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一下級将校の見た帝国陸軍

私には連隊のすべてが、戦争に対処するよりも、「組織自体の 日常的必然」といったもので無目的に’’自転’’しているように見えた。

本書 P47

「バカヤロー、員数をつけてこい」という言葉が、ビンタとともにはねかえってくる。(中略)いわば「盗みをしても数だけは合わせろ」で、この盗みは公然の秘密であった。(中略)盗みさえ公然なのだから、それ以外のあらゆる不正は許される。

本書 P136

日本軍は米軍に敗れたのではない。米軍という現実の打撃にこの虚構を吹き飛ばされて降伏したのである。

 本書 p140

著者は言わずと知れた山本七平氏で1987年出版のもの。手元にあるのは2017年でなんと23刷。今でも自分含めてたくさんファンがいるような偉大な評論家である。
著者詳細はウィキペディアにある。

 本書の内容は著者が実際に太平洋戦争に従軍した経験をもとに「帝国陸軍」とはなんだったのかを考察したもの。手記でもあるが、その体験から帝国陸軍、広く日本を考える論考になっている。
 著者の従軍体験は壮絶なものである。著者は大学生として学徒出陣で徴兵され砲兵に配属される。その中での最も合理的であるべき軍隊の、しかもアメリカと死闘を繰り広げている状況下での、でたらめな有様を見せつけられる。例えば出兵前の訓練はアメリカとの戦闘を想定しているにもかかわらず寒冷地での戦闘想定の訓練だったり、現状確認について1個大隊しかいないのに(2大隊で構成される)1個連隊ただし1個大隊欠と大真面目に下士官が報告する様を目撃する。実際の戦地では大砲はあっても運ぶ手段がない。補給される砲弾の種類が違う。何トンもある大砲を人力で動かすのに無計画に移動命令がでる。参謀が勝手に命令を出してどの命令が本当なのか混乱するなどである。食料はおろか水すらまともに手に入らず、高温多湿のジャングルを米兵と戦闘しながら先の見えず進み続けるのである。そしてそのようすは、およそ組織として体をなしていない。はたしてこれはなんなのか。著者は縦横無尽に思考し観察をする。
 軍隊は非常に縁のとおい存在であるが、社会的に不祥事をおこすいわゆる「ブラック企業」的な要素のほぼすべてが著者の描く「帝国陸軍」には備わっているように思えた。ただ、ブラック企業によくいくワンマン社長というものはいないので、中小零細企業とは違う大企業型のブラック企業といえる。
 筆者はその本質に「組織自体の日常的必然が自転している」ように見えたと指摘している。つまり目の前の問題に対処するのではなく、前例踏襲や組織のタテマエや目標が優先される状況である。軍隊のような人間の生死を預かるような組織でさえ、現実の問題に対処できないという致命的な欠陥を抱えていたのであれば、日本のあらゆる組織は同じ問題を抱え込むおそれがあるのだろう。
 ブラック企業に対して日本特有のものであるように言われる。外国なら単に転職するからである。低賃金と高負荷労働が同居し、かつ低成長というのがブラック企業の不思議である。確かに帝国陸軍も同じような状況にあった。そして今の日本はどうなんだろう。今某大手中古車販売会社がまさしく帝国陸軍のように様々な不祥事、もはや犯罪そのとしか言えないようなことも行っていたことが明らかになっているが、はたしてあの姿の一片も自分の会社なり組織なりにないといえる会社や組織があるのだろうか、震え上がる思いである。


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