ファーザー

アカデミー賞6部門にノミネートされ、脚本賞と主演男優賞を受賞した話題作。

認知症をテーマにした作品。認知症、または介護をテーマにした作品はそれなりにたくさんあると思うが、おおむね介護する人に焦点を当てているものや介護者と被介護者を第三者的にみるドキュメンタリー形式のものが多いように思う。しかし本作品は被介護者に焦点を当てている。ありそうでなかった、個人的には初めて見た、斬新な切り口であり、なかなか難しいものである。その難しいものをサイコホラーのような演出で非常にうまく描いている。しかも認知症の人が見ている世界をうまく描くのみならず、固い映画が陥りがちな退屈さが消えてスリルを感じさせてさえくれる。

こういう映画につきものの認知症に対する説明もほとんどなく、そもそも認知症という言葉も出てこない。テーマは認知症だが、認知症になったその人の心というものに非常に強くスポットをあてており、認知症という病気一般を理解しようという啓蒙的な雰囲気はまったくなく、対等な一個人としてその人の体験と心情を体感することができるような脚本・演出になっている。むしろそれが認知症に対する直観的な理解へとつながるのかもしれない。通常、個人として理解しようとするとどうしても心情的にわかりあえない部分が出てくるので、例えば認知症に伴う攻撃的な言動や物を盗まれたなどの被害も妄想など家族としてはわかっていても非常につらい体験である、冷静さを保つために病気という非人間的な現象として処理しようとするが、この映画は逆に一歩踏み込むことで新たな理解の境地に到達しているように思える。認知症を体感するような映画であると思った。

テーマの固さと、それを忘れるような引き込まれる演出はなかなか出会うことがむずしい稀有な映画である。さすが6部門ノミネート。非常におススメ!

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