは風俗であると思う。

しかしながら、浮気と風俗は現実的ではない。
そう断定する要因は、父の生活習慣と歪んだ性癖にある。

父の経歴を簡単にまとめると、田舎育ちの中卒である。

仕事も住んでいる地域も地元を離れた事はなく、生まれてこの方他所の地域で生活したことはない。恐らく電車もまともに乗れない。

休日の過ごし方は、もっぱら田舎の娯楽の代表であるパチンコに行くことである。
調子のいい日は帰りに激安スーパーで大好きな油まみれの唐揚げ等普段買わないものを買ってくるので、財布の状況が分かりやすい。

もちろん、住んでいる地域に風俗街などはなく少し都会の方に足を伸ばさなくてはならないので、父の行動範囲外である。

その他様々な風俗サービスはあるが、スマホもまともに使えない父がそのようなサービスを利用するとは考えられない。

これは私のイメージによるところが大きいが、風俗デビューのきっかけは会社の同僚や先輩、友人に連れられてというものが多いと考える。

私は生まれてから父の友人に会ったこともなければ、友人がいたという話も聞いたことがない。

会社関係者に連れられて、という線は残るが見てわかる父の社交能力の低さや漂う雰囲気から玄人童貞であると私は断定した。

それに加え経済力もない父が、浮気などできるはずがない。

以上により、浮気もしくは風俗の線は私の中で消えた。

そして、その線の可能性の低さを強調するのが、父の特殊性癖である。

なぜ実の父親の歪んだ性癖をムスコである私が知るに至ったかと言うと、その手のアイテムを父は隠す気がないのである。

厳密に言うと、隠してはいるがその方法が雑なのだ。

実家は昔ながらの平屋であり、ドラえもんの寝床のような押し入れが数カ所存在する。
そこに奥行きの長い半透明な衣装ケースを重ねて洋服なんかを収納しているが、重ねた衣装ケースの下段いっぱいにその手の漫画本がぎっしり詰まっている。

基本的に洋服を入れているので、半透明ということもあり、下段の違和感は明らかである。
ささやかな抵抗としてなのか、引き出すことを一歩おくらせる門番としてケースの取手の手前に置かれているのが、私と姉の成長が写された分厚いアルバムだ。

門番をそっと退けると、中から想像の斜め上から衝撃が降ってくる。

性に関してノーマル、アブノーマルは意見が分かれるところではあるが、父のそれは私が思うに普通ではなかった。

公の場であるので、なるべく生々しい表現を避けるためにあえて端的に言うが、

「母」「触手」「犬」

である。


その他の隠し場所として現在メインなのが、
散らかった居間の机の下にある、父が以前仕事で使っていたトートバッグだ。

横たわったトートバッグは何故か不必要に膨らみ入口のチャックは締められている。


閉められたチャックの前にはこのカバンがさも
仕事用であり、やましい物は何も入っていないと言わんばかりに、A4サイズの父の仕事のシフト表がひらひらと門番をしている。

社会人となってから年2回程実家に帰省していたが、ある時ふとその異様な存在感が気になり、
家族が居ないのを見計らって中を覗いてみた。

門番をそっと退けると、そこには大人向けDVDが山積みにされていた。

もはや隠し場所ではなく、単なる置き場所なのかもしれない。
しかし、いずれにもささやかながら門番を配しているところから察するに、多少は後ろめたい思いがあることも読み取れなくはない。

後ろめたい気持ちは、確実に必要だ。
DVDのジャンルも例に漏れず

「母」「触手」「犬」


である。

円盤の製造年と思しき数字を確かめると2012年以前のものが大半であった。

今ほどインターネットが進化していないとは言え、すでにスマホや動画のストリーミング等は大衆化されていたので、父のリテラシーはBlu-rayでもないDVDで止まっていることを認識した。

そして、その年代は奇しくもマカ王がご降臨になった年代とリンクしているようにも思える。

以上のことから、父がマカ王から賜った精力は

「母」「触手」「犬」

のいずれかにぶつけられたものと推察する。

この場合の「母」とは私の実の母親、父の配偶者ではなく、作品の中で突然現れる自分と年の近い義母など二次元のそれである。


個人的に気になるのは、母がこれらに関してどこまで周知しているのかである。
ここで言う母は、私の実の母親のことであり、二次元のそれではない。

男にとって自分の性癖は、パートナーとよほどの仲でない限りおおっぴらにすることは少ないように思う。
理解あるパートナーと共有する場合も、多くは再現性が高いものであると考える。

父の場合、再現性のある嗜好は、控えめに言って一つもない。

そもそも、これを受け入れることができる女性がこの世に存在するのかも、私にとっては疑問である。ましてや、自分の母親が受け入れるとは到底思えない。

仮に受け入れたとして、何をどう再現するのか検討もつかない。

再現できたとして、その先には何が待っているのだろう。

そんなことを考えていると、母は媒体の存在自体はもちろん知っているが、内容に関しては見て見ぬふりを貫いているように思う。
見てしまったが最後、同じ人間として見ることはできなくなるということを、第六感のようなもので感じ取っているのだろう。 

念のため注釈しておくが、ここで言う母も二次元のそれではない。

隠す気がないのか、バレるかバレないかギリギリのスリルを味わっているのか。
そうだとすると、線引きが異常に下手くそである。

それもまた、父の性癖なのかもしれない。



**

私が生まれてから中学生になるまで、
でんじろうと言う名前の、賢くはないが何とも愛らしい雑種の犬を飼っていた。
でんじろうとは私が生まれた時からの仲で、小学校の低学年の頃までは散歩に行くのも一苦労だったが、私が大きくなるのに反比例し、でんじろうは年々その力が衰えていったのをこの手に覚えている。
外飼いであったので常に一緒に居たわけではないが、私が外に出た瞬間に気付き、近寄るとこちらに背を向け撫でるよう催促するのは高齢になってからも変わらなかった。大人になった今でもその光景が鮮明に思い出され、懐かしさや寂しさのようなものが込み上げてくる。


そんな爽やかな思い出を、要らぬ邪推で汚されたくないものである。




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