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コロナ禍に考えること/『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』感想

コロナ禍、当初考えていたよりも長く続きますね。今年3月下旬ごろには「暑くなることには落ち着いているだろう」などと、いま思えば甘すぎる目論見でいました。もうじき今年も終わりますが、現在進行形の大問題です。

夏ごろから『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』(左右社)というアンソロジー本を少しずつ読み進めてきました。さまざまな職業・立場・年齢の人たちが、2020年4月の緊急事態宣言中にどう過ごしていたか、それぞれの日記をまとめたものです。収録されている日記は、各々がどのように自らの仕事に向き合ったかを軸に書かれています。

未だに先行きが見通しにくいコロナ禍でこそ生まれた本であり、この先も当分続くであろう厄介な状況に寄り添ってくれる本だと思います。書店でたまたま手に取ったときは、「こんな本が読みたかった!」と内心ガッツポーズでした。

緊急事態宣言期間、仕事をどのようにしただろうか?

日記を寄せた方々の職業はさまざま。有名な人もいれば、ごく一般の職業人もいます。緊急事態宣言により、いきなり目の前の仕事と報酬を失った人。感染リスクが高い現場で、不安な気持ちを押し殺しつつ仕事を続けた人。表現や発表の場を奪われ、新たな活動を模索した人。意外にも影響が少なく、いつも通りに近い生活を続けることができた人。それぞれの仕事と置かれた状況によって、あの4月の過ごし方は大きく違っていた。

不安の中で悩み続けた人もいれば、気持ちを切り替え少しでも明るく過ごそうとする人もいて、緊急時だからこその率直な内省は鋭い切れ味で胸に迫ります。
心に残る文章はたくさんありますが、特に印象的だったのは女子プロレスラー・ハイパーミサヲさんの日記。緊急事態宣言により、興行はもちろん握手会などファンと接する場をすべて奪われてしまい、道場で練習することもできない。その中でもなんとかオンラインで可能な企画を――と工夫を重ねた経緯を、文中で「これでひとつ扉が増えた気がする」と表現します。以下はそれに続く引用です。

"私たちはたくさんの扉を持っていていい。不安や悲しみに支配されそうなときに。暗く窓もない自分の中にひとり閉じ込められたときに。子供じみたふざけた色でも、扉と言えないような陳腐なものだったとしても。私たちは助かっていい。美しくなくても、かっこ悪くても。私のやることが誰かの扉になる可能性は少ないかもしれない。だけど選択肢のひとつとしてあってもいいんじゃないか。かつての私が路上プロレスを見たことで扉をひらけたように、可能性はゼロじゃないんだから。"

世界は、誰かの仕事で出来ている。

『仕事本』というタイトル通り「お仕事エッセイ」の面もあり、馴染みのない仕事についての勉強にもなります。
たとえば静岡県の水族館職員は、休館によって海獣のショーを開催できないことで、彼らが運動不足になるのではないかという懸念を記しています。日ごろ水族館で開かれているショーは、海獣の運動能力を短時間で披露しお客さんを楽しませるという面だけでなく、彼らの運動不足解消にも役立っているというわけです。言われてみれば納得感があるのですが、水族館側、もっと言えば海獣側からショーをとらえる機会はなかなか無いため、とても新鮮に思えました。
同様に、製紙会社の営業職、ごみ清掃員、葬儀社スタッフ、イラストレーター、医師など多様な職業の人が、緊急事態宣言下で自分の仕事に向き合います。読者はそれを読みながら、馴染みのない職業への想像を膨らませることができます。

そして多様な職業人が記した緊急事態宣言日記を読み進めていくうちに、たくさんの仕事がこの社会を支えているのだという、当たり前のことに改めて気付かされます。

この本を読み進めながら、脳裏に「世界は、誰かの仕事でできている」という言葉が何度もよぎりました。言わずと知れた、缶コーヒーのジョージアのCМコピーです。普段から、社会を維持するために大勢の人がそれぞれの仕事を果たしている。緊急時もそれは同じ。そして緊急時こそ、「自分の仕事は何か」「この仕事をする意味は」と考え、仕事と自分自身に向き合わざるをえない。

この本を見つけたときなぜ喜んだかといえば、私自身もそのようにして緊急事態宣言期間を過ごしていた1人だったからです。社会の底が揺らぐような災厄の中でほかの人がどのように過ごしていたか、少しでも多くの人の体験談を知りたかった。この本は、そのニーズを満たしてくれました。

前述のハイパーミサヲさんは、日記の中でこうも書いています。「何が誰の支えになるかわからない」と。世界は誰かの仕事でできている。コンビニに並ぶ商品も、通勤に使う電車も、テレワークに不可欠なpcや各種ソフトも、スーパーで購入する食材も総菜も、いま身に着けている服も、暮らしている部屋も、疲れて横たわるベッドも、いろいろ限界な状態で胃袋に流し込む缶酒も、何もかも。すべて誰かの仕事の結果です。何が誰の役に立つかわからない。自分の仕事が、思いもよらないところで誰かの役に立つかもしれない。誰かの希望になるかもしれない。

コロナ禍はまだ、当分収まりそうもありません。なんとか無事にこの災厄を乗り越えることができたなら、友人知人たちがどのように緊急事態宣言期間を過ごしていたか。どんな苦しさがあって、どんな仕事上の悩みがあったか、そして、どんなことがうれしかったのか。そういう話をじっくり聞く機会を、オフラインで持ちたいところです。


※日記を寄せた1人である評論家の川本三郎さんが、東北の好きな街として山形県寒河江市と並んで盛岡市を挙げていました。その日記が書かれた4月の時点では岩手の感染者はゼロ。それから7か月が経過し、いまは昔の感があります。盛岡にも帰りたいが、寒河江にも行ってみたい。コロナ禍がおさまった暁には。

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