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2024年に良かった本と音楽

2024年は大体60冊の本を読み、774時間の音楽を聞きました。その中でも特に良かった5冊と5アルバムをまとめてみます。

万延元年のフットボール/大江 健三郎

とにかく密度が濃くて、読書中は周りの重力が数倍にもなったような重苦しさを感じた。映画で言えばタル・ベーラやヌリ・ビルゲ・ジェイランの作品の持つような重厚な密度が近いか。それでも一度読み出すと、止められないのは、文章の圧倒的な格好良さにある。1文、1単語、全ての文章がもう異常なほど格好いい。例えば今ページをパラパラとめくり、目についた文章を抜き出してみる。

僕は眠りながら暗い肉体を囲む暗黒の展がりのうちに、竹が寒気に割れる音を聞いた。音は鋭いハガネの爪となって、眠っている熱い頭に引っかき疵をつけた。

p. 173

「夜、寝ているときに竹が割れる音を聞いた。」ということを、こんな文章に出来るのかと、ページを繰るたびに鳥肌がたって、しびれて、ぼんやりして、そのまま寝落ちしてしまう。というのを何度も繰り返した読書体験だった。疲れたけど唯一無二だった。

ドーナツ経済学が世界を救う/ケイト・ラワース

「経済学」と名のつく本を初めて読んだように思う。面白くて、あっという間に読み終えてしまった。本書から少し引用すると、

「誰もが日々の生活を営むうえでも、ものを考えるうえでも、経済学の影響は免れない。なぜなら経済は経済学で設計されており、私たちは知らないうちに経済学の発想や言葉で考えているからだ。」

「現在の主流となっている経済学は50年以上前に書かれた教科書(しかも、そこで拠り所にされている学説は200年以上前のもの)にしたがっているため、21世紀が直面している問題は解決できない」

とのこと。産業革命以降、現在まで続いてきただけで「常識」のようになっている「世界の捉え方」をアップデートして、未来への光を灯そうとする力強い本だった。その後もいくつか「経済学」と名のつく本を読んだけど、この本が断トツで面白かった。

経営リーダーのための社会システム論/宮台 真司、野田 智義

(自分は経営リーダーじゃないので)タイトルはとっつきにくいが宮台真司さんの議論が刺激的で、自分たちがどのような社会に暮らしているのかを足元から地平線まで長い射程で照らしてくれる本だった。特に本書の後半、VR・マリファナ合法化・ベーシックインカムが「新反動主義」や「加速主義」といったイズムのもとで並列に扱われていることを解説し、大きな問いを投げかける箇所は心に響いたし、2025年まさに直面する問題だった。これからも消化することなく残り続けていく問いとなった。

しをかくうま/九段 理江

こうした圧倒的な作品に出会えるから本を読むのを止められない。小説でもあり詩でもあるこの作品中には、神話のような荘厳なシーンもあれば、バイオテクノロジーや優生思想への倫理観を問うSF的な展開もある。それらを「競馬」というモチーフを主軸に据えることで、なんとか現実世界に繋ぎ止めて進んでいく。中盤以降に小説が放つ疾走感は凄まじく、目眩すら感じるなかで、とにかく振り落とされないように必死に捕まっているだけだった。もはや何が書いてあるのかもほとんど分からない。そうした忘我の境地とでも言えるようなところまで連れていかれた。

食べごしらえおままごと/石牟礼道子

文章が光り輝いている。というと大げさなようだけど、そうとしかいえないような眩しさだった。書かれているのは、親戚が集まって餅をついた日のこと、母親と野草を摘んで団子を拵えた日のことなど「食」にまつわる日々の暮らしのことばかり。ささいな日常だけど、そのどれもが祝宴のように描かれ幸福が溢れている。あまりに幸せそうで、こんな日々が本当にあったのだろうかと勘ぐってしまうほど。本を読み進めると「かつて、そんな日々は確かにあった。今はもう失われている」ことが分かってくる。ただ文章を読み返すたびに、そうした日々は何度でも甦る。文章が現実以上のものを喚起できることがよく分かる素晴らしいエッセイだった。

そのほか2024年に読んだ本

特によかったものに○をしてます。

  • デザインはストーリーテリング/エレン・ラプトン

  • 101デザインメソッド/ヴィジェイ・クーマー

  • リサーチデザイン、新100の法則/Bella Martin、Bruce Hanington

  • 直観と論理をつなぐ思考法/佐宗 邦威

  • ◯ 理念経営2.0/佐宗 邦威

  • ◯ 庭のかたちが生まれるとき/山内 朋樹

  • 空間へ/磯崎 新

  • ワンルームワンダーランド/佐藤 友理、落合 加依子

  • 家具の本/内田 繁

  • サイレント・ガーデン/武満 徹

  • 庭の話/宇野 常寛

  • 美しき日本の残像/アレックス・カー

  • 縄文の断片からみえてくる/古谷 嘉章、石原 道知、堀江 武史

  • 陶磁器の修理うけおいます/甲斐 美都里

  • 金継ぎおじさん/堀 道広

  • 金継ぎの美と心/清川 廣樹

  • 琳派の美術/仲町 啓子

  • ◯ 蓑虫放浪/望月 昭秀 (著)、田附 勝 (写真)

  • プロトコル・オブ・ヒューマニティ/長谷 敏司

  • カフカ式練習帳/保坂 和志

  • カシオペアの丘で/重松 清

  • ハドリアヌス帝の回想/マルグリット・ユルスナール

  • ◯ ハンチバック/市川 沙央

  • 生殖記/朝井 リョウ

  • 本心/平野 啓一郎

  • 気がする朝/伊藤 紺

  • マシアス・ギリの失脚/池澤 夏樹

  • ◎ 苦海浄土/石牟礼 道子

  • ◯ コード・ブッダ/円城 塔

  • 就職氷河期世代/近藤 絢子

  • 世界経済を破綻させる23の嘘/ハジュン・チャン

  • 平等についての小さな歴史/トマ・ピケティ

  • 日々の政治/エツィオ・マンズィーニ

  • エコノミック・ヒットマンの世界侵略/ジョン・パーキンス

  • 人新世の「資本論」/斎藤 幸平

  • 魚ビジネス/ながさき一生

  • 21世紀の中国映画/藤井 省三

  • 歴史の屑拾い/藤原 辰史

  • 中井久夫 人と仕事/最相 葉月

  • こんなとき私はどうしてきたか/中井 久夫

  • センスの哲学/千葉 雅也

  • 水中の哲学者たち/永井 玲衣

  • 「待つ」ということ/鷲田 清一

  • レトリックと人生/ジョージ・レイコフ、マーク・ジョンソン

  • ◯ 言語の本質/今井 むつみ、秋田 喜美

  • ◯ 三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾/近藤 康太郎

  • ◯ 生きのびるための事務/坂口 恭平

  • 習得への情熱/ジョッシュ・ウェイツキン

  • ◯ なぜ働いていると本が読めなくなるのか/三宅 香帆

  • 女の子の謎を解く/三宅 香帆

  • 「好き」を言語化する技術/三宅 香帆

  • 人間がいなくなった後の自然/カル・フリン

  • メタファーとしての発酵/Sandor Ellix Katz

  • 野生のごちそう/ジーナ・レイ・ラ・サーヴァ

  • 自然という幻想/エマ・マリス

  • エチオピア高原の吟遊詩人/川瀬 慈

  • 筋肉のつながり図鑑/きまた りょう


Beyond This Place / Kenny Barron

聞き始めて15秒で絶対名盤と確信できる作品。ケニー・バロンの円熟味溢れるピアノ演奏も素晴らしいけど、それ以上にイマニュエル・ウィルキンスのサックスに耳が持っていかれる。スタンダード曲の「1. The Nearness of You」はこれまでに聞いた同曲のベストを更新。ピアノとサックスのデュオ曲「9. We See」のソロの応酬も競い合いのような雰囲気は一切なく、対話を楽しんでいるような掛け合いが優雅。今後もずっと聞き続けたい一生モノの作品。

Speak To Me / Julian Lage

2024年に全編通して一番よく聞いたアルバム。穏やかで、優しくて、楽しい。まるで陽だまりのような暖かさを感じる。ロックやカントリー、フォークのような音楽をすべて取り入れてジュリアン・ラージ独自の音楽として完全に昇華している。もはやジャズというカテゴリですらない。来日公演に行けなかったのが悔やまれる。

Understory: Live at the Village Vanguard / Ben Wendel

前作「All One」も傑作だったベン・ウェンデルのライブ盤。ソロのインプロビゼーションに痺れる「2. Proof」や、「6. I Say You to Say」はライブ盤ならではの醍醐味を味わせてくれる。ほぼすべてオリジナル曲とのことだけど、とにかくどの曲も良いのが印象的。「1. Lu」のウェルカム感も最高。

open this wall / berlioz

懐かしきクラブ・ジャズの感じがするberliozの1stフルアルバム。どこかNujabesやCalmの曲にも通じる。ポエトリー・リーディングのようなボーカルが入る「2. open this wall」や「10. something will happen」が気持ち良い。アーティスト・ステートメントの「If Matisse made house music」というのが好き。

Below Dawn / Bryony Jarman-pinto

歌モノが聞きたいときに、つい最初に再生への手が伸びたブライオニー・ジャーマン=ピントの2ndアルバム。前作のネオソウルのような雰囲気はなく全体的にジャジーな仕上がり。エレクトリック・ピアノやフルート、ハープの演奏もバンドにハマっていて、等身大のかっこよさと美しさが際立つ作品だった。

そのほか2024年に良かったアルバム

  • Cunningham Bird/アンドリュー・バード

  • All Species Parade/Jenny Scheinman

  • MARK/Mark Guiliana

  • Beethoven Blues/ジョン・バティステ

  • Blues Blood/Immanuel Wilkins

  • Endlessness/ナラ・シネフロ

  • LEGASY/Paolo Fresu

  • After Bach/Brad Mehldau

  • Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace/Shabaka

  • Moondial/Pat Metheny

  • Lead You To Water/Quinn Oulton

  • Embracing Dawn/Christian Sands

  • Kosmos/Bremer/McCoy

  • Michael's Book on Bears/Konradsen

  • Milton+esperanza/Milton Nasciment / Esperanza Spolding

  • 照らす/魚返明未

  • acustica/acustica

  • PALINDROME/西口明宏

  • Lifescape/Taka Nawashiro

  • Nomade/佐瀬悠輔、小金丸慧


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