<SOCIAL GREEN TALK 4>100年後も日本庭園が愛される 三つの理由 ゲスト:猪鼻 一帆さん・山口 陽介さん
「日本庭園」と聞くと、どんなお庭を想像しますか?お金持ちが住む伝統家屋の敷地内に作られた、松や枯山水があるようなお庭を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、必ずしもそのような庭が「日本庭園」という訳ではないようです。日本庭園とは何か、そして、その魅力は何なのかに迫ります。
2020年1月27日、SOCIAL GREEN TALK(※)の第4回が開催されました。今回のゲストは日本のみならず海外でもご活躍の庭師である、山口 陽介さん(有限会社 西海園藝)と猪鼻 一帆さん(いのはな 夢創園)。今回、「100年後も日本庭園が愛される
三つの理由 」と題して、トークとディスカッションが行われた記録をお届けします。
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※SOCIAL GREEN TALKとは?
みどりに関する多分野のゲストをお招きし、みどりに対する考え方を学ぶとともに、アイデアをどう実践して社会を変えていくかを考える試みです。全6回の講座となっており、庭師やランドスケープデザイナー、環境活動家の方など様々な分野の方がゲストとして登場します。詳細は下記ホームページをご確認ください。
また、SOCIAL GREEN TALKは、SOCIAL GREEN DESIGNのオープニングイベントの1つです。SOCIAL GREEN DESIGNという取り組みが生まれた背景について知りたい方は、1本目のnoteの記事もご覧ください。
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<SOCIAL GREEN TALK4 スケジュール>
19:00~19:15 イントロダクション
19:20~20:00 山口 陽介さんと猪鼻 一帆さんのトーク
20:00~21:00 質問・ディスカッションなど
ゲスト 山口 陽介さんと猪鼻 一帆さんのトーク
発表はお二人の出会いの話から始まりました。和やかなムードの中で、信頼関係がうかがえるやり取りでした。
猪鼻さん:2人で初めて庭づくりに取り組んだのが、2014年のハウステンボス 世界フラワーショーの時でした。金賞を取らせていただき、海外の人が自分たちのやっていることを評価してくれたことが自信に繋がりました。
山口さん:僕ら2人は会社が別なのですが、その時に対等に仕事ができたことが面白かったです。文句ではなくて、「これは良い、これは悪い」という良い掛け合いができました。今では約10年間の付き合いです。
猪鼻さん:2016年にはシンガポールのガーデンズ・バイ・ザ・ベイというガーデンフェスティバルにも出させていただきました。現場はとても過酷でした。初日から陽介(山口さん)は頭から血が出て、海外なので抜糸ができず、僕が酔っ払って頭からビールをかけて抜糸をしました。
山口さん:この時も金賞を撮らせていただきましたが、その時のお祝いで抜糸をしてもらうという。本当に訳の分からない状態でした。この時のデザイン的なコンセプトは郷土愛。海外の植物をどう日本的にあしらうかを考えていました。
猪鼻さん:日本庭園の独特のバランスについてはよく考えました。シンメトリーじゃないのに、バランスが取れているのです。
山口 陽介さんの活動紹介
その後は、山口さんと猪鼻さんそれぞれが、今まで手がけたお庭について紹介してくださいました。
山口さん:それではまず、僕が今まで手がけたお庭をご紹介します。佐賀県の高野寺では、元禄の時代の古文書から紐解いて僕なりの解釈でお庭を作りました。山寺らしい重くて美しい土塀を作りたくて、荒壁を作りました。また、あえて山で落ちている石を拾って庭に飛石としてはめ込むこともしました。雑多な中に信仰心があるようなイメージです。
山口さん:東京都のUPI表参道では、裏千家のお茶室の庭を作りました。亭主の意図が反映されているのが茶庭だと考えています。室内に植物を植え、人工照明を当てるなどの工夫をしてして、生育環境を作りました。
山口さん:福岡県のALSO MOON STARというテナントでは、フィッティングルームで足裏の感覚を感じられる環境を作りたいと言われました。そこで、この地域の人にとって身近な河川である球磨川の採石場から石を拾い集めて「あられこぼし(※)」という技法を使った床を作ったのです。
(※)庭の踏み石の並べ方のことで、石の平たい部分を表面として石を並べていく技法のこと。
山口さん:コンプラ舎のインスタレーションでは、落ち葉遊びができる空間を作りました。落ち葉を投げてもらって、気持ちいいと喜んでもらいました。
猪鼻さん:落ち葉って香ばしい匂いがしますよね。このように、近くでも手に入るものを工夫して作るのが日本庭園の面白さです。
山口さん:これは、長崎県の自由の森こども園です。かつては、土建屋さんが土を使っていたので、現状より約4m低い土地でした。しかし、大雨で遣水が入ってきた時に子供達を遊ばせるのは危険なので、園長さんに土地から作り直しましょうと提案しました。山の中で遊ばせるのがコンセプトです。
猪鼻 一帆さんの活動紹介
猪鼻さん:僕の場合は、人がどう歩くのかというアプローチの部分から庭づくりを考えることが多いです。東京の九段 kudan houseで庭づくりをした時のこと。洋館と日本の庭が馴染むように、洋風と和風の間で揺らいでいるものを作りたいと考えました。集まった職人みんな手作業。一個一個違う石を置くことでオリジナルな空間ができ、生き物感もあります。飛び石を歩けば、体が左右に揺れます。歩きにくいけど気持ちよく、体のバランスが整う感覚は日本庭園の不思議なところです。
猪鼻さん:表参道のMANIERAという帽子屋さんでは、数万円の帽子を買いに来る人が庭を見て何を思うかがテーマでした。写真を見たらわかるように、このお庭では桜の荒々しい根っこがボコっと出ている石を抱きしめています。桜は癌になるので、それを生命力で治そうとします。それが繰り返されることで、独特の形が生まれるのです。ここに生々しさや力強さ、かっこよさを感じるようなお庭にしました。
猪鼻さん:京都の祇園の食事処の庭では、水鉢を宙に浮かせたいと考えました。お客さんの間にはどんな会話が生まれるかな?と想像して、金箔がキラキラ輝くコーティングを思いつきました。ハードの変わらない部分を上手にデザインすることで、周りの(日々変わりゆく)植物が輝くのです。
猪鼻さん:毎年、年末にはその時の集まった材料で門松作りをしています。庭の中だけを扱うのではなく、玄関先にも門松が不思議な形として存在しているという状態を作りたかったのです。
猪鼻さん:あと、僕は植物の裏に控えている物語が好きです。昔、ある雨の日に、傘を忘れた鷹狩りの人がいました。それに気づいた農家の人がいて、今渡せる傘がないことを残念に思いました。それを花に例えて詠んだのがこの歌です。"七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき"。山吹は実が成らないので、「み(傘)」すら持っていないという状況をかけています。「私は雨の日に傘も渡せない人なのです」という意味を歌に込めて、山吹を鷹狩りの人にプレゼントしたそうです。これは、とても面白い話で、昔は植物に関する歌が詠まれていたのです。歌を通して、緑と人との関係性や感情が読み取れます。
※この"七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき"という歌は、平安時代(1086年)に発行された『後拾遺和歌集』に出てきます。
トークのまとめ
山口さんと猪鼻さんは今回のトークを締めくくるにあたり、日本庭園の魅力に関する3つのポイントをお話いただきました。
1. 見た目の美しさだけでは無く、実用美として作られている
山口さん:僕らが楽しくて、クライアントが楽しんでくれるのが良いですね。見た目の美しさよりは実用美が追求できたらと思っています。
猪鼻さん:日本庭園は落ち葉のように、普段は捨ててしまうものでも(実用的に)庭に取り込めますよね。
山口さん:材料は決してダイヤモンドのような高価なものではなく、手作業で生み出されるものを大事にしています。
2.不安と期待の美しさ
山口さん:緑は紅葉するときもあるし、散るときもあります。それが美しいのです。
猪鼻さん:植物は赤く紅葉した先に不安や期待があり、助けることができても操作はできないのが日本庭園の魅力といえます。
3.デザイナーと職人を兼ね備えた庭師という職業がある
山口さん:職人と一緒に働くのが自分たちのやり方。海外ではデザイナーと職人の仕事が分かれている場合もある。でも、想像以上のものを作りたいです。図面はあって無いようなもので、自ら職人と作りながらわかることもあります。そういう曖昧さがあるのが日本庭園の魅力です。
SOCIAL GREEN TALK コーディネーター(小松さん・三島さん・神木さん)とのトークセッション
小松さん:お話ありがとうございました。お二人とは普段、飲んで喋っているだけなのですが、本当はすごい方々なのだという実感がわきました。庭師のお仕事は非常に奥が深いですね。
山口さん:松を植えれば日本庭園なのか、という議論があります。実際は(そのような表面的な話ではなくて)感じ方や技術、精神を表現しているのです。これが日本庭園が愛される理由の答えでしょう。デザイナーと職人を兼ねているのが日本の庭師です。両方を兼ねているからこそ、深い所までたどり着くことができます。
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三島さん:庭師というと、一般的にはお金持ちのお客さんだけが仕事を依頼するイメージがあります。でも、お二人の庭の話を聞いていると、必ずしもそうではない気がします。お2人は仕事をする上で、(庭が広く社会に関与するという意味での)社会性を考えることはありますか?
山口さん:社会性は考えない気がします。人間という動物的な存在にとってそそる庭とは何かをまず考えるのです。子供の保育園を作ることはしています。ただ、ここで遊んで欲しいという風に型にはめられるのが小さい時から嫌いで、制服も嫌いでした。隙間を作るのが自然であり、子供はその中で危険などを学び取っていくのです。山にほうり投げられても、ナイフとライターさえあれば生きのびられるようになるのと同じ話だと思います。
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神木さん:自由の森こども園などのプロジェクトから、自然を生かした何もないことから感じる幸せ感があるなと感じました。私達、第二次ベビーブームを生きた世代はものの豊かさの中で生きてきました。これが今では、心の貧しさに変わってしまいました。お二人のされていることは、手作りという本質的な価値を見せてくれているように感じます。若い人たちに向けて何かメッセージを頂けますか?
猪鼻さん:庭の世界はすごい可能性があると思っています。何で皆庭やらへんの?と思います。3Kのど真ん中の仕事で、夏は暑いし、冬は寒いし、虫もいるし、汚れるし。ただ、とっても自由で、面白いのが魅力です。
山口さん:入社の面接の時、とてもきついと言います。植物のために、雨の日でもカッパを着てやります。でも、出来上がったら、皆笑顔になります。施工が終わった時に、ビールを飲みながら感極まって涙ぐむ人もいます。これが庭の魔力なのです。
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三島さん:公共の緑と庭師が手がける庭を比較した時に、公共の緑には愛着がない人が多いです。お二人から、公共の緑はどう見えていますか?
山口さん:庭師が手がける庭は風を通すように手入れをするのですが、公共の緑は人が通るのに危ないから切るという感覚です。木を切れば、落ち葉がなくなり掃除しなくても良くなるわけです。これは公共事業の良し悪しではなく、根本的な価値観の問題ですね。
猪鼻さん:緑と人との関係性を考えていかねばなりません。昔、仕事で庭のライトアップをしようと考えていた時、クライアントに「ライトアップをする必要はありますか?月明かりは何のためにあるのですか?」と言われました。とても素晴らしい感性を持った方だと思いました。何でもかんでも明るくするのは良くないです。そういう感覚を丁寧に伝えていく必要があるかも知れません。
参加者からの質問タイム
山口さん:あんまりこだわらないことかなと思います。こうしようという殻を作った瞬間に左右がわからなくなるのです。ダメだと思ったら、修復する能力があれば良いと思います。
猪鼻さん:従業員やクライアントとはしっかり話をするということが重要です。穴を掘るだけが仕事ではありません。そこから、どんな景色が生まれるのかを話さないといけないのです。
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猪鼻さん:私の会社に現在女性はいませんが、女性的な感性がないとできない仕事もあるでしょう。
山口さん:私の会社には以前女性がいましたが、下草を植える角度などが上手でした。女性の優しさがあるからこそうまくいくこともあります。
三島さん:日本庭園の庭師は基本、徒弟制度だと思うのですが、その仕組みについてはどう思いますか?
猪鼻さん:僕の場合、5年の修行の中で庭しか考えない時間がキュッとあったのは良い経験でした。大きな舞台に立つ準備のため、躾とか身のこなしとか、言葉の選び方が身につきました。
山口さん:うちの会社では、弟子とスタッフの両方を取るスタイルです。弟子とスタッフの違いは、飯の食い方を教えるかどうかですね。弟子には、技術や所作をしっかり教えるだけでなく、独立した先を見据えて飯の食い方まで教えます。
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小松さん:そろそろお時間です。改めて貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
ーー今後の予定としては、2月10日(水)に第5回のトークが開催されます。詳細は以下をご確認ください。
\SOCIAL GREEN TALK、申し込み受付中!(無料)/
2月10日(水)のゲストは吉岡誠さん(株式会社ボーネルンド)にお越しいただき、「子どもが行きたい場所を、作る。」というテーマで議論を行います。
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▼SOCIAL GREEN TALKのスケジュール
SOCIAL GREEN TALK4 ゲストのプロフィール
ゲスト
山口 陽介 (やまぐち ようすけ)
1980年 長崎県波佐見町生まれ 高校卒業後京都の庭師の元で作庭を修行し、ガーデニングを学ぶためイギリスに渡る。王立植物園KEW 内の日本庭園を担当しつつ、イギリスの生活に根ざしたガーデニングを学ぶ。 帰国後、日本の長崎に拠点を置き日本と世界で作庭する。ウェブサイト:https://saikaiengei.co.jp/
猪鼻 一帆(いのはな かずほ)
1980年 京都生まれ 寺社仏閣に囲まれた中でそこに寄り添う庭を遊び場にして育つ、建築とは違い自由な線と生き物で創られた庭という空間に魅了され庭師の世界に入る。木、石などが短歌や俳句に詠まれており、それらの目には見えない物語を話す事で庭の面白さと、何故日本庭園は美しいと言われる理由を伝え「愛される空間」を日本、海外で造る活動をしている。
ウェブサイト:https://musouen.net/
コーディネーター・聞き手
小松正幸(こまつ まさゆき)
株式会社ユニマットリック 代表取締役社長 / (一社)犬と住まいる協会理事長 / NPO法人ガーデンを考える会理事 / NPO法人 渋谷・青山景観整備機構理事 / (公社)日本エクステリア建設業協会顧問 / 1級造園施工管理技士
E&Gアカデミー(エクステリアデザイナー育成の専門校)代表。RIKミッション『人にみどりを、まちに彩を』の実現と「豊かな生活空間の創出」のために、エクステリア・ガーデン業界における課題解決を目指している。
三島由樹(みしま よしき)
株式会社フォルク 代表取締役 / ランドスケープ・デザイナー
1979年 東京生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。ハーバード大学大学院デザインスクール・ランドスケープアーキテクチャー学科修了(MLA)。マイケル・ヴァン・ヴァルケンバーグ・アソシエーツ(MVVA)ニューヨークオフィス、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻助教の職を経て、2015年 株式会社フォルクを設立。 芝浦工業大学、千葉大学、東京大学、日本女子大学、早稲田大学非常勤講師。Tokyo Street Garden 共同代表。八王子市まちづくりアドバイザー。加賀市緑の基本計画策定委員。白山市SDGs未来都市推進アドバイザー。IFLA Japan委員メンバー。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)
神木直哉(かみき なおや)
KAMIKIKAKU代表
目的:人と人を繋げて新しい価値ある空間と時間の『間』を提供するユニットです。
強み:30社以上に及ぶネットワークと実現を可能にするディレクションチームをプロデュースします。
(執筆:稲村行真)